9. 練習試合 次鋒戦 ドルチェの戦い
控室には試合会場の映像を映す魔道具が設置されていて、ドラポン達はそれを見ながらホウシェを応援していた。
「ポンポコドーン!」
「うんうん、流石ホウシェだよ」
「やはりやるな。いつか手合わせしてもらいたいものだ」
「つ、強い……」
ホウシェの勝利にドラポンチームの面々は大喜び。
勝ち方も圧勝と言えるものでムードも良い。
「よしよし、それじゃあボクの番だね」
「気合いれてこー!」
「頑張れ」
「頑張ってください!」
次鋒戦は人形使いのドルチェだ。
頼れるパートナーと共に、会場へと向かう。
その途中で、勝利したホウシェとすれ違った。
「おめおめ、ホウシェ」
「ありがとうございますドルチェさん。お気をつけて」
ハイタッチするわけでも無く、拳を突き合わせるのでも無く、ただ深くお辞儀してドルチェを送り出す。
メイドに拘りのあるホウシェらしい振る舞いだ。
――――――――
「そうかそうか、お前がボクの相手か」
「巨乳ロリきたああああああああ!」
「ぴぎぴぎぃ!」
ドルチェの相手はデブ男。
いかにも弱そうな見た目ではあるが、ここは実力者が集う学校だ。
油断は出来ない。
まぁ、油断以前に鼻息荒く興奮するデブ男への嫌悪感でそれどころでは無かったが。
「もうもう、気持ち悪い。さっさと終わらせるよ、サードバクガイヤー」
ドルチェが声をかけたのは隣に立つ金属人形。
グレートヴィーゲルとは違いドルチェと同程度の高さがあるが体つきは細めだ。
対練習試合用のロボットであり、三世代目だ。
『あれがドルチェ選手のスキル『人形使い』によるものですか』
『はい、ドルチェ選手はロボットと称してますね。しかしあれほど大きなロボットを操れるとは思いませんでした』
『手元の情報では、これまでドルチェ選手が操っていたロボットは大きくてもゴブリンと同程度のもの。ゴブゴブ』
『突っ込みませんよ? スキルが成長したのか、これまで隠していたのか。どちらにしろ見ものですね』
ドルチェは後ろに下がり、サードバクガイヤーが前に出る。
「ブヒヒ、そんなひ弱な人形なんてぶっ壊してやるでひ」
「はっはっ、ボクのサードバクガイヤーを甘く見て貰っては困るよ」
両者の準備は整った。
『試合開始』
先に動いたのはドルチェだ。
「いけいけ! サードバクガイヤー!」
右の人差し指をビシっと前に突き付けると、たわわな胸がプルンと揺れる。
「ブヒッ!」
デブ男がその様子に見惚れている間にサードバクガイヤーは攻撃態勢に入る。
『おおっと、ドルチェ選手のサードバクガイヤー、もう距離を詰めた!』
『先程の試合のせいで遅く見えますが、十分速いですよ』
少なくともドルチェが全力で走るよりかは速く移動出来ている。
それでも通常の相手であれば問題無く躱せるスピードであるが、相手はデブ男であり動きは遅い。
『サードバクガイヤー、そのまま勢いを殺さず右手首を狙います!』
『カウンターで攻撃されてもポイントにならないため、防御を気にせずに行動出来るのは人形使いの強みですね』
だがいくらデブ男の動きが緩慢とはいえ、手首を狙った手刀程度なら喰らうことは無い。
最低限の体の動きで躱すとサードバクガイヤーはそのまま勢いよくデブ男の背後へと回る。
「ぶひぃ!」
「まず一撃!」
そしてそのままくるりと回転して背中に回し蹴りをぶち当てた。
『ドルチェ選手の先制だああああ!』
『相手の動きが緩慢であることから、背後に回って当たり判定の大きい背中を狙いましたか。上手い立ち回りだと思います』
人形を遠隔で操作するというのは、非常に高い精度を求められる。
それゆえ、額や手首などの小さなポイントを狙って攻撃するのは今のドルチェではまだキツイ。
だが背中であればポイントとなる範囲がかなり広いため、おおざっぱな攻撃でもポイントが得られる。
手首狙いは囮で、それを狙っていたのだった。
「ぶひぃ!」
だがデブ男はポイントを奪われたことを気にせず、サードバクガイヤーを無視してドルチェに向かって走る。
緩慢な動きに見えるが、案外スピードが出ていてサードバクガイヤーは追いつけない。
『使役系のスキルの弱点を狙ってますね』
『それ私にも分かります! スキル使用者本人ですよね! どやぁ』
『どやる程のものでは……ドルチェ選手の人形使いはユニークスキルですが、他にも似たスキルとして魔獣使いや精霊使いなどのスキルがあります。それらはいずれも使役する本人が弱点となるケースが多いです』
『強いのは本人では無くて使役している物ですからねぇ。ですが普通は防御スキルなどで対処するのでは?』
『はい。防御だけでは無く、本人も鍛えて使役対象とタッグを組んで攻める方もいらっしゃいますね。ですがドルチェ選手は人形使いのスキル向上に全てを捧げていると有名ですので……』
『本人狙われたらアウトー!』
それはドルチェのこだわりであった。
主役はあくまでも愛する人形たちであり、自分は決して戦いに参加しないのだと。
だがそれが必ずしも悪いというわけではない。
例えば集団で強大なモンスターを倒すレイド戦なんかでは、後方待機して仲間に守られながら強力なロボットを前線に送り込む方法は有効だろう。
ロボットが強ければ総力戦の試合でも活躍できそうなため、ドルチェのスキルが成長したら勧誘したいと考えている生徒はそこそこいる。
問題はこれが一対一の戦いであるという事。
この場合はどうしても本人を狙われてしまうため、相性が悪いルールなのだ。
「ぶひぃ! もらったぶひ!」
もちろんそんなことはドルチェにも分かっている。
だからこそ、相手次第ではどうにかなる戦略を準備して来た。
そして幸運にも、自分が唯一勝負になるデブ男が相手と決まった。
「ぶ、ぶひぃ!」
追いつけそうに無かったサードバクガイヤーが突如デブ男の前に出現し、額に右ストレートを綺麗に当てた。
『おおっと! 何だ今のは!? サードバクガイヤーが突然転移したように見えました!』
『私にもそのように見えました。詳しくは分かりませんが、おそらくは人形使いの力によるものでしょう。これで簡単には近づけなくなりましたね』
デブ男が力任せに周囲を両腕で薙ぎ払おうとしたため、ドルチェはサードバクガイヤーを一旦自分の傍に転移させた。
「まったくまったく、お前が戦う相手はサードバクガイヤーだよ。無視するなよ」
これで二ポイント連取。
相手は自分に近づくことが出来ず、転移を繰り返すサードバクガイヤーに翻弄されている。
「(よしよし、これで行けるかも。まだマリーがいるから僕達の勝利だ!)」
決して油断したわけではない。
集中力を切らしたわけではない。
ただ、ドルチェは分かっていなかった。
この学園に一般入学した生徒は漏れなく強いという事を。
デブ男がただのデブ男では無いという事を。
「ブヒィ、おいたがすぎるブヒ。少しばかりお仕置きが必要ブヒ」
ぞくり、と嫌な予感がした。
この状況をひっくり返す何かをデブ男は持っているのかもしれない。
だがサードバクガイヤーはまだ未完成のロボットで、組み込みたいギミックが全然揃っていない。
スキルの力で転移は出来るが、それ以外の特殊能力は今の所無いのだ。
ゆえに、相手がこちらを攻略する前に速攻で撃破する方針に決めた。
「はいはい、言ってろ言ってろ」
サードバクガイヤーを再度転移させ、デブ男に向けて連続攻撃を繰り出した。
跳んでは殴り、跳んでは蹴り、額や手首や背中を狙い続ける。
「なぜなぜ、当たらないんだ!」
しかしその全てをデブ男は最小限の動きで躱し続ける。
どこに出現するか分からないのに、不意を突けているはずなのに、まるでそこに攻撃が来ることが分かっているかのように簡単そうに躱している。
「ブヒヒ、所詮ユニークスキルもちのおままごとでしかないってことブヒ」
「な、な、なんだって!?」
焦っていたからか、デブ男の分かりやすい挑発に乗って必死になってサードバクガイヤーを操ろうとする。
だが、どうしても当てるどころか掠る事すら出来ない。
先鋒戦の立場が逆になったかのようだ。
『これは一体どうしたことか!? ドルチェ選手のサードバクガイヤーの攻撃が一切あたりませーん!』
『戦闘経験の差が出ましたね』
『戦闘経験ですか? 何かのスキルでは無く?』
『はい。ドルチェ選手はユニークスキル入学になります。そしてロボットをカスタマイズすることに注力してきたのでしょう。ロボットを使った実戦経験が圧倒的に不足しており、攻撃が単調になってしまっているのです』
『ちなみにクラリスさんの経験人数は?』
『なんてこと聞くんですか!』
それゆえ、デブ男はどこから攻撃が来るのかを簡単に予測出来ている。
ただそれだけのことだった。
「ブヒヒ、そろそろこっちからいくブヒ」
デブ男はサードバクガイヤーの蹴りを右手で掴み止めた。
そしてそのまま力任せにサードバクガイヤーを右手一本で持ち上げて地面に叩きつける。
「サードバクガイヤー!」
慌てて転移させて逃がすものの、金属製の体は大きく凹んでいた。
「くそくそ、なんて馬鹿力なんだ」
今になってドルチェはようやく気が付いた。
デブ男の巨大な脂肪の下にはかなりの筋肉がついている可能性を。
あるいはなんらかのスキルでパワーを増している可能性を。
「ブヒィ、これで終わりブヒ」
デブ男はドルチェに向かって再び歩き出す。
サードバクガイヤーを使って動きを止めたいけれども、うかつに近づけたら破壊されてしまう。
だからといってこのまま手をこまねいている訳にも行かない。
「えいえい、行け! サードバクガイヤー!」
当たらなければ良い。
その単純な思考はもちろん読まれている。
デブ男の背後にサードバクガイヤーを転移させたが、タイミングを合わせてくるりと振り返ったデブ男はサードバクガイヤーを雑にぶん殴った。
「サードバクガイヤー!」
デブ男の拳は綺麗にサードバクガイヤーの胴体を貫通し、もう片方の手でだらんと力なく垂れ下がった腕を取り引きちぎった。
そのまま両腕であっさりと上下を分断し、哀れサードバクガイヤーは『人型』では無くなってしまった。
人形使いが操れるのは『人の形をしたもの』。
つまり胴体で上下が分断されたサードバクガイヤーを自在に操ることはもう出来ない。
「ブヒィ、さぁ~てどうしよっかぶひ」
「あ……あ……」
ドルチェにもう戦う術は残されていなかった。
戦意を喪失し、膝をつき近づくデブ男を恐怖の眼差しで見つめることしか出来ない。
「ブヒヒヒ」
デブ男の視線が豊満な胸元に吸い寄せられる。
なお、ここで露骨にセクシャルなことをすると反則負けとなってしまうルールだ。
抵抗出来ないドルチェの体を弄ぶことは出来ないが、手が滑ったと言って触れることくらいは出来るだろう。
そうなる前に降参すれば良いのだが、恐怖故か言葉が出てこない。
『ドルチェはこのルールでは不利だ。言いたくは無いが、負ける可能性の方が高いだろう。だからもうダメだと思ったら相手に妙なことをされるまえに降参するんだぞ。良いな』
試合前にマリーにそう言われていたはずなのに。
「ブヒィ!」
デブ男の手がドルチェに伸び、思わずドルチェは目を閉じる。
だが思ったような衝撃はこなかった。
「え?」
手首に軽い衝撃が五回。
胸どころか、最低限の接触だけで終わったのだ。
「なん……で?」
明らかに自分を性的な気持ち悪い目で見てくるデブ男が、何もしてこない。
良かったはずなのに、どうしてもそうは思えなかった。
『デイブ選手! 見た目に反して紳士に決めました!』
『見た目に反しては酷いですね。と言いたいところですが、確かにその通りです。見直しました』
観客の生徒達も驚いた風だ。
多くの人がデブ男、改めデイブの行動を好意的に受け取っても居た。
これを狙ったのだろうか。
「ブヒヒ、ロリっ子には優しくするブヒ。僕達が勝ったらた~っぷり優しくするブヒ」
「ぴぎぴぎぃ!」
ロリっ子に暴力を振るってはならないという、ただのデイブのポリシーだっただけのようだ。
結局のところ、チームとして勝負に負けたらデイブに優しく好き放題されることには変わりは無い。
ドルチェは絶望に心がくじけそうになったが、歯を食いしばって耐えて試合場を後にした。
そう、まだ絶望するには速いのだ。
ドルチェの負けは想定内。
まだこの先には頼りになる二人が待っているのだから。
そしてその一人が、すれ違いにやってくる。
「ドルチェ。お疲れ様」
「あはあは、全然ダメだったよ」
「そんなことはないさ」
肩を落としてトボトボと歩くドルチェをマリーは優しく抱き締めた。
「そんなことはない」
「うう、うう、うわああああん!」
会場にはドルチェの残したサードバクガイヤーの残骸が残されている。
それらを回収するため次の試合開始までにはまだ少し時間がかかるだろう。
それまでの間、少しでもドルチェを慰められればとマリーは温もりを与え続けた。
「(絶対に勝つ!)」
そんな強い想いを内に秘めて。
しかし、その想いはあっさりと打ち砕かれることになった。
「こうさ~ん」
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