第三章 まさかのランデブー ③
二日経っての土曜日。
駅前近くの街灯の下で魁斗は、ぼんやりと冬の空を眺めながら思考する。
紫ちゃんは、おれといったいなにをするつもりなんだろう……。優弥がいない、初めての一対一。女子と男子。男女二人きりでのお出かけ……一般的に言えば、もしや……これは……。
湧いてくる邪念。
いやいや、まさか紫ちゃんがそんなわけない。
軽く頭を振っていると、とんとん、と後ろから腰辺りをつつかれる。
振り返ると、そこには小さな頭部があった。
「……」
一歩、後ろへと下がると、ようやく全体が見えた。
白のダッフルコートに温かそうな起毛のチェック柄プリーツロングスカートを身に纏った可愛らしい少女がちょこんと立っている。女の子らしいホワイトピンクベージュ色のミトン型手袋を嵌めた手で、来たよと伝えるようにこちらに手を上げた。
紫の私服が思ったよりも女の子らしくて一瞬、見惚れそうになる。
想像以上に可愛らしいというのが正直なところ。
だが、すぐに首を振って雑念を振り払うと、雪にも負けない真っ白な歯を見せて魁斗も手を上げる。
「やあ」
「うん」
短く挨拶を済ませると、
「じゃあ、行こう……」
少し照れたように首に巻いているマフラーを口許まで上げ、紫が前を歩いていく。
「……うん」
返事をして、とりあえず紫についていく。
斜め後ろから横顔を覗いてみると、やはり幼い少女の面影がいまだに残っている。ふっくらと丸い頬はどうしても幼い子供にしか見えない。
しかし、実際は花の十四歳。来年、高校生になる中学三年生のお嬢さんだ。
子供は子供でもお子様ではない。
それでも、これは犯罪ではないのか、と自分の中で変な罪悪感が込み上がってくる。だが、自分だって十六歳の中途半端な
思考が渦を巻く。
確認するように紫に向けて口を開いた。
「紫ちゃん……どういった
直球に尋ねることにした。
事務所で聞いたときには、はぐらかされてあまり説明をしてくれなかった。もしかしたら、今ならちゃんと教えてくれるかもしれない。
自分よりも少しだけ前を歩く紫が、その小さな体を振り返らせる。
凛とした瞳でこちらをじっと見上げ、答えてくれる。
「もうすぐ……クリスマスじゃない?」
「うん」
「だから――」
……………………うん?
※※※
魁斗と紫はとりあえず駅近くのイタリアンカフェで昼食をとることにした。
四人掛けのテーブル席で対面。
紫はダッフルコートを脱ぐと、セーターに溢れる長い髪をかきあげる。
そして、先ほどの質問の答えはこうだった。
『――なにか優弥にプレゼントをあげたい』
もしかしたら自分とのデートかもしれないとか、モテ期が来たのかもしれないとか、思ってしまった己の邪念が恥ずかしい。
軽く頭を抱え、テーブルに目を落とす。
だから、優弥がいる事務所では教えてくれなかったんだ……。
魁斗は自分に届いていたおしぼりを取ると、それを使って顔面をひた隠す。
でも、紫ちゃんだって言い方が悪いぞ……。そのせいで優弥は、ひどく心を傷つけていたし……最後におれを見る目がなんだかちょっと怖かった。
店員が近づいてくると「お待たせしましたぁ~、こちらは――」と互いに注文したパスタが届く。紫はパスタに加えてデザートにパンケーキをつけている。
絶対に甘いものは食べるんだな……。
パンケーキを見た時の紫の嬉しげな表情を見て思いつつ、食事を開始。カチャカチャとフォークとスプーンでパスタを巻き取って、ぱくりと口にすると、紫が質問をしてくる。
「優弥って、プレゼントになにが欲しいかわかる?」
紫の質問に対し、フォークでパスタを巻きながら考え、答える。
「優弥の欲しい物ねぇ……たしかになにが欲しいんだろ?」
完全に戦力外だった。
優弥がなにを好きなのか、そういえばあまり知らない。紫ちゃんのことが好きなのは知っているけど……それを本人に直接言うわけにはいかないし。紫ちゃんが「わたしがプレゼントよ」なんて言いながら、自分の体にリボンを巻きつけてプレゼントをするはずもないし……。
頭を捻るも他に優弥の好きそうなものがいっこうに出てこない。
紫の方を見ると、こいつ使えねーっとばかりに半目で顔を歪ませ、フォークをガジガジと噛んでいた。
そんな唐突に尋ねられても、わからないものはわからない。
心の中で開き直る。
それに……。
「紫ちゃんの方がよく知ってんじゃないの? 優弥と一緒に過ごしてきたんだから」
紫はフォークでくるくるっと巻いたパスタをはむっと食べると、質問に答える。
「そう、だけど……今まで、優弥にプレゼントなんて一回もしたことなかったから……」
「それに……たぶん、お互い……相手に踏み込み過ぎないようにしてたんだと、今は思う」
「……そっか」
なんとなくその気持ちはわかった。
おれと累だって、長年一緒に過ごしてきたのに知らないことが多すぎたのだ。近しい人、大事な人だからこそ、その人との関係をどう取るのか難しかったりもする。
はぁ……と魁斗は一つ息ついた。気を取り直して質問をしてみる。
「好きなものとかも知らないの?」
「シュークリームが好きなのは知ってるけど……」
「あっ、それはやめといた方がいいと思います」
すかさず手を突き出して制止。
「……なんで?」
「なんでも」
意味わかんない、と紫はパスタを食べ終える。
理由は本人に聞いてくれ、とお願いし魁斗もフォークに巻きつけたパスタをむしゃむしゃと食べ進める。
紫は食べ終えたパスタの皿をテーブルの端に置くと、唇についたパセリをテーブルペーパーで拭きとる。一度コップの水を飲み、顔を引き締めていく。凛とした目をこちらに向けると、ゆっくりと語り始めた。
「クリスマスはね……。いい機会だなって思ったの。たとえ……親がいなくたって、それでも、この世界には誰かが見てるからって。プレゼントと一緒に、伝えられたらいいなぁって、思って。普段はちょっと……その、あまり素直に言えないから……」
紫は一度口を引き結ぶと瞳を揺らがしていく。口元には、拭きとれなかったパセリがついているが、気にするつもりはなく黙って紫の口から話される内容を聞きいるように待った。
一呼吸置いて、紫がまた口を開いていく。
「この世界には、優弥を見ている誰かが、たしかにいるんだよって。優弥のことを想ってる人がいるんだよって……伝えたい。……つまりは、わたしを信じてほしい、っていう、わたしの我がまま、自己満。そう、端的に言えば自己満足なの。わたし……わたしたちは互いに家族の仇なのにね」
そう言っておもむろな笑みを浮かべたのは、自嘲だろうか。肩をすくめて笑って見せ、紫は目を落としパンケーキをつつきだす。
「偽善、独善なのかもしれない。わたしのやろうとしていることは、優弥にとっていいものなのかもよくわかんない。わたしは優弥を想ってるんじゃなくて、わたしの中の自分勝手な罪悪感だったり、心の中の、納得できてない何かを埋めるためにしようとしているのかも……」
そうして、つつき回していたフォークを止めて、自信なさげに顔を俯かせていく。
言葉を聞いて、その姿を見て、魁斗は自信を持って紫に返答する。
「偽善……独善、でもいいじゃないか」
それは自分に言いきかすように放った言葉かもしれない。
だけど、それでも自信はあった。
紫ちゃんのその行動は、絶対に優弥を救うものになると思う。
なるって信じている。
自分だって累の命を救うため、累の行動を止めるために、偽善、独善を行った。
その結果、累は行動を止めてくれて『生きる』を選択してくれた。
想いはたぶん、きっと……いや、必ず伝わるんだ、と自分を納得させるように魁斗は続きの言葉を口にする。
「紫ちゃんは優弥のことを大切に想ってるよ。きっと、優弥も……」
魁斗の返したその言葉に紫は顔を上げて柔らかく、そして、淡く笑ってみせた。
凛と強くて優しく光るその眼差しに、言葉が詰まるほどの美しさを感じる。
すみれの花のように。
この子はこの先、きっと優弥に、小さな幸せを運んでいくだろう――
そう、確信した瞬間だった。
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