第27話 クソみたいな世界

 ゲートを通り外に出る。

 ダンジョンが崩壊するのを見ながら、綺麗になった天井を見上げて月を見る。


「もう夜か」


 なのに明るい。

 正面を見ると、ライトと共にカメラを向けられていた。


 まずい、そう判断した時には私は夜空に舞っていた。

 ヒノが私を乗せて帰るべき場所に向かって飛んでいる。

 感じる風が鋭い。完全にスピードが上がってる。

 これも称号の力?


「はは。ちょーたのしっ」


 裕也さん達心配しているだろうか?

 してるだろうなぁ。

 傷もオークのかすり傷だけ残して貰っている。

 それを除けば怪我も無ければ疲れても無い。

 安心させる為にお得意のチャーハンを作ろう。


「そろそろ着きそうだね」


 人気のない場所に着地して、ポッケにヒノが入る。

 そのまま家に向かうと、そこにはパトカーが止まっていた。


「え?」


 意味の無い不安が私に乗っかる。

 重い。この不安感が私の心臓を握り潰して来る。

 走った。


「あ、あの!」


 近くの警察官に声を掛ける。すると、安堵したかのような表情を見せた。


 止めて。お願い止めて。そんな表情しないで。


 私の中の不安が焦りを呼び寄せた。嫌な汗がダラダラと流れる。

 安堵した警察官、裕也さん達の家の前に止まるパトカー。

 足に力が入り難く、そのまま倒れてしまいそうだった。


「いや。裕也、さん。紗波さん!」


 家から警察官と裕也さん達が出て来た。


「もう大丈夫だからね」


「裕也さん! 紗波さん!」


 二人が私の叫びにこちらを振り向き、薄らと涙を流す。

 不安と焦りが絶望へと変わる。


「良かった。無事だったんだね」


「元気に生きなね」


「嫌だよ。無理だよ! 裕也さん、紗波さん!」


「ちょ、危険だよ」


「嫌だ。離してよ。離せよ! なんでだ。なんでだよ! 裕也さんと紗波さんが何をしたってんだ!」


「混乱している様だ! 誰か手伝ってくれ!」


「やめろ! 世羅ちゃんに手を出すな!」


 裕也さんが警察官に向かって叫ぶ。だが、それに返されるのは嘲笑。


「誘拐犯が何言ってるんだ! さっさと入れ!」


「ヤダ! 嫌だよ! 裕也さん! 紗波さん! 止めて。お願い。お願いします。止めてください。二人が、二人が⋯⋯」


 数人の警察官に押さえつけられる。

 過呼吸に成りながらも必死に抵抗する。

 今時の警察は定期的にダンジョンで訓練を行う。

 技術とレベルも高い警察官数人に捕らえられた私は、抜け出す事が出来なかった。


 ここ最近での無力感を感じた。

 一般的に、感情的に判断してくれた人が居るのなら、警察を非難するだろう。

 だが、ニュースではどうだろうか? 住所と名前、そして誘拐犯として取り上げられる。

 それだけを見た人は、『悪人』と思うだろう。


「止めて、お願いします。お願いします」


 私は懇願するしか出来なかった。

 実の親よりも私に愛情をくれた二人。

 私に元気な振る舞いを教えてくれて、全てのきっかけをくれた裕也さん。

 私に料理を教えてくれて、笑顔を教えてくれた紗波さん。

 私は命を捧げても返し切れない恩がある。


 こんなの、こんなのってあんまりだ。

 私の希望が自称国のヒーローが消して行く。

 虐待はなかなか発見されない。日本は事が起こってから行動する。

 だが、誘拐は別だ。既に起こっている。

 後は物は言いようで簡単に犯人になる。


「止めてください。お願いします」


「大丈夫だよ世羅ちゃん。すぐに親元に送るからね」


「止めて。私の、恩人を、二人を、こんなの、こんなのってあんまりだよ。恩を仇で返す事なんてしたくないよ」


 パトカーに無理矢理乗せられる。

 私に乗っている警察官に怒りを向けてくれる二人。

 それがどれ程嬉しい事か。

 親なんて、実の母親なんて、私が警察に捕まったら、すぐに見捨てる。

 だけど、あの二人は怒り、悲しんでくれる。

 そんな人達なのに、法と言うクソ概念に従う悪魔共が消して行く。


「止めろおおおおおお!」


 ヒノが出て来ようとする。ヒノが出てこれば、なんとかなる。

 二人を連れて逃げよう。今の私なら、出来る筈だ。


「俺達はどうなっても良い。だが、あの子だけには乱暴をしないでくれ」


「お願いです。あの子は、もう人一倍悲しんだんです」


「え。裕也さん? 紗波、さん?」


「「世羅ちゃん。元気でね」」


 パタン、扉が閉まり、動き出す。

 追い付けるだろうか。


「さぁ、立って」


 警察官に立たされる。警察官?

 あぁ、ダメだ。もうこいつら、モンスターにしか見えない。

 モンスターは、殺さないとダメだよね。

 外にモンスターが出たら、殺すのが探索者の『義務』だもんね。

 モンスターを殺す『義務』もあり『権利』もある。


「こ⋯⋯」


『落ち着け!』


 モンスターは殺さなくちゃ。殺さないといけないのに。

 なんでヒノは拒絶するの?

 早く出て来て、私にニグロを寄越せ。

 私の周囲に数人居るモンスターを切り刻む。


「さぁ行こう。親御さんが心配してる」


「⋯⋯してる訳ねぇだろゴミ共」


「え?」


「離せよ汚い」


 肩に置かれている手を払う。

 あの二人を連れて行った鉄の箱なんかに乗る気は起きない。

 勝手に動こうとする私を止める為に警察官が二人、立ち塞がる。

 私は無意識に拳を固めていた。


「邪魔」


 そのまま相手の顔に向けて突き出した。しかし、その拳は相手の顔に当たる事は無かった。

 ヒノが私を止めた。


「ヒノ⋯⋯ッ! な、なにを」


【催眠術】を使われた。意識が朦朧のし、そのままヒノに倒れる。

 なんでさ。ヒノ。なんで、なんでこんな化け物達の味方をするんだよ。

 ヒノは私の味方じゃないのか? 酷よ。こんなの、あんまりだ。


 目が覚めると、家の近くに止められたパトカーの中に入っていた。

 なんか強そうなモンスターが運転席と助っ席、私の両サイドに居た。

 こんな狭い場所じゃ殺せないよ。


『落ち着け世羅! そんな考えは捨てろ』


「出来るかよ。なんで私の希望を奪ったこいつらに殺意が持てないって言えるんだよ。何時もそうだ。中学の時、辛くて相談したのに、意味が無かった。教師も、警察も、意味が無かった」


「落ち着いて。ほら、母親を呼んで来るから」


「呼んで来ます」


 一人出て行く。私の手首には手錠がある。

 力が出ない。レベルシステムを消す奴だ。


「なぁ自称神。お前はこんな世界を守りたいのか? 法と言う免罪符を手に入れて、時には感情に流され、時には非情な奴らが正義を語っているこの世界を」


『ああ。どう言う形であれ、世界は世界だ』


「こんな世界滅んでしまえよ。どれだけ辛くても、どれだけ悲しくても、正義なんて、ヒーローなんて助けに来ない」


『ああ。だから、お前がそんなヒーローになるんだ』


「ヒーロー? 私が? 無いね。勇者だのヒーローだの嫌いだ。大っ嫌いだ。見ろよ、私の近くに居る奴らを。抵抗されるのを恐れえて力を弱らせているんだ。助けに来た相手にする行いか? 助けを求めた訳じゃないけどさ」


『仕方ないだろう。それだけの狂気を今のお前は秘めている』


「はは。そうかもね。はぁまじでウザイ。なんだよヒーローって。正義って。外側だけ良くして、そう言う見せ方をしてさ。でも、内側はどうだよ。三食満足に食えず、世間体と今後の財布の為に高校には無理矢理行かされ、パチコンで上手く勝てなかったらストレス発散のサンドバッグ」


『⋯⋯辛かったな』


「雨やドブの水を真水に変えて使って、必死に節約しても借金は増える一方。勉強を押し付けてバイトはするな。はぁ。思い出したくもない。なぁヒノ、なんで私をここに戻したんだよ」


「お、おい」


「触らないでくれますか? 痴漢ですか? きゃー警察に強姦されるー」


「ちょ」


「冗談ですよ」


 嘲笑してみた。疲れる。


 あぁ、そう言えば、それやるのは今の義父か。

 そんな豚小屋に私を押し込む警察。自称正義。


「ほんと、クッソみたいな世界だなぁ」

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