10. 練習試合 罠
「こうさ~ん」
「え!?」
次の試合の開始直前。
マリーの対戦相手だった色ボケ女が降参宣言をした。
絶対に勝つと誓ったマリーの憤りは行き場所が無くなってしまう。
「だぁって~、第六位に勝てるわけないし~、戦う必要なんて無いって言うか~?」
「それでも普通は諦めずに挑戦するものだろう!?」
「うふふ、ばっかみたい。そんな無駄なことしなくても~あたしたちの勝ちは決まってるも~ん」
「は?」
「あたし、あなたみたいなまじめそ~な馬鹿女の心をへし折るのが大大だ~いすきなの。うふふ、楽しみにしててね。た~っぷりいたぶってこわしてあ・げ・るから」
「ま、待て!」
しかも色ボケ女はマリーを煽るだけ煽ってすぐに退散してしまった。
「なんなんだ。なんなんだ一体!」
勝利扱いになるから良い筈なのに、体よくあしらわれたことに屈辱を感じざるを得なかった。
『ええと、その、ヴェイグチームの降参という予想外の結果になりました。会場の皆様、憤る気持ちは分かりますが、落ち着いて下さい。落ち着いて下さい。落ち着けって言ってるでしょ!』
『あなたがまず落ち着きなさい。ですが今の降参でこれがただの練習試合で無い事が分かりましたね』
『と言いますと?』
『せっかくの貴重な試合の機会です。普通ならば必ず負けると分かっていても経験のために立ち向かうでしょう。ですがその機会を敢えて棒に振りマセリーゼ選手のメンタルに攻撃することを優先したのです』
『どゆこと?』
『ドルチェ選手の仇を取ると気合を入れていたマセリーゼ選手に戦う機会を敢えて与えないことで嫌がらせをしたということです。両チームの間で何らかの確執が無ければこのようなことはまずあり得ないでしょう』
『なるほど、盤外戦術という事ですね』
『盤……?』
そしてその作戦は見事に成功した。
だがそれでもマリーは第六位だ。
いつまでも怒り狂うような無様な姿は見せない。
すぐに冷静さを取り戻して舞台を後にする。
「(勝ちは決まっているとは一体……)」
色ボケ女の言葉に一抹の不安を抱いて。
――――――――
「マリー、やったね!」
「何もやってないよ」
「勝ったんだからそれで良いんだって!」
「まぁ……な」
「どうしたの?」
マリーは嫌な予感がぬぐえなかった。
疑心暗鬼にさせてドラポンに無用な注意をし、余計な不安を抱かせることが色ボケ女の作戦だと思っていたが、どうしても悪い方向に考えてしまう。
「ドラポン。用心して戦うんだぞ」
「分かってるぜ!」
「…………うん、頼む」
「頼まれたぜ!」
元気よく試合場へ向かうドラポンの後ろ姿はとても頼もしく、そして何故か儚げに感じられた。
願わくば戻って来る時もあの天真爛漫さが失われていませんように。
『ついに試合は副将戦になります!』
『おそらくは両チームのリーダーが出場するでしょう』
『ヴェイグ選手とドラポン選手ですね。相性はいかがでしょうか』
『良くもあり悪くもあると言ったところでしょうか』
『そのこころは』
『ヴェイグ選手は魔法が得意ですが、ドラポン選手は獣人特性で魔法に弱いです。ただし魔法が得意な選手は武術に弱い傾向がありますので、格闘術が得意なドラポン選手が有利な面もあります。お互いが弱点であり、かつ、得意でもある相手。試合は早くに決着する可能性が高いと思います』
『普通の答えおもしろくなーい』
『ネタふりだったんですか!?』
その肝心の二人が、舞台中央で向かい合っていた。
「俺のペットになる覚悟は出来たか?」
「はん、お前こそお縄になる覚悟は出来たのか?」
「何を言ってるのか分からないな。俺は何一つ悪い事なんかしてないぜ」
「どの口が言うか」
バレなければ何も起きなかったのと同じだ。
ヴェイグは本気でそう思っている。
「相変わらず口が悪いねぇ。そうまでして虚勢を張って何の意味がある」
「虚勢じゃない! これがオレ達の本当の姿だ!」
「はっはっはっはっ! ご主人様に媚びうるしか能の無い種族のくせに何言ってるんだか」
「てめぇ!」
「おいおい、俺に噛みつくなよ。事実だからお前がここにいるんだろ」
「ぐっ……」
獣人の名誉回復のため。
本来の獣人は人に依存するのではなく自立した強い存在であると証明し、野生を取り戻したい。
だがその想いを抱いている事こそが、現在が真逆の状況でヴェイグの言う通りであることの証明にもなっている。
それゆえドラポンは何も言い返せなかった。
「安心しな。もうすぐ俺がお前の本性をちゃんと思い出させてやるからな。男がいなきゃ生きていけないマゾペットだってことをな!」
「~~~~っ! もういい!」
あくまでもヴェイグはドラポンのことを愛玩動物としか見ていない。
これ以上話をしても苛立ちが増すだけだと気付いたドラポンは会話を打ち切り戦闘態勢に入った。
「(ここでオレが勝てばみんな助かる。それに獣人は本当は強いんだって少しだけでも証明できる)」
絶対に負けられない。
「知能が低い野獣風情が人間様にたてつくことなんか到底無理だって教えてやるよ」
ヴェイグもまた、魔力を高めて魔法を発動する準備を整える。
ドラポンが勝利すれば契約の呪いは解け、ヴェイグを告発できる。
ヴェイグが勝利すれば最終戦の結果に委ねられるが、ほぼ間違いなくドラポンチームの敗北で彼女達は好き放題されてしまう。
全てが決まるであろう試合が、始まる。
『試合開始』
ドラポンが駆けた。
「おおおおおおおお!」
魔法使いのヴェイグと格闘術のドラポン。
ドラポンが接近戦を挑めるかどうかが大きなポイントだ。
ガリ男と同じくスピードアップ系のスキルをセットしたドラポンは、猛スピードでヴェイグに迫る。
対するヴェイグは杖をドラポンに向けて魔法を唱えようとするが、ドラポンの方が早かった。
「ポン!」
急所の額を狙うと思ったのかヴェイグは咄嗟に杖でガードしようとしたが、ドラポンの右拳は腹部に吸い込まれた。
ダメージは負わないが衝撃は受けるため、ヴェイグの体は自然とくの字に曲がる。
そのタイミングで今度は左拳を上に向けて顎を撃ち抜いた。
「ぐうっ!」
ドラポンは軽く飛び、アッパーによって体が浮いたヴェイグに向けて今度は真上から額を打ち抜いた。
一ポイント。
地面に叩きつけられたヴェイグはすぐに起き上がったが、ドラポンの姿が目の前に無い。
しまったと思った時には既に手遅れで背後からの蹴りを喰らい今度は前に吹き飛ばされる。
二ポイント。
しかし今回は倒れることなく後ろを振り向き、再度攻撃に向かってくるドラポンに杖を向け、これまで攻撃されながらも練っていた魔法を放つ。
フレイムバレット。
バレーボール程度の大きさの炎の球体を複数発現し、ドラポンに叩きつける。
ドラポンは迫りくる複数のフレイムバレットを小刻みな左右のステップで簡単に躱し、再度ヴェイグに接近する。
しかしそれは罠だった。
「馬鹿め!」
フレイムバレットは囮で本命は別の魔法。
ドラポンが後一歩でヴェイグを再度殴り飛ばそうというタイミングで足元から大量の炎が立ち昇った。
フレイムウォール。
魔法耐性の無いドラポンがこのまま全身を炎の壁に飲み込まれてしまえば、全ての弱点を同時に攻撃された扱いになってしまう。
しかしドラポンは怯まなかった。
「ポン!」
「なに!?」
最後の一歩の踏み込みにこれまで以上に力を籠め、炎に焼かれる前に突破したのだ。
しかも突然の反応だったにも関わらず、すれ違い様にヴェイグの右手首に一撃を喰らわせた。
三ポイント。
そして急停止してから背中に蹴りを一撃。
四ポイント。
咄嗟の判断で最適な行動を選べる戦闘センス。
格闘スキルだけでは到底なしえないドラポンの才能。
獣人は本当は強い生き物だと信じ、鍛え続けた彼女の想いの証。
それこそが、獣人を愛玩動物でしかないと貶めたヴェイグを倒すに相応しいものであった。
残りの一ポイントを与えられれば、の話だが。
ドラポンがヴェイグの後ろに回り込んでいなければ、彼の余裕の表情を見て何かを感じ取れたかもしれない。
だが非情にも、後ほんの少しで手が届くはずだった勝利はあっさりと消え去った。
「サンクチュアリ」
止めを刺そうと駆けるドラポンの周囲を、突如透明なドーム状の膜のようなものが覆ったのだ。
「なにこれ!?」
魔法の一種だろうと思いフレイムウォールの時のように強引に通り抜けようとしたが、その膜は硬い壁のような感触があり突破できない。
「くっくっくっ、戦士の真似事は楽しめたかい?」
「ヴェイグ!」
「感謝して欲しいものだ。これからペットとして生きる前に、最後のわがままを叶えてあげたのだから。憎き相手を思うがままに殴れて気持ち良かっただろう。まぁその相手にこれから滅茶苦茶にされるんだがな。くっくっくっ、はーっはっはっはっ!」
「ヴェイグうううううううう!」
何度も何度も膜を叩きつけるが、壊れるどころかヒビが入る気配すらない。
ドラポンは閉じ込められてしまったのだ。
『試合開始早々、ヴェイグ選手を圧倒していたドラポン選手。このまま一気に勝負を決めてしまうのかと思われましたが、一転して窮地に追い込まれました!』
『サンクチュアリ、結界魔法ですね。結界の強度は術者のスキルレベルや魔力量次第です。魔法や魔力を叩きつければいずれは打ち破れるものなのですが……』
『邪魔しますよねー』
『いえ、そんなことはしなくても勝負は決まっています。獣人は魔力を持たない人が多く、ドラポン選手も魔力を持っていないと聞いています。つまりドラポン選手はヴェイグ選手の魔力が尽きるまで何も出来ないという事になります』
『となると、あの狭い結界内でヴェイグ選手の魔力が切れるまで攻撃を避け続けるしかないということですね。無理じゃん』
『いえ、それよりも厳しい状況です。というよりも、詰んでいるのです』
ヴェイグが結界外から攻撃する必要など無い。
「こんなもの! こんなもの! こんなものおおおおおおおお!」
諦めずに何度も結界を殴り続けるドラポンだが、魔力の込められていない拳では何も意味をなさない。
「諦めの悪い君に、現実を教えてあげるよ」
「ポン!?」
ヴェイグが杖を振り上げると、結界の範囲が小さくなった。
「これがどういう意味か分かるかい?」
「…………」
もしこの結界の範囲を極限まで狭めてしまったらどうなるのだろうか。
それをドラポンは理解してしまい、絶望により青ざめる。
結界で身動きを完全に封じ込められてしまえば、ヴェイグに反撃することも出来ずに弱点に攻撃されてしまう。
この結界を打ち破れる可能性の無いドラポンは、すでに負けが決まったようなものだった。
この手段でドラポンを確実に無効化出来ることが分かっていたから、ヴェイグは自信を崩さなかった。
チームメンバー全員が結界魔法を使えるようにしてあるため、ドルチェが負けた時点で勝ちが決まったと考えていた。
ドラポンはヴェイグが仕掛けた結界という罠にまんまと嵌ってしまったのだった。
「うわああああああああ!」
ここで負けるという事の意味を知っているドラポンは狂ったように結界を殴り続ける。
諦めないと言えば聞こえは良いが、誰もが彼女の敗北が当然のものだと分かっていた。
それゆえ会場の雰囲気がドラポンにとって良くない方向へと変わって行く。
諦めの悪い無様な女だと。
観客の生徒達からは、あくまでも練習試合としか見られていない。
この試合で人生が変わるわけでも無く、勝負は決まったのだからさっさと降参しろと考える人が多い。
その雰囲気を察したヴェイグは非道な行いを思いついてしまった。
「ドラポンくん、降参したまえ!」
敢えて観客の生徒達に聞こえるように大声でドラポンに話しかける。
「このまま君の身動きを封じて殴るのは簡単だ! だが動けないレディを殴るなんて紳士として許されることではない! 勝負が決まったことはもう分かっているだろう! だから降参して欲しい!」
男として、紳士として、女性を
ヴェイグの悪評を知っている人は、その言葉をすぐには信じられなかった。
だが不思議なもので悪い人間が良い行いをすると、より良いものに見えてしまう。
しかも今回はドラポンにフルボッコと言えるくらいに殴られたのに、そのことを全く気にせずに傷つけない方法で無力化したのだ。
実際に女性に手を挙げていないのだから、ヴェイグの言葉を思わず信じてしまいそうになる。
『マジっすか。ヴェイグ選手がこのような紳士な振る舞いをするなんて。ぶっちゃけ公平じゃないって分かってますけど、ヴェイグ選手の事前評価から考えると驚くなって言う方が無理でしょコレ』
『そうですね。敢えてイメージアップを狙っているのかもしれませんが、だとしても好印象を覚える生徒は多いでしょう』
もちろん、誰もがそう思っているわけではない。
ヴェイグに実害を被った人は、裏があると訝しんでいるだろう。
あるいは、男とか女とかは関係なく真正面から撃破して欲しいと考える人もいるだろう。
だがそれでも多くの人はヴェイグの行動を称賛し、会場の雰囲気はヴェイグの味方となりつつある。
それはつまり、ここで無様な姿を見せて諦めずにもがいているドラポンの評価が相対的に下がっているということでもある。
「降参なんて……!」
だがここで降参するということは、チームとしての負けを宣言するに等しい行為だ。
仲間達がヴェイグ達に汚され、自分は愛玩動物として可愛がられますと。
そんなこと言えるわけが無い。
彼らの密約を知らない生徒達は降参しようとしないドラポンを白い目で見て、憎きヴェイグを称賛する。
しかも彼らはドラポンを獣人の生徒であると捉えている。
その獣人が無様な姿を晒している。
獣人の強さをアピールしたいのに、真逆の評価が強まってしまう。
この状況は何から何まで、ドラポンにとって絶望的だった。
何も言えなければ獣人の評価が下がり。
降参すれば自ら愛玩動物に成り下がるという宣言になる。
まさにヴェイグの悪魔の呼びかけであった。
「う゛う゛……み゛ん゛な゛ぁ゛……」
結局、ドラポンはヴェイグの魔力が尽きるギリギリまで降参を口にせず、仕方なしにと拘束されたうえで手首に攻撃を受けて敗北したのであった。
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