【第四幕 完結】鬼狐ノ月 ～キコノツキ～

第二章 裏世界への門出 ③

　左喩に案内されながら三人はあぜ道を歩いていた。

『――あなたを皆継家で引き取ることとします』

　あの言葉はいったいどういうことだろう……？

　魁斗は累のもとに近づいていき、耳元に自分の口を寄せていく。

「累、さっきのは……あの、どういうこと？」

　小声ながらも、やや食い気味に累へ質問を投げてみる。だけど、

「着いたらわかる」

　その言葉だけ伝えられると、累は口をつぐんだ。

　なんだろう、今は聞けそうにない……。でも、もう一つ気になったことがある。

「累、あのさ……お前、先輩と喧嘩でもしたの？」

「……べつに」

　目をどんよりとさせ、複雑そうな表情でそれだけ言い残し、累は歩くスピードを上げる。自分からぐんぐん距離を取っていく。

　取り付く島もなく先を歩かれ、見えるのは累の後ろ姿。薄紅色の髪と制服スカートがひらひらと揺れている。今、累がどんな表情をしているのかわからない。

　今は相手をしてくれそうにないな……。

　静かに息をつくと、しみじみと累の後ろ姿を眺めた。

　あいつが学校であんなに感情的な表情をしているのは、初めて見た。

　情景を思い出しながら前を歩く二人の背中にとぼとぼとついていった。

　しばらく歩き続けて、山のふもとにたどり着く。

　さすがにぼちぼち家に着くのかな、と思っていたのだが、思わぬ言葉が投げかけられる。

「では、この山を登ります」

　左喩はにっこりと笑顔を浮かべ、目の前の山を指差しながら宣言する。

「えっ、山！？　この山ですか？　ていうか、ここ……」

　周りを見渡すと、『入るな危険』『ケモノ出没』『近づくな』等が書かれている看板が無造作にいくつも建てられている。そして山道の入り口にはもっと衝撃的な文言の看板が建てかけられていた。

『無断で立ち入ることを禁ずる。違反者は日本国の法律に則って罰します――』

　その看板を見た魁斗は恐怖を感じて、思わず左喩に尋ねる。

「あの……ここって入っちゃダメな場所なんじゃ……」

「大丈夫ですよ。この先にわたしの家があるので」

　にこっ、と微笑みを浮かべられ返事をされる。

　いや、にこっ、じゃなくて……。

　外からでも異様な雰囲気を感じる山の入り口に恐怖感が拭えない。顔を引きつらせながら、今度は累にこそっと話しかけてみる。

「ここってさ、入っちゃダメなんじゃないの……？」

「……なに？　あんた、怖いの？」

　累が目を細めてジトッとこちらを見る。

「やっ、そういうわけじゃないけど……」

　不安を隠せない魁斗だが、自分は一応男だと、意味の無い見栄を張る。

　累はそんな男心を知ってか知らずか、お構いなしに「じゃあ、いくよ。ほらっ、大丈夫だから」と、ぼんぼん背中を叩いてくる。

　山道の入り口から、よくわからない獣の叫び声が鳴り響いている……ような気がする。明らかに危険だという脳内信号が流れているが二人が先へと進んでいく。嫌々ながらも魁斗は後をついていった。

　思っていた以上に長い時間、山の斜面を登り続けて息が荒ぶっている。

　登山は久しぶりだ。

　魁斗は運動部に所属していない、ただの帰宅部であるために普段の運動不足は否めない。また、異様な雰囲気の山を登っているせいなのか、空気も他の山を登るよりもさらに薄く感じる。

　どれくらい歩き続けたんだろ……ほんとにこんな山奥に家があるのか、と心の中で考えていると、

「あともうちょっとですよ」

「ほら頑張って。魁斗」

　心の中をのぞかれたのかと思うようなタイミングで、二人に声をかけられる。

　すでに息が切れている魁斗とは、対照的に二人は全く息を切らしていなかった。

　どうして、二人はそんなに体力があるんだ……？　累……お前、そんなに体力があったんだ……。

　累とは長い日々を一緒に過ごしてきたはずだったが、こんなに体力があるなんて知らなかった。たしかに朝は学校に遅刻しそうな時、間に合うように全力で走って登校していた。その時も自分だけ息を切らして、累は平気な顔で汗一つかかずにいたけど……。それにしたってこの険しい山道。ペースも速いし、息一つ切らさないで登り続けるって、おかしくないかこの二人……。

　思考を巡らせながら、酸素を一生懸命にとりこんでいると、

「ここです」

　ようやく辿り着いたようだった。

　左喩に促され視線を向けると、大きな門構えに庭園、旅館のような大きさの御屋敷が目の前に広がっている。

　山の上に建つ大きな御屋敷に普通とはなにかちがう異様さを感じながら、魁斗は流れ出る汗を手の甲で拭い、乱れた息を整える。

「……はぁ……はぁ……大きい、お家、ですね。……ほ、ほんとに家があった……」

　息を切れ切れに最後はぼそぼそっと、独り言のように囁く。そして、頭の中で整理がついていないことを質問しようとするが、

「えっと……皆継先輩、あの…」

「左喩でいいですよ。先輩もいらないです。とりあえず中に入ってください」

　いろいろと質問をする前に、「どうぞ」と笑顔で家の中に入るように促される。魁斗は促されるまま、とりあえず「おじゃまします」と言って玄関に靴をきちんとそろえて中に入った。