第三章 この手は穢れている ③


 放課後。

 クラスメイトたちと話を終えると、魁斗は事務所へと足を運ぶ。


 あの後、授業終わりに友作に落ち込んでいる理由を尋ねてみたが、一向に教えてくれなかった。


『いいんだ、いいんだ。おれがちょっとやりすぎたんだよ。馬鹿だったんだよ……気も使わずにずかずかとさ。ははっ……っていうか、落ち込んでないし……』


 とかなんとか友作は言っていたが、顔が明らかに真っ青だったし、ソース顔から塩顔になるほど顔の迫力が薄まっていたし、もうずっと涙目だったし……。


 あんなに落ち込んでいる友作を見たのは初めてだった。友達として、なんとか元気づけようと放課後に遊ぶこと誘ってみたけれど、


『おれは今日はいい。家で写経をするから……』


 と、断られてしまった。

 友作に写経の趣味があるとは知らなかったが、そのまま落ち込んだ面持ちでふらふらと教室を出ていった。なんだか今日の友作は見るに堪えない。


 明らかに様子がおかしいと思い、男友達やクラスメイトたちに話を聞いて回ってみたものの、誰も何も知らないという。


 いったい友作に何があったんだ……? 


 と、心がそわそわして落ち着かないので、早々に事務所へ帰った優弥にも話を聞いてみようと運ぶ足を急がせている。





 ※※※





 ギギィガチャン!


 建付けの悪い出入口の扉を開く。

 事務所内に入るとデスクチェアに腰がけていた優弥が、バッ! と驚いたように振り返る。


「わっ! あっ……ああ、魁斗くんかぁ……びっくりした……ど、どうしたの?」


 明らかに優弥の様子も変だった。しかし、友作の件とは関係がなさそう。急いで両手を後ろに組んで、にこっと微笑みを浮かべている。目の前にはパソコン。どうやらこそこそとパソコンを触っていたような様子が窺える。


「……お前こそ、なにしてるんだよ。累にパソコンには触るなって言われてただろ。……もしかして、またよからぬことを……」


 魁斗は目を細め、疑るように尋ねる。


「ちがっ……ちがうよ! ぼくはもうそんなことしないって! ただ……お世話になりっぱなしだから……なにか少しでも仕事で手伝えることがないかなって思って……」


 魁斗は眉間に思いきり皺を寄せる。そのまま、じろーっと優弥を睨みつける。


「ほんと、だろうな……また、こっちの情報を流そうとしてないよな?」


 優弥は本当に違う! とばかり両手を上げて、ぶんぶんと顔を必死に振る。


「ほんとだって! 信じてよ! きみのことは絶対裏切らない! 誓って!」


 眼差しを強め、優弥は魁斗の目を見返してくる。真剣な顔で、ぐっと強く見つめられる。


「……」


 はぁ、と魁斗は短くため息をついた。


 たぶん。もう、こいつは嘘はついていないだろう……。


「わかった、信じるよ」


 答えると優弥に近づき隣のデスクチェアに腰を下ろす。


 あ、ありがとう……と優弥は呟き、ふうっと胸を撫でおろしている。


「……んで、なにしてたんだよ?」


 本当は友作のことを尋ねに来たのだが、今は優弥が何をしていたのか、確認する方が先だ。一応、こいつには前科があるし……。


「え、えーっと……」


 優弥は、ばつが悪そうに目線を逸らして頬をぽりぽりと掻く。


「……やっぱり、なんか後ろめたいことか、やましいことがあるのか?」


「ちがう! ぼくは、誓って、無い……けど……」


 ぼくは……?


 優弥の言い方がどうにもきまりが悪い。気まずそうにソワソワとなにか自分に知られてはまずいことを隠しているような、そんなはっきりとしない態度だ。


「なんだよ……はっきりしないな。おれにはもう隠しごとしないんだろ?」


 ズイッと魁斗は顔を優弥に近づけて目を離さないように、ぐっと瞳を見る。優弥は見返してくれるも、額から冷汗がたらたら垂れ出ている。


 こいつ……ほんとに、なにを隠してんだ?


 しばらくそうしていると、おずおずと優弥が口を開く。


「えっと……今日は、累さんは……?」


「累?」


 なんで、そこで累が出る?


「今日は来ないけど……なにか用事があるって」


「そ、そう……わかった……」


 優弥はなぜか、息をついて胸を撫でおろしている。


「んで?」


 いまだに優弥は煮え切らない態度だ。自分はもう痺れが切れそうになっている。

 早く言えとばかり、優弥を睨む。


 優弥は魁斗の意図を組んだように一度、コクッと喉を鳴らすと口を開く。


「魁斗くんは見たことないの……? その……送られてくる依頼書の内容とか」


「依頼書?」


 仕事の依頼書はおおよそパソコンに送られてくる。それを管理しているのは累だ。


「見たことないな。依頼が来たら累がだいたいその時に知らせてくれるから」


「そっ、か……」


 優弥は顎に手を添え、なにやら思案している様子。そして、どこか訝しげな表情を浮かべる。


 なんで、お前がそんな顔するんだよ……。


 尋ねようとすると、優弥が続けてくれた。


「あのね、ちょっとだけ……パソコン開いて、なにかお金になり……や、手伝えそうな依頼が無いか見てみたんだ」


「おう、……ん?」


 お金はスルーした。

 っていうか……。


「やっぱりパソコン開いたのか!? え、でも、どうやって開けたの? パスワードとかセキュリティとかあっただろ?」


「パスワードは簡単だったよ。知らないの?」


「知らない」


「あ、そう……知らないんだ……」


 なんだ、その意味ありげな回答は。


「えっと……セキュリティは……ぼく、以前そういう仕事もしたことあったから、ちょっとしたハッキングを……」


「ハッキング!?」


「いや、簡単なことしかできないよ! 仕事で少しだけ身につけたんだ」


 優弥は両手を上げて怪しいことは決してしていない、と首を横に振る。


 こいつ、掘れば掘るほどなにかが出てくる気がする。影が薄いくせに……。


「まあ、それはいいから、なに隠してんだよ?」


「えっ、あ、う、うん……そう、だね……」


 シンッと事務所内に数秒間、静寂が流れる。

 堪えられず、ぴきっと魁斗のこめかみに青筋が立つ。


「だぁあああっ! もぉおおおおおお! いいから早く言えぇぇ! 累に言うぞっ!」


 痺れを切らして、ついに声を張り上げてしまった。


「だめっ!! 絶対!!!!」


 そして、自分の声に負けないくらいの声量で優弥が返答を返してきた。


 魁斗は少し驚いて目を丸くさせる。


「な、なんだよ……累、関連のことか?」


 優弥は再び、おずおずといった態度で、ちらりと魁斗の顔を窺う。


「う、うん……そう、だね。魁斗くんは……そんなこと絶対してなさそうだし。まあ、その方がこの世界では珍しいんだろうけど……」


 優弥はなにかを含めるように、どこか戸惑いがちに言う。


「……どういうことだよ?」


 魁斗が眉をひそめながら聞くと優弥は意を決したように、顔を引き締めて口を開く。


「累さんに届いている仕事の依頼内容を見てみたんだ。その……受けてるかどうかは知らないよ……ほんとに。依頼書が来ているだけだから……」


 優弥は回りくどくも、話してくれようとしている。


 魁斗は黙って続く言葉を待ってみた。

 すると、信じられない言葉が続いた。



 ――累さんの依頼、人を殺す内容もあったから。

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