第三章 まさかのランデブー ②
互いに商品を受け取るとお肉屋さんを出て、魁斗はコロッケにがぶりつく。
厚めの衣でカリッカリに揚げてある。はふ、はふっと熱さを逃がしながら食べ進めると、中にはホクホクと香ばしいジャガイモ。それにミンチ上の黒毛和牛がアクセントとなり、すごく美味しい。しっかりとした味付けのため、ソースはついていないが、素材の味を一身に舌で感じ取ることができて大満足だ。
一通り、脳内での感想を終えると、優弥の方に目をやる。
ちょうどかぶりつく瞬間だった。
勢いよくかぶりついたメンチカツの断面から肉汁がじゅわわ~っと流れ出す。しかし、火傷しそうなほど熱かったのだろう。
「うあつぅっぁああっ!」
口を引き下げ、舌を出して叫んだ。
相当、肉に飢えているみたいだ。
その後は火傷しないように断面にふぅふぅ、と冷たい息を吹きかけ、もう一度口にする。
「……うまいか?」
問うと、優弥は満面の笑みで振り返り、
「う、うますぎるよぉ」
体は震え、涙が出そうなほどに感動している様子。
「……紫ちゃんに、シュークリームじゃないものを持ってきてくれって言えばいいじゃん」
「……」
優弥は一度、真剣な顔になるも、
「うまいなぁ……メンチカツ」
すぐに現実逃避を始める。
……もう、お前らは大丈夫だろうに。
そう思ったのだが、これは当人同士で解決すべきだ。
魁斗は結論を出すと、もう一口残っていたジャガイモコロッケを口の中に放った。
他にもカレーパンや鳥の唐揚げなどを優弥と食べ漁った。
一方の紫はというと、たい焼きにどら焼き、ジャンボメロンパンなど次から次へと甘いものを口の中に運び入れていた。
肌が荒れたり太ったりはしないのだろうか、と心配になったが紫の肌は卵みたいにつるんと綺麗で体も小柄でかなり華奢。心配しようにも顔色も健康的で何も問題は見当たらない。
余計なことは口にしない方がいい。
紫について学んでいる魁斗は黙って見守る手段を取る。
そうして商店街をぐるぐると回ったはいいのだが、しかし食べ歩きは食べ歩き。そんな量では育ち盛りの中高生のお腹は満たされない。
ぼちぼちがっつりと食べたいと思い立って、魁斗はどこかの飯屋で本格的に食べようと提案。
二人が賛同してくれ、夕ご飯をどこで食べるかを思案する。
それぞれが食べたいものを口にした。
「ぼくは、今度はしょっぱいものが食べたい。そうだラーメン。ラーメン食べようよ」
「おれは、出汁のきいたうどんがいい」
「わたしは、あそこのスイーツ食べ放題のお店がいいんだけど」
見事に意見は三者三様。
「えっ、紫ちゃん……まだ甘いもの食べるの……?」
ついつい口を出してしまった。聞いて、紫の眉間に皺が寄る。力強い目でこちらに振り返ると、
「なに、悪いわけ? いい? 甘いものはね、幸せを運んできてくれるのよ。甘いものには優しさがい~っぱい詰め込まれてるの。人の顔を笑顔にさせるし、胸の辺りがぽわぁってするでしょ? あれはスイーツの愛なのよ。分け隔てない愛……」
甘いものを語る紫の口が止まらなくなる。しかも、商店街に来る道のりで言っていたことをリピート。とても熱く語っていらっしゃる。
こうなったら、無理だ……。
止めることはできない。
しかし、このままでは互いの意見がぶつかってしまう。
誰かの意見を通してしまうと不満を抱く者が出てくるだろう。
どうすべきか……。
考えに考え、魁斗はあることを思いつく。
自信あり。これは妙案だ。
しかも、その案はそれぞれが好きなものを食べることができるとっておきの方法。
これしかない……。
――弁当を買えばいい。
三人は弁当を買うと、ようやく事務所へと戻っていった。
※※※
事務所に戻ってオフィスデスクの上に置いた空の弁当箱に手を合わせて、
「ご馳走様」
呟くと、魁斗は空の弁当箱をゴミ箱に捨てる。
優弥と紫もそれぞれ手を合わせおり、食べ終わった様子。
食後にコーヒーでも飲もうとマグカップを用意し、インスタントのコーヒーの粉を入れていく。ついでに二人にも淹れてあげることにした。
「優弥と紫ちゃんはコーヒーに砂糖とミルク入れる?」
二人に尋ねる。
「ありがとう。ぼくはブラックで大丈夫」
「わたしはミルクを入れて、砂糖はたっぷり」
「了解」
紫の言う通りに砂糖をたんまり入れてあげて、ミルクも注ぐ。準備をしていると、横に並んでデスクチェアに腰掛けている二人がなにやらやり取りをしていた。
「紫もブラックに挑戦してみなよ」
「絶対嫌っ。あんな苦いもの、人間が飲む飲み物じゃない」
「お子ちゃまだなぁ」
「うっさい。ブラックが飲めるからって大人になった気分になってんじゃないわよ。この
「そ、
紫の口から放たれた名称に優弥は傷つき、デスクに顔面を突っ伏した。
そんなやり取りをしているところにおじゃまさせてもらい、魁斗は淹れ終わったコーヒーを配っていく。
「はい、
まずは優弥の顔の前にブラックコーヒーが入ったマグカップを置く。
「そ、
次に紫へ甘々なミルクコーヒーを渡してあげようと座っているデスクに近づいていく。しかし、足を止めた。
紫のデスクには無造作にスイーツを食べた後の袋の残骸が大量に転がっている。
このお嬢さん……また甘いものを食べたんだ……。ここまでくるとすごいな……。しかし、お片づけできないタイプか。
魁斗は紫の顔を見る。
口元には生クリームか、なにかがついている。本人は気づいていない様子で、足を止めた魁斗の顔を見返しながら、不思議そうに首を傾げている。
この子……やっぱり見た目のまんま、幼女じゃないのか?
魁斗はポケットからハンカチを抜き取ると、紫の口元をさっと拭う。
いきなり口を拭かれたものだから、紫は驚いた表情を浮かべていたが、ハンカチについた汚れを見せると、
「あっ、ありがとう……」
少し照れたように顔をほんのりと赤くしてから、お礼を伝えてくれた。
うんうん……ちゃんとお礼が言えて偉いね。
脳内で思いながらも、デスクの上に甘々なミルクコーヒーを置くと、魁斗の肘辺りの服の袖を紫がちょいちょいっと引っ張る。
「ハンカチ……ちゃんと洗って返すから、貸して?」
その言葉を聞いて、魁斗は零れんばかりに目を見開いた。
こ、この子……ちゃんとハンカチを汚したら、洗って返すタイプの子だっ!
それは当然の行いであるのだが、あの修学旅行以来、感覚が麻痺。
しばらく感動に打ち震え、その場に立ち尽くした。
※※※
「紅月魁斗、明後日は暇?」
甘々なミルクコーヒーを飲みながら紫がデスクを挟んで対面に座っている魁斗に唐突に尋ねてくる。
「なんだい? 佐々宮紫ちゃん……というか、魁斗だけでいいよ。明後日は……土曜日……うん、べつに暇だと思うけど?」
「じゃあ魁斗。その日ちょっと付き合って」
魁斗だけでいいって言ったけど、呼び捨てにされちゃった……。
んんっ? そんなことよりも……。
「えっ?」
思わず聞き返す。
「だからその日、お出かけするから付き合ってって言ってるの……もしかしてなんか用事ある?」
思考が一旦停止。
しかし、問いたいことはたくさん脳内に浮かぶ。
お出かけに付き合え? なんでおれ? 優弥じゃダメなの? あっ、もしかして今日みたく三人一緒に?
「いや……無いけど。……えっ、と……おれだけ?」
「うん……だめ?」
紫がまるで幼い子供がおねだりをするみたいに上目遣いでこちらを見てくる。
えっ、ちょっと待って。……なにこれ。
「だめじゃ、無いけどさ……」
チラッと目だけを動かして魁斗は優弥の方を覗き込む。
デスクに突っ伏していた優弥は顔をこちらに向かせて、信じられない物でも見ているように表情を固まらせていた。持っているマグカップをガタガタと震えさせて、中身のコーヒーが若干零れる。
そんな優弥の様子には紫はまったく目もくれない。
魁斗と優弥。
二人の中で、なんとも言えない気まずい空気が流れる。
「じゃあ明後日のお昼、十二時に駅前で集合。わかった?」
「あっ、はい……。わかった、けど……あの、確認なんだけど……ほんとにおれだけ?」
「そうだけど?」
優弥の存在はガン無視。
もしかしたら今、優弥はついにこの二人からもぼくの存在が見えなくなったの? とでも思って、泣きそうな表情を浮かべているんじゃないかと予想。こっそりと、もう一度優弥の方に眼球を向けてみた。
しかし、予想は大外れ。
優弥は唇を噛みしめており、表情を歪ませている。
肩も背中も手だって震えている。
泣きそうな顔ではなかった。痛みを堪えているような、そんな顔だった。
静かに、黙って、優弥がこちらを見る。
な、なんて言えばいいんだ……。
まともに優弥を見れなくなり、目を背ける。
そして眉をひそめて考えてみる。
至った結論は。
もしかして、モテ期でも来てしまったのだろうか……?
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