キノコ狩りのフェアリーリング〜マジックなマッシュルームをお求めですか?

モノクロウサギ

第1話 プロローグ

『ばあちゃん。本当に御山に連れて行ってくれるのー?』

『そうだねぇ。エリンもそろそろ【フェアリーリング】の娘として、我が家のお役目の勉強をする頃だからねぇ』

『やったー!』


 ──懐かしい夢を見た。これは祖母と過ごしたかつての日々。家業を継ぐための修行の記憶を、夢という形で思い出しているのだ。


『ばあちゃん! あそこにキノコがあるよ! ほら、あの岩場の陰の白いの!』

『おやまぁ。もう見つけるなんて、エリンは才能があるのかもねぇ。流石はフェアリーリングの娘だよぉ』

『えへへ! それであのキノコはどういうキノコなの!?』

『ありゃ石化茸だね。ふわふわな見た目をしているだろ? 見た目に反して、触るとあっという間に全身が岩になっちまうんだ。世間では猛毒とされるキノコだね』

『ヒェッ……!?』

『まあ食べるとふわふわで甘いんだがね。オヤツに取っとくか』

『ばあちゃん!?』


 ……幼い私が止める間もなく、祖母は触るだけで危険と説明したキノコを毟り始めた。なんならその場で食べ始めたし、可愛い孫であるはずの私にまで勧めてきたし。相変わらず狂っている。


『エリンや。アンタもフェアリーリングの娘ならば、勧められたキノコは食べないけんよ。本当に美味いんだよ?』

『猛毒のキノコを積極的に食べ出したら人として終わりだと思うよばあちゃん』

『まだまだ青いねぇ。……おやエリン。アレを見な。あの白く光っているキノコ。下層じゃ中々みないレアものだよ』

『へ? うわ本当だ! 綺麗なキノコだ!』

『ありゃヒール茸だね。癒しのマナをふんだん溜め込んでるキノコでね。加工すれば優れた回復薬になるお高いやつさ。上物はエリクサーの原料の一つになるぐらいだ』

『エリクサー!? あの死んでなければ必ず助かるって噂の!? ビン一本で国家予算に匹敵するってアレ!?』

『そうだよ。ついでに言うと、この御山で取れるものは全部上物だよ。あと中層ならわんさかあるけど、この御山以外では滅多に取れない希少品だったりする』

『そうなの!? じゃあアレ一個でひと財産だね!』

『まあ王家が流通制限掛けとるから、滅多に売ることはできんのだけどね。てことで、あれは我が家ではランプ代わりになっておる。最近の書斎のが傷んで光が弱くなってきたから、ちょうどいいタイミングだったねぇ』

『凄い無駄遣いを見た気がする』


 ……こうして改めて突きつけられると、本当に我が家って狂ってるなぁ。ヒール茸とか、質の悪いものでも金貨何枚で取引されるレベルなのに。いやまあ、布被せると柔らかい光になるから、私も光源として愛用してるけども。


『お、エリン。アレを見なさい。あの赤いキノコだよ』

『あ、アレたまに父さんやじいちゃんが身体から生やしてるやつだ!』

『アレは繰糸茸といってねぇ。大きな生き物に寄生して、身体を奪っちまう怖いキノコなのさ。この御山では、マトモな動物がいない特殊環境だから普通に生えてるけど、他の場所じゃ結構恐れられている危ないキノコだよ』

『……え、じゃあ何でじいちゃんとかたまに生えてるの?』

『折檻だよ。ぐうたらしてる時に無理やり柄の部分をぶっ刺すと、勝手に身体が動き始めるのさ。フェアリーリング家の伝統的なお仕置だよ。もちろん、我が家の人間以外にやっちゃいけないよ。危ないからね。……それはそうと補充しとくかね』

『ヒェッ……』


 こんな地獄みたいな『よそはよそうちはうち』、私は未だに他に知らない。いや本当、アレはマジで怖いんだ。意識はそのままなのに、身体を乗っ取られる感覚というか。控え目に言って発狂ものだったりする。


『──とまあ、ざっくりだけどコレが我が家のお役目だよ。どうだったかねエリンや』

『聞いてはいたけどヤバいね! イカれてる!』

『ほほほ。そりゃそうさ。フェアリーリング家は国王直轄のキノコ採りの一族で、開祖なんかこの御山に住み着いていた浮浪児よ。平民以下の子供をわざわざ時の王が抱えこみ、数々の特権を与えて維持してきたのさ。それが必要とされる仕事が、マトモなわけがあるまいよ』


 夢の中で祖母が笑う。普通ならば侮辱に等しい孫の感想を、むしろ誇らしげに受けとめている。事実、それだけ祖母は家業に対して誇りを抱いていた。


『この御山は、我が家が王家から管理を任されている禁域。地脈もマナも狂いに狂って、並の人間ならば足を踏み入れただけで人体が異常をきたす。更に狂った環境の影響をダイレクトに受けた、超希少、超危険、未知の三拍子が揃ったキノコがそこかしこに生える魔境』

『キノコは普通の植物と違って、土地の影響を受けやすいんだよね!』

『そうだよ。だからこそ、この国の王家は我が一族を抱え込んだのさ。ヒール茸を筆頭としたお宝の数々が眠りながら、誰も足を踏み入れることができなかった【霊山ファンガス】。そんな場所で平然と生活していた、異常なまでの環境適応力と毒耐性を備えていた浮浪児とその子孫をね』


 そうして祖母が私の頭を撫でる。慈しみに溢れた瞳で、幼い私の顔をまっすぐ見つめて。


『いいかいエリン。【キノコ狩りのフェアリーリング】。それが我が家の通称さ。アンタはその後継者として、これからしっかりと勉強するんだよ』

『うん!』


 ──夢の中の私は、祖母の言葉に満面の笑みで頷いていた。……なお、後継者として成長する=祖母みたいなキノコ狂いになることであるということを、この時の私は小さすぎて気付いていなかったりする。

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