辰と竜のがまんくらべ

ハシバミの花

其の壱

 ちょいとそこ行くご両人。

 こんな寒空ん中、身形みなりの立派な男が二人、風呂敷包ふろしきづつみ抱えてそんな角っこにつっ立ってないで、どうだい暇があるのなら今日このお日和に、目出度めでたく結ばれることになった二人の顔でも見てってやっちゃくれないかい。

 新郎は男ぶりこの上なく、新婦は近辺に知られた器量よしってえすこぶるつきの夫婦だい。

 ご近所も縁者もみんっな二人に惚れこんじまってらあ。

 こんなにいい結婚式ぁ金輪際こんりんざい、いやもう本当に死ぬまで拝めないだろうさ。

 おっとだしぬけにすまねえ、迷惑でなかったらこの二人のてん末に耳をかたむけてやってくんなよ。

 語るはおいら、辻の講釈ほど巧かぁねえが、素人にしちゃあちょいとしたもんだと思うぜ。

 前口上はこんなもんで、まあまあ浮世うきよのアカボコリつのった床机しょうぎですまねえが、こいつにでも座っておくんねえ。

 あいにく座敷はうまっててね。

 おいかかあ、酒だ酒をおもちしろ。

 もう十云年もつれそってるってのに、全く気がきかねえったらありゃしねえ。

 俺も今日嫁にいくおすずちゃんみたいな娘っ子をもらいたかったよ。


 そのお鈴ちゃんが婿にしてえってえ男をつれてきた時ぁ、そりゃあ大さわぎだったさ。

 なんてったって近辺じゃ評判の器量きりょうよし、その上ちいせえ子たちにも優しく親孝行ってんで、年頃の男どもはこぞってあの娘のご機嫌をうかがったもんさ。

 そいつがどこの馬の骨ともわからねえ男を引っぱってきたもんだから、親父の辰政たつまさの家の前にはあってえ間に人だかりができた。

 相手の男を見て、おどれえたの何の。

 着ている物は少々やつれちゃいるが、中身は立派な偉丈夫、それも脇差わきざしつきってんだから。

 しかもそいつが辰政に深々と頭をさげやがる。

「このほど紹介に預かりました、坂東ばんどう竜之介りゅうのすけと申します」

 名前を聞いてもひとつ仰天ぎょうてん、坂東っていやあ神田川をわたって浅草の御門をくぐり、ずうっと歩いて濱町川岸の一番突き当たり、堀田備中守ほったびっちゅうのもり様つきの大きなお武家屋敷を持った正真正銘しょうしんしょうめい旗本はたもと御直参ごじきさんよ。

 そんなところのご子息が、いったいどんな巡りあわせでお鈴ちゃんと出会ったってんだか。

 集まった物見だかいやつらは口々に言ったもんよ。

「あらやだいい男じゃないさ」

「虫も殺せませんって顔して、お鈴ちゃんもやるもんだねえ、どこで引っかけてきたのかしら」

「男は金か名声か見てくれか。あのお鈴ってのも、しょせんそのていどの尻軽娘だったってかい」

「やだよ自分の甲斐性なし棚にあげて、名声も見てくれもないのなら、せめて金ぐらい稼いできとくれってんだこの宿六」

 当たり前のおつむなら、こんなにいい縁談えんだんはねえって事になるだろう、が、この家の辰政ってのは俺の兄貴分、古くからの馴染なじみでもあるんだがね、そりゃあ頑固なお人だった。

 鋳型にそそいで冷ました鉄みたいに、がちんがちんの石頭。

 その辰政、口を開いて一番言いはなった。

「けえれ」

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