第11話 フェアリーリングのお仕事 その三
腹立たしい会話を挟みつつも、御山の境界の見回りを開始。……なお、レイシを殴ることはしなかった。痛みで本当に集中が途切れたら大事なので。
「遠慮なく連れ回すとは言ったけど、本当にキツくなったらさっさと教えてよ? 無理したらマジで死ぬからね」
「はい。もちろんです」
「あと私の前を絶対歩かない。離れない。キノコが生えてても絶対に採らない。私に教えて」
「はい」
ついでに注意事項も口頭で告げていく。流石にレイシも勝手なことはしないと思うが、告げなきゃこっちが安心できない。
「特にキノコはマジで守ってね。境界はマナの狂いがマシだから、数自体はそんなに生えてない。でもその少数がデストラップなんてことがザラにあるから」
「……と言いますと?」
「触れただけ全身が石化する石化茸。ちょっとした衝撃で猛毒の胞子を噴出させ、周辺の空気を汚染する毒爆茸。生物に触れたら急速に活動を初め、神経に寄生して生き物を操ってしまう繰糸茸。他にも色々あるよ」
「地獄すぎませんか……?」
御山を代表するデストラップを挙げていくと、レイシが思い切り頬を引き攣らせる。
実際、地獄と言われたら頷くしかない。狂ったマナに並ぶ、生物絶対許さない系の御山の呪いなのだから。
「……なんと言いますか、こんな険しい環境でよく生態系が保たれているものですね。生き物の大半が死に絶えてもおかしくないでしょうに」
「適応さえできれば、下手な場所より生存できるからでしょ。生物の逞しさを舐めんじゃないよ」
事実、御山にはマトモな生き物は一匹も存在していない。
虫も、小動物も、全てが狂ったマナに適応している固有種だ。……適応してるだけの普通の生物が大半なので、特に価値はなかったりする。
植物だけは例外的に価値が高いんだけどね。マナの影響を受けない希少種で、いろんな用途に使えるのが理由。
ただ労力と他にも原産地がある関係で、フェアリーリングでは伐採とかはしてない。それよりもキノコを採ってくれと言われている。
「……でも確か、大型の生物はいないんですよね? そんな風に聞いてるんですが」
「そうだね。熊とか猪とか、そういうのは御山にいない」
大型化すると、流石に環境適応が追いつかないみたいでね。専門家曰く、吸収されるマナの量は体格に比例するため、大型の獣となると適応は無理。突然変異でワンチャンが精々なのだとか。
なお、その突然変異のくだりでジッと私を見つめられたりした。つまりフェアリーリングが該当例ということだ。
「ならおかしくありませんか? 捕食者に当たる存在がいないのに、どうやって環境が維持されてるんです? 小動物が増えて、植物とかが激減すると思うのですが」
「ハッハッハッ。御山を舐めちゃいかんよレイシ。ここではキノコがそれに当たるから。具体的に言うと、さっき挙げたデストラップのやつら」
「えぇ……」
環境には適応できても、キノコの毒には適応できないからね。増えた小動物は大抵がファンタスティックな毒キノコの餌食になって養分になる。
いやほら、普通の動物って毒のあるものなんか食べないんだけど、御山のキノコって食べなくても有害なやつらばっかりだから……。
「実際、マジでキノコが御山の生態系の頂点なんだよね。人間すらキノコに狩られるし」
「狩られるって……」
「いや本当だよ? だってキノコにやられて放置してると、死体を苗床にまたキノコが生えてくるから。狩られるって表現も間違いじゃない」
「それは、えぇ……」
密猟者の死体を回収するのは、そういう理由もあるんだよ。人の死体に生えたキノコとか不気味じゃん。
「いやねー、マナの毒性がたまたま薄かったりで、調子乗ってうろつく密猟者もいるんだよ。で、キノコにやられるわけ。特に連中、視界の通らない夜に来るからさー」
「気づかずやられる、と」
「そ。ま、密猟者なんてキノコの知識も大してないから、適当に触ったせいで死ぬなんてこともザラにあるんだけどね。どっちにしろ密猟者は死よ」
「普通、そんな凶悪なキノコが生えてるとか思いませんよ……」
「御山に普通を求めてる時点で馬鹿だから」
ここ、冗談抜きで異界みたいなもんだからね? 王都にほど近い位置にあるから勘違いしがちだけど、常識通じない案件が山盛りですし。
「なんと言いますか、よくこんな場所で密猟しようと思いますね……」
「単純にそこまでって知られてないのが一つ。後は……ほら。アレ」
分かりやすく説明するために周囲を見回すと、運よくキノコを発見。それも毒のない価値のあるタイプ。
「これはマナ茸の変異種。マナ茸は周囲のマナを養分にするキノコなんだけど、いくつかの魔術薬の材料になる。特に変異種となれば、中々お目にかかれない。これ一本でひと財産になるんだよね」
品質とかで変わるから一概には言えないけど、大体一本で金貨十枚ぐらいかな? 平民なら一本だけでも、当分は働かなくても暮らしていける。
「だから密猟者は絶えないわけよ。得てしてこういうのって、成功体験だけが広まるからね。危険は伝わらず、金目のものが手に入るって情報だけが出回ってる」
「霊山の危険性は周知してるはずなんですが……」
「そりゃ普通の人間の思考だから。犯罪に手を出すやつは、そういう『普通』を理解しない。理解できない」
失敗した奴らは帰ってこない。死んでるから。だから生きて帰ってきた奴らの話だけが、そういう連中に広まってしまう。
で、勝手な想像を膨らませて、頓珍漢な結論を出してしまう。御山は宝の山だってね。
「死にかけてたけど、たまたま命を拾った密猟者の言葉、教えてあげよっか? 『こんなに危険なんて思わなかった。てっきり貴族たちが、貴重な素材を独占するための建前だと思ってた』ってさ。笑っちゃうでしょ」
なんのためにフェアリーリングがいると思ってるのか。平民が貴族以上の特権を与えられている意味を、まったく理解してないんだもの。
「そんな愚か者を増やさないためにも、こうやって毎日境界を見回ってるわけよ。価値のあるキノコを採って、変に成功体験を増やさないように」
ちなみに毒キノコは基本は採らない。デストラップはフェアリーリングには関係ないし、密猟者を始末するにはちょうどいいからね。
「ということで、アンタは当分この作業に従事してもらうから。呼吸するみたいに、体内マナの調節をできるようになるまでね。道は長いよ」
自然に、それこそ一日中維持できるぐらいにならなきゃ、我が家の敷居を跨ぐことはできないよ。
「じゃ、ついてきて。アンタ一人で境界を歩くことは絶対ないけど、道のりは一応憶えるように。デストラップ、境界にある毒キノコの群生地を避けてるからね。死にたくなきゃ憶えなさい」
「はい!」
「よし。なら行くよー」
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実験兼あとがき
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