第17話 らしくない決着

 少し焦げて柔らかそうに見えるオークの背中。

 ヒノを両手で掴み、今出せる本気のフルスイングを振るう。


「豚の串刺しじゃああ!」


 ヒノから大量の包丁が発射され、背中に数本刺さる。どれも浅いが。

 出来れば血管に刺さってくれると嬉しいが、そう都合良くはいかないだろう。

 包丁の方は金属質で電気を良く通す事を確認済みだ。

 わざわざこれを利用する為に用意した水も使った。


「そうだ、来いよオーク」


 目が見えなくても、鼻が意味なくとも、攻撃を受け、声が聞こえた方向に進む。

 私に迫って来るオークを見上げる。

 大きい。

 感じる威圧感もあり、学校の塀を前にしている様だ。


「お前は強いよ。まともに戦ったら絶対に私達は負ける。だから、私はまともに戦わないんだよ。田中さん、行っけぇぇえええ!」


「雷属性魔法、電撃雨ライトニングシャワー!!」


 青い稲妻がオークの背中を強襲する。

 包丁と水で流れ易く成った電流は内部と外部からオークを焼いて行く。

 体が動けなくなり、大ダメージを受ける。

 ここがゲームなら、一定のダメージしか喰らわないだろう。

 そう言うプログラムがあるから。

 だが、ここは現実だ。

 一つの魔法を工夫次第でいくらでもダメージを上げて行く。


 これでも倒れないなら、もう一つの手だ。

 流石に水をぶっかけた体で裸なので、とても寒い。

 出来ればさっさと終わらせたい。


「魔法は使えなくても、ヒノが居る」


 ヒノなら電気も受けない。

 再びドリルの様に形を変え、【硬質化】を利用して鋭さを上げる。

 回転させ、痺れているオークに向かって放つ。


『おおおおおおおおおおおおおおお!!』


 点滅し、焼け焦げて行くオークの腹はヒノに徐々に削られて行く。

 電撃が終わり、ピチピチと静電気を弾かせながら、オークは地面に体を倒した。

 それでも体は消えない。ヒノは私の隣に来ている。


「ヒノ、飛べ!」


 左手で鷲掴みにし、空を飛ぶ。

 高速で飛来する中、ゆっくりと立ち上がろうとするオーク。

 もう良いだろう。

 魔法をその身で受け、両目を潰されて、臭いで誑かされ、沢山ダメージを受けた。

 それでもまだ立ち上がろうとするオーク。

 挫けても、めげないオーク。

 目の前の私と言う敵を殺す為に、その身がどうなろうとも立ち上がろうとする。


「もう立たなくて良いだろ。お前は私達に勝てない。だから、もう。寝てろよ! 立ち上がるなよ! もう、これ以上戦うなよ! 戦わせないでくれよ!」


 魔剣を強く握り、オークを切り裂く。

 ヒノが飛ぶので、私の体は勝手に動く。でも、ヒノの動きが分かるので、動きに合わせて魔剣を振るう。

 黒い閃光を放ちながら、沢山の刃をオークに浴びせる。

 こいつは、私に与えた以上の痛みを受けた。

 だからもう、私は十分だ。だけど、オークはそれでも、戦おうとする。


「訳が分からない。でも、分かる」


 オークが強く力を振り絞り、鉈を振るって私と距離を離す。

 よろよろとし、バランスを必死に保ちながらも、鉈の先端を向けて来る。

 その目はまだ、死んでない。


 なんでここまで戦うのか。なんでそこまで私を憎むのか。

 分からない。だけど分かる。

 自分の家とも呼べるこの場所を汚され、そして攻撃された。

 それりゃあ憎いだろう。

 だけど、それよりも当然な理由がある。


 それは、私がオークを殺すと言う覚悟と気合いが相手に伝わっている事だ。

 誰だって死にたくない。私も、田中さんも、オークだって。

 誰だって生きたいに決まっている。


 この部屋はどちらかが死ぬまで出る事も出来ない。この戦いが終わる訳でも無い。

 だから、必死に抗うのだ。必死に戦うのだ。

 私は、その気持ちが分かる。だけど、真正面から否定する。


 私だって、オークの立場なら、戦うかもしれない。

 だって死にたくない。

 だけど、私はオークじゃない。オークは今、負けている。私は勝っている。

 だから、オークの気持ちを否定する。


「今の状態じゃ、勝てない。お前はもう、負けている。だからもう諦めて寝てろよ! もう戦う必要なんて無いんだよ!」


 オークがゆっくりだが走って来る。最初の時よりも当然スピードは遅い。

 だけど、その状態の一振だけで、私は死ねそうだ。

 だからね。ここまで言っても、ここまでやっても、私は正々堂々と戦えない。


『おおおおおおおおおおおおおおお!』


 最後の決意と共に迫って来るオーク。きっと、これに受け立つ方がオークの為だろう。

 そうした方が、潔く逝けるだろう。

 だけどね。私はね。結局私なんだよ。

 どんなにレベルが上がろうとも、どれだけ強くなろうとも、本質は『私』と言うクズの塊だ。


「ヒノ、行くよ!」


 ヒノを左手に掴み、盾の様に持つ。足に力を込めて走る。

 だらしない走り方。ど素人の走り方。だけど、今出せる全力で走る。


「田中さん。見ててください! 手を、出さなで!」


 私はクズだ。

 変わろうとしてダンジョンに挑もうが、その本質は全く変わらない。

 だけど、本質以外は変えられる。

 今回だけで良い。少しだけ、本の少しでもいいから、勇気見せろよ、私。


「はああああああああああ!」


『ぐおおおおおおおおおお!』


 鉈と魔剣を同時に突き出し、擦りあって火花を散らす。

 眩しい光と少し熱めの熱を感じる。弾かれる重量感を感じる。

 今すぐに魔剣を手放して空に逃げたい。

 だけど、アイツの最後は、私の覚悟を上げてくれたコイツの為に、必死に握る。

 手首が折れそうだ。手がグイグイと来てとても痛い。

 だけど、あと少しで届くんだ。


 ヒノは盾じゃない。私のスピードと動きをサポートする枕だ。

 徐々に横にズレ、鉈を躱す。


「ぐぎっ!」


 歯を食いしばる。

 頬に鉈の刃が掠った。腹を深く刺された時よりは痛くは無い。

 だけど、焼き付ける様な痛みはこっちの方が強く感じる。

 死が近いと痛みが抑えられるらしい。もう経験したくないが。


「これで、本当に終わりで良いよなぁ!」


 突き刺す魔剣。ヒノが私の体を前へに押し、さらに押し込む。

 両膝を倒すオーク。その顔はどことなく、健やかだった。


「お前の意を汲み取ってやったんだ。少しは報酬、良くしろよ」


 塵と成って消えるオーク。大きな宝箱が現れ、外に出る為のゲートが開く。

 オークの魔石がコロりと転がる。ヒノはすぐに食べずに、私に持って来る。


「取り敢えず入れておいて。あと、タオル」


 タオルを二枚取り出して、寄って来た田中さんに渡す。

 二人で水を拭いて、ヒノで着替えを終わらせる。


「ブカブカ⋯⋯」


「すみません。デブで」


「いや、デブって寄りも、胸が⋯⋯はは」


「ん? と、報酬見ま⋯⋯?」


「だ、大丈夫ですか?」


 疲れからか、膝から崩れ落ちた。

 掠り傷を治そうとするヒノを手で制した。


「この傷は、少しだけ残しておくよ。ヒノの回復なら、跡に成っても治せるしね。それより、背もたれに成って。動けん」


「お疲れ様」


「そっちこそ。だいぶ魔力使ったんじゃない?」


「うん。立っているのがやっとってレベルで魔力使ってるから、もう今日は魔法使えないかな」


「これからどこかに行く程、体力はありませんよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る