第二章 裏世界への門出 ⑤
左喩との話はいったん終わり、縁側に腰掛けて、立派な庭園を眺めながらお茶を飲んでいると累がちょこんと隣に座ってきた。
「まだ、悩んでるの?」
累は魁斗の顔を覗き込みながら尋ねる。
魁斗は庭園を眺めながら座り続けて硬くなった体をグッと伸ばして、首を横に振った。
「悩んでるっていうより……色んな情報がありすぎて整理できてない」
「勉強できないもんね」
間髪入れずに軽口を叩いてくる。
こんな時にも軽口かよ、といつもなら反応するが今はそんな気分ではなかった。小さくため息をつきながら、口を開く。
「……それよか、お前……いつからそんな世界にいたんだ?」
累の目を見ようとするも、逸らされ、目線を合わせてくれない。
「さあ、いつからだろ……?」
累はそう言って顔を伏せる。俯いた表情は髪の毛に隠れて見えない。
「……お前っていつもそうだよな。昔っから隠し事が多いというか、秘密主義者というか……」
その言葉に累は複雑な表情を浮かべているようだった。しかし、それでも答えようとはせず、
「いろいろ、落ち着いたら話すよ……」
「……」
魁斗は、はあーっとわざとらしく大きなため息をつく。
「いいよ。なんか理由があるんだろ?」
「……うん」
「じゃあいいや、この話は一旦終わり」
これ以上は深堀しないことに決めた。
累がいずれ話すって言うんだったら、その言葉を信じて待つことにする。
累と同じタイミングで一度お茶を飲む。顔を上空へ向けると、一転も曇りもなく空は流れている。自分の淀んでいる心とは大違いだ。
見上げていると、累がこちらに視線を向けてきた。申し訳なさそうに口を開く。
「あと、ごめんね……。勝手に話を進めて。でも、これが一番安全で一番の近道だと思ったの」
「近道?」
「見つけるんでしょ。犯人」
今度は累が魁斗の目を真っすぐに見つめながら言う。
魁斗は表情を力強く固めて、拳を握りこむ。
「うん」
累はそれを見て、ほんの少し微笑んだ。そして、わざとらしく明るく振舞い、もう一度魁斗に確認してくる。
「魁斗。この先、あんたが選べる道はたぶん二つ」
累は縁側からジャンプして庭に降り立つ。髪をふわりと躍らせながら、振り返り、言葉を続ける。
「一つはバレないように、この世界のどこかで隠れて生きるか? 大丈夫よ。こっちを選んでも。ずっと……わたしが一生守ってあげる」
そう言って、手を伸ばしてくる。
差し出された手を数秒見つめるも、「何言ってんだよ」と、累の差し伸べてくれた手を軽く払う。くすぐったそうに累が笑うが、少しだけ悲しむように顔を俯かせ、その手を引っ込める。
「もう一つはこの世界を知り、世界に負けない力をつけて。辛くて厳しいこの世界を生き抜いていくか? こっちは確実に地獄よ。選ぶのは魁斗、あんた」
答えはすでに決まっている。
魁斗は力強く立ち上がる。意を決した面持ちで、されど、やわらかい笑顔で累に返答した。
「――――――――――」
※※※
答えを聞いた累は悲しみとも喜びともとれる笑顔を浮かべてから、魁斗を見据える。
「生活一変するよ」
「もう一変してる」
「すごく辛いよ、これから……。たぶん、いろいろと」
「わかってる」
「……ほんとに死ぬぐらい辛いよ」
実はかなり心配だった。わたしがいろいろと話を進めてしまったが、この世界は魁斗にとって、きっと……優しくはない。
「そっか、怖いな……。でも、覚悟はできた」
そう言うと、魁斗は真っすぐに前を向いた。
その姿を横目にチラッと覗く。
その顔は、強くて曲げられない覚悟を映し出していた。
真っすぐで綺麗な月のようだ――と、思った。
――頑張れ、魁斗。
心だけでメッセージを送る。
そのメッセージが本人に届いたのかはわからない。
この日から、紅月魁斗の日常は大きく一変した――
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