第3話
部活もバイトもない羽紅の夏休み。待ちに待った至福の一ヶ月の幕開けだ。
羽紅は転がり落ちるようにベッドから出て、リビングに向かった。だぼだほのシャツが擦れて痒いお腹をかく。何度も欠伸をしながら仏壇に手を合わせた。
「知らなかった。お前が、あんな約束してたなんて」
仏壇のすぐ隣の机に置かれた三つの遺影の真ん中の少年は、人の良さそうな顔で笑っていた。その笑みは真を感じられて。
羽紅は怒りが湧いてきた。
「ああ、だめだな。コンビニでアイスでも買いに行くか」
そうその寝巻き姿のままビーチサンダルを履いて鍵と小銭だけを持ってドアを開けると、すぐ右からドアを開ける音が聞こえた。
「あ、羽紅。お前絶対寝起きだろ。せめてそのぴょんぴょん跳ねてる寝癖何とかしろよ」
「めんどくさくて。真斗は何か用事?」
「ああいや、コンビニでアイス買おうと」
そう真斗がへへ、とにやけて笑いながら言った。そんな真斗を見開いた目で見ながら驚く羽紅。そんな羽紅を見て真斗も驚く。
しばらく無言の時間が続いた。
「コンビニ行くだけでそんなオシャレして行くの?」
「オシャレ!? お前の基準やばすぎだろ。ロゴTにジーパンじゃん。いかにもタンスの上にあったやつ着ましたコーデじゃん。どこがオシャレだって言うのか俺に説明してください」
「コンビニなんてパジャマで良いんだよ。じゃ、僕行くから」
羽紅は鍵を閉めて大通りにある緑のコンビニに向かう。後ろからスニーカーでこっちに駆け寄る軽い足音が聞こえた。
この足音に、聞き覚えがあった。
あの日。羽紅が、初めて両親に言ってはいけない言葉を言ってしまった日の夜。
家を飛び出して暗い夜道を歩いていた時に、たかが追いかけて捕まえて家に帰るだけなのに、オシャレなスニーカーなんて履いて来た人がいた。
思い出したくもないことがどんどん蘇ってきて羽紅は首を横に振った。
「それにしても課題多すぎない? どうせ誰も自力で解いてないし、答え見てんだからもういっそのこと課題出さないでくれよー」
「そういうことしてるから下から一番目なんだ。少しでも良いから努力してみなよ」
不貞腐れた真斗は涼しいコンビニに入った瞬間アイスを見に行き、あれもこれもと手に取っては悩んでいる。
羽紅は迷わず一つ取ってレジに向かった。
コンビニを出た二人は駐輪場付近でアイスを食べた。
真斗はまるで飲み物のように冷たいアイスを飲んで食べることができるアイス。羽紅さかき氷のようにシャリシャリとした食感が楽しめる棒アイス。
「あれ? 羽紅、そういうアイス食べれないんじゃなかったっけ」
羽紅が美味しそうに棒アイスを食べる様子を見て、真斗は首を傾げた。
その言葉を聞いて、羽紅も同じように首を傾げる。なぜなのかが分からないことがよく伝わってくる。
「え? 昔から好きだよ」
「そうだっけ。なんか知覚過敏がって幼稚園児くらいん時言ってた気が」
「違う人と混ざってるんじゃない? 僕はずっとこういうアイス好きだよ」
そう物怖じせずに言う羽紅にどこか納得はできないまま頷いた。本人が言うんだから間違いはないはずだと。
「僕帰るね。課題やっとかないと」
「うげ、良い子ちゃんかよ。そういうのは最終日になるもんだって」
真斗はぼそぼそと言っていたが、羽紅はそれに苦笑してその場を去っていった。
自分が知らないことがあるのだと、嘘を吐けてないのだと押し殺されてしまいそうで足早にその場を去った。
そんな羽紅の背中を、真斗は優しげに見つめた。
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