第九章 恋の聖誕祭(――?――) ③
食卓の部屋、その襖を開いた瞬間だった。
――パァァァンッ!
凄まじい破裂音が鼓膜を震わした。
目の前に見えたのは普通のよりもひとまわり大きいクラッカー。こちらに矛先を向け、発射された模様。キラキラと輝くテープが一気に噴き上がり、一直線に魁斗の顔面に直撃。
「あっ、やべっ! 近すぎた……」
魁斗の周囲は一瞬にしてテレビスターの如く、カラフルな紙吹雪で鮮烈に彩られる。さらにどこかで遅れて二発目が、パァン! と誰かがクラッカーを鳴らす音がした。金と銀、赤と緑の紙吹雪が部屋中を舞う。続いて辺りからは笑い声が漏れ聞こえてくる。
「わぁ、きれーい! なんだか、あんたらの結婚式みたいねーっ」
「ちょっとお母さんっ!」
と、二発目のクラッカーを発射させた人物と魁斗の後ろに立っている左喩が声を上げて言い合う。
魁斗もなにか言いたかったのだが、顔中にテープや色紙の欠片やらが多量にへばりついて、すぐには声を上げられそうにない。
火薬の匂いが漂う中、顔面に付着したキラキラのテープと色紙の欠片を取っていく。口の中にも入ったその色紙の欠片を、んべっ、とお化けのように舌を出し、指で摘まむ。ようやくまともな視界が確保できた。
目の前にいたのは大きなクラッカーをこちらに向けている右攻。それはもう見えなくとも予想はついていた。
この糞トナカイ……。
少し睨みつけるようにしてから、周りに視線を巡らす。右攻の後ろではけらけらと智子が笑っている。後ろを振り返れば、ころころと笑う左喩がいる。
その笑顔を見て、あれこれと悩んでいたのが冗談みたいに、晴れていく。
よかった。
とにかく、そう思えた。
いつも通りのみんなの笑顔が見れて、本当に嬉しく思う。
自分の成りを見ながら笑っている左喩がこちらに手を伸ばしながら口を開く。
「メリークリスマス、魁斗さん」
左喩は魁斗の顔面にくっついているキラキラのテープを取りながらそう言ってくれた。
「メリークリスマス、左喩さん」
左喩に向けて微笑み、言葉を返す。
「メリークリスマス、魁斗くん」
智子も挨拶してくれたみたいだ。振り返って、
「メリークリスマス、智子さん」
笑顔で返す。
「メリークリスマス、バ魁斗」
そう言いやがった糞トナカイには、真顔で冷たく「メリクリ」とだけ言って顔を逸らした。
※※※
魁斗もようやく皆継家のクリスマスパーティに参加する。
たくさんの笑顔。
笑顔が弾ける、幸せなクリスマスの夜。
ケーキはとても甘かった。口の中に広がるのは幸せの味。もぐもぐと噛んでもとにかく甘い。腹の底から胸の奥まで甘い幸せで満たされていく。精神状態の影響がかなり大きいみたいだが、こんなに美味しいケーキがあるんだと感動すら覚える手作りケーキだった。幸せな、その甘さをぺろりと食べ終える。
そして、クリスマスパーティーは本番に突入。
部屋にかかっていたクリスマスのBGMの音量が上がる。
飾られていたクリスマスツリーをうっとりと眺めていると、左喩からクリスマスプレゼントの手編みのマフラーをもらった。魁斗は色々とありすぎて気が回っておらず、プレゼントを用意していなかった。心苦しい顔で謝罪とお礼を伝えると、左喩は笑って許してくれた。すると、そこにオタマを振りながら智子がやってきてお椀に盛り過ぎているフルーツポンチが渡された。こぼさぬよう慌てて、ズズッと甘い汁を啜る。炭酸がシュワシュワで濃すぎる甘みが舌に絡む。一滴も残さないと決死の覚悟で両眼を開き、グイッと器を上げて啜り上げると、ごっほごほ! と盛大にむせる。
また、笑顔が弾ける。
自分の周りにはたくさんの笑顔が広がっていた。
心が躍った。
そして、踊ったのは心だけではない。
ノリのいい曲が流れてくると、クリスマスの夜の変なテンションでみんなして踊り始める。左喩と手を取り、右へ、左へ、クルクルと回って、今度は反対に回って。嫉妬の鬼と化した右攻の暴力的な妨害を回転しながら躱して、バカみたいにゲラゲラ笑って、腰に手を回したりなんかして、ドキドキして。足をもつれさせながら踊りまくって、転びかけて、左喩に抱き止められて、また右攻が怒って、涙が出るほどに大笑いして……。いつまでもこうしていられたらいいな、と思う。
こんな幸せな時間が永遠に、続けばいい……。
じんっと、幸せが腹の底にたまっていく。
なんて――なんて幸せなんだろう。
そう思った瞬間に、脳裏には一人の女の子の顔が思い浮かんだ。
幸せ……だけど――
コツ、コツと秒針が回る。
ダメだ、足りない。一人欠けている……。
時計をチラッと見る。
あいつは今、どうしているだろう――
「累……」
自然と口からは名前が
「魁斗さん、ありがとうございます。最高のクリスマスでした。わたし、とっても幸せです」
だから……と、続けて、
「この幸せをおすそわけに行ってあげてください」
優しい笑顔で伝えてくれる。
「……えっ、と……」
戸惑っていたら、左喩が前へと進ませてくれるように背中を押してくれた。
「ほらっ、魁斗さん。早く」
出入り口の襖までそのまま押して出してくれると、
「いってらっしゃい」
控えめに手を振り、送り出してくれる。
一瞬、迷うも体は前を向く。
「ありがとうございます、左喩さん。こちらこそ最高に幸せなクリスマスパーティーでした」
そう言うと、魁斗は玄関の方へ駆けて行く。
その背中を左喩は見送ると、智子が近づいてきて声をかける。
「いいの、行かせて? あんたは……」
「いいんです」
左喩はきっぱりと言いながら、にっこりと笑う。
「今日はクリスマスですから、みんなハッピーじゃないと……」
※※※
急いでスニーカーに足を突っ込み、ヒモを乱暴にきつく締めた。
玄関の扉を開いて、外に出る。雪はまだちらほらと降っているものの、思ったほどは振り積もってはいない。
靴を鳴らして坂を一気に駆け下っていく。雪で滑って転びかける。
それでも、急いで行かなくては。
ポケットからスマホを取り出し、画面を見る。時刻は午後十一時を回っていた。
今日がもうすぐ終わる。
あいつは今日もひとりなんだろうか……?
おそらく一人だ。
もしかしたら、おれを待っていたり……とか、ないだろうか?
そう考えてしまったのは、たぶん……自分の期待であり願望だ。
ではなぜ、累に待っていてほしいと思うのかはよくわかっていない。
駆け下りながら、ふと、思う。
おれは今、どんな気持ちで二人を見てるんだろう……。
家族として――ではないのか?
動悸のように心臓が強く脈打つ。
魁斗は左胸にそっと手を押し当てた。
心臓はたしかに、なにかを叫んでいる。
よくわからない感情。
苦しいし、なんだか少し痛かったり辛かったりもする。
だけど熱くて、どこか心地がいい。
心臓から溢れ出てしまう。
この気持ちはいったいなんなのだろう?
――まだ、わからない。
だけど確実なのは、おれにとって二人がなにより大切で『特別』であるということだ。
考えるたびに、腹の底が焦りじりとする。全身が火照って痒くなるような妙な感覚。
とにかく、のんびりとしていられない。
早く、早く着かなければ今日が終わる。
その一心でひたすら足を交互に降りだす。
行きつく先には、累がいる。
今度こそ、おれは。その笑顔を見て、欠けていた――足りないと感じていたモノが埋まり、幸せになれるはず。
そうなんだ――つまりは結局、累にも笑っていてほしい。
累が笑顔でいること。
自分にとって、それはなにより大事で必要なことなんだ。
累にだって、ハッピーでいてほしい。
そのためだったら、なんだって頑張れる。
また蹴られるかもしれない。また殴られるかもしれない。不安だけど、でも頑張れる。
どんなに罵られようとも、頑張れる。
頑張れるんだ、おれは。
累の笑顔がこの先に待っていると思えば、なんだって乗り越えられる。
そう、なんだって――
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