第三章 この手は穢れている ①


 翌日、学校の昼休み。


「優弥って……いつの間にか弁当やめたんだな」


 机を合わせ弁当を広げて食べようとしていた時、隣に座っていた友作が対面に座っている優弥に向かって言った。


 魁斗も目線を優弥に向けると、優弥は机上でシュークリームの袋を開けていた。


 昼飯がシュークリームって、どうなんだ……とは思ったが、それは本人の自由だから何も言わずに黙っておいた。


 優弥は佐々宮で事を起こしてから、今は事務所で一人で暮らしている。あそこにはまともなキッチンはありはしない。当然、弁当なんか作れるはずもないし。今までは佐々宮が雇っていた使用人が作っていたそうだ。おのずと、お昼ご飯は買うことになるか学食になる。


 優弥はシュークリームに一度目線を向けたあと、友作に返事を返す。


「ああ……実は、ちょっと家の事情で……」


 どことなく寂しげに目を細めて答える。それを言うと、おそらく気を遣ってくれる友作はそれ以上踏み込んでこないということを知っているのだろう。少しばかり唇を噛みしめ、眉毛の両端を下げていく。


 友作はなにか察したようで、瞳を潤ませて、くぅ……、と喉の奥で低い声を漏らした。


 こいつの頭の中では、いったいなにを想像しているのだろうか?


「変なこと聞いてごめんな……。これ、お詫びに唐揚げ」


 目頭を押さえつつ友作は自分の弁当の蓋の裏に唐揚げを乗っけて、優弥へ渡す。


「えっ……あ、ありがとう……」


 優弥はやりすぎたかな、とばかりに苦い顔を浮かべるも唐揚げの乗った弁当の蓋を受け取った。


 おれのもあげるよ、おれも、おれも、と同じ空間で弁当を食べる男友達たちがその蓋の上に様々なおかずを乗せていく。けっこう豪華な弁当になった。


 その光景を眺め、魁斗は思い出す。


 おれもこれやられたことあったな……。


 たまたま皆継家に弁当を忘れて登校をしてきた時、この現象が起きたのだ。


 魁斗も、ひとつ適当な弁当のおかずを箸でつまむと、優弥の蓋の上に乗っけようとする。だが、


「魁斗はあげなくていい」


 友作が強い言葉で制止してくる。他の男友達も口をつぐみ、うんうんと首を縦に頷かせた。


 だから、なんでっ!?









 弁当を食べながら友作が教室のひと空間を見つめて呟く。


「累ちゃんって、昼休憩の時にどこか行ってんのかな?」


 どうやら累の席を眺めているみたいだった。魁斗も目線を向けると、累は席には座っておらず、見渡しても教室内のどこにもいない。


 友作は修学旅行の時からか、累のことを今まで以上に気にかけてくれるような言動が増えてきた。高校に入った時からいろんな人に声をかけ、もちろんその時も累に声をかけて気にかけてくれた人なのだが、なんだか最近はさらに累を目で追っているような、そんな感じだ。


 累が昼休憩のときに居る場所……。


 実は、魁斗も知らない。


 確かにいつの間にか、教室内から居なくなっている。

 だが、その話題は累に出していない。踏み込み過ぎると以前のように怒らせてしまいそうな気がするからだ。


 友作は机を合わせている全員と目を見交わすも、誰も知らないと肩をすくめて首を振る。


「そうか……」


 友作は真剣な顔でもう一度、空席になっている累の席を見た。


「学食かな?」


 友作が呟く。すると、男友達のひとりが口を開く。


「おれ、たまに学食で食うけど、そこにも居なかったよ」


「ふーん、そっか……」


 魁斗は友作のその姿を見て、こんなに気にかけてくれてるなんてと、ちょっと嬉しく思った。だが、少しだけ疑問にも思う。


 なんで、そんなに累のこと……。


 友作の目はいまだに空っぽの席を見ている。





 ※※※





 その日の放課後。

 優弥と累の三人で事務所へと足を運んだ。


 累は事務所に着いた途端、自分のパソコンをチェックするようにカタカタと画面を揺らしている。が、特に仕事の依頼が入っている様子はなさそうだ。


 魁斗と優弥はソファーに腰を下ろし、暇そうに背もたれにもたれかかって、両手を頭の後ろに組んでから、会話を開始。


「ねぇ、この事務所にテレビとかつけれないかな?」


 優弥がこちらに顔を向けて、願望を話しだす。


 テレビか……確かにあったら、ニュースとか世の中の流れとか見れるから、なにかと便利かもな。


 魁斗は脳内でそう思ったが、一応理由を聞いてみる。


「なんで?」


 間も開けずに、優弥が答える。


「いや、だって暇すぎるんだもん」


 めちゃくちゃ私利私欲のためだった。


「なんだそりゃ」


 魁斗は少しだけ鼻で笑いそうになる。

 そんな様子を見て優弥は訴えるように本気な顔をする。


「いや、ほんとに暇なんだよ。冷蔵庫とソファーしかないし。パソコンには触るなって累さんに言われてるし、やることがないんだよ……」


 ほとんど泣きそうな顔で訴えてくる。


「お前、この前は本読んでたじゃん」


「もうとっくに読み終わったよ。それに活字ばかりだと眠たくなるし……」


 お前の特性なんて知らねぇよ。


「ねぇ、ダメかな? テレビ……経費で落ちないかな?」


 佐々宮を追い出されて金が無いのだろう。どさくさに紛れて経費から落とそうとしている。


 まあ、おれも皆継家を追い出されたら路頭に迷うだろうが……。


「おれに聞かないでくれ。そこんとこまったくわからないんだから……累ーっ!」


 経費がどうとか、この事務所にお金が回ってるのか、なんておれはまったく知らない。一応、仕事の報酬は少しずつ貯めているみたいだけど。それも管理しているのは累だ。だから、ここの管理者の累に話を振ってみる。


「……なに?」


 累は眉をひそめながらこちらを見る。なにか変なことを言いだすんじゃないだろうな、こいつら、と思っていそうな顔だ。まあ、当たっているが。


「優弥が暇すぎて死にそうだからテレビが欲しいんだって」


「ちょっと、魁斗くん! 言い方……」


 隣で優弥が慌てふためいたように言ってくる。

 

 だが、言っていることは一言一句、間違いは無い、本当のことだ。


 聞いて累の眉間に、ぐっと皺が寄る。


「あんた図々しいわね、匿われている身のくせに。もう従順にするのはやめたの?」


 累の目がほとんど狂気に光る。殺気がこめられ、調子にのったら殺すとばかりに優弥を睨みつける。


「いやっ、あのっ、そのっ……ご、ごめんなさい」


 恐怖のあまり、優弥はソファーの上で膝を深く抱えてちんまりと小さくなった。

 その姿を見て、累が大きくため息をつく。デスク上に肘を置き、頬杖をついて言葉を続ける。


「あんた頻繁にあの紫って子を連れ込んでるみたいじゃない。そんな暇でもないんじゃない。いったい二人で、ここでなにをしてるんだか……」


 つまらなそうな目で言う。


 二人でなにをしてるかだって……!?


 魁斗があらぬ妄想に入り込む前に、優弥が声を上げる。


「いやいやいやっ! なにもしてないよ! 紫は食べ物を持ってきてくれているだけであって……ほんと、まったく!」


 優弥は焦ったように首と手を横に振る。

 そりゃぼくだってしたいけども……なんて小さく囁いているも、魁斗は聞いてないふり。


 話題を逸らしてやろう。


「へぇ、食べ物を持ってきてくれるんだ。優しいなぁ、紫ちゃん。なに? お弁当?」


 魁斗からの質問が来て優弥はさらに絶望した表情を浮かべる。


 えっ、ここでそんな顔? 嬉しそうにするとこじゃないのか? 今のは。


「いや、弁当じゃない。紫は……料理作れないから……持ってきてくれるのは……大量の、シュークリームなんだ」


「シュークリーム?」


 聞き返すと優弥はげっそりとした顔で魁斗に返答を返す。


「そう……紫が好物なの。皮がふっくらふくらんだやつで、中身はカスタードクリームと生クリームが合わさったくちどけが良くて甘~いやつ。持ってきてくれる手さげ袋の中身はほとんどそればかり……。食べ過ぎて胃がもたれるんだ」


 甘いものが好きなのは知っていたが、なんだろう……。佐々宮の娘さんも一癖ありそうだ。


「そうか……幸せそうでなにより……」


 優弥はふるふると首を横に振る。


「もう最近はシュークリームばかり食べてて……シュークリームの悪夢を見るんだ……もうシュークリームは、こりごり……」


 優弥の様子は色々と溜まっているようだった。

 

 シュークリームの悪夢ってなんだろう……? 

 

 疑問に思ったが、それはいいとして、


「本人に言えばいいじゃん」


 お前と紫ちゃんの仲だったら言えると思うんだが……優弥が佐々宮で事を起こしてから、お互い遠慮がちになっているのだろうか?


「それが……最初、紫がシュークリームを持ってきてくれた時、ぼくがあまりにも喜んで、美味しそうに食べたからって、そこから大量に持ってきてくれるようになったんだよ。だから、ちょっと言い出し辛くて……」


「……幸せそうでなにより」


「もうシュークリームは嫌なんだ」


 それは直接本人に言えよ。

 だから昼飯もシュークリームだったのか。事務所のゴミ箱もシュークリームの袋ばかり。こいつ、まさか三食シュークリームを食べてるのか?


「だから本人に言えばいいじゃん。シュークリームはもういらないからって」


「……でも、紫の悲しむ顔は……もう見たくない」


 ……変なところが男らしいというか、逆に弱々しすぎるというか……。

 今の発言を録音して紫ちゃんに届けてあげれば、この件は解決するんだろうけど、絶対にしない。当の本人が問題を解決すべきだ。


「魁斗くん。ぼくはどうしたらいいと思う?」


 真面目な顔、されど弱々しく眉の端を下げ、潤んだ瞳を向けてくる。


「……」


 魁斗は、ふっと口角を上げて、ニコッ、と優しく微笑んであげた。

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