プロローグ:ゲルハルト・ゴットゼーゲン

「ふふ、貴女と話すのは楽しいな。シャインハイル」


 夢の中で青年――ゲルハルト・ゴットゼーゲンは、自らの愛する人であり将来の妻であるシャインハイル姫と語らっていた。


「まだ夜は長い、もっと語りたいものだ……ん?」


 ゲルハルトは、夢に違和感を覚える。

 シャインハイル姫の姿が、どこかぼんやりとして見えるのだ。


「……聞こえ……いますか? ゲル……ルト」


 異変は姿だけにとどまらず、声も途切れ途切れにしか聞こえない。

 確信を得たゲルハルトは、声高らかに呼ばわる。


「無粋にも幸せなるひと時を遮る者よ、名乗れ!」

『あら、デート中でした? ごめんなさい! けど、どうしても貴方の力を貸してほしいもので……』


 声は、シャインハイル姫のではない女性のものだ。

 シャインハイル姫と似た高さの、しかし声質が違うソプラノである。


『私は女神リア! 新しい世界を率いてます! けど、今手に負えない問題ばかりで……』

「……」


 沈黙で返すゲルハルト。

 しかし、“女神”と聞いたゲルハルトの表情から、怒りが徐々に消えていく。


「なるほど、お前もおれや母さん同様に神か」

『同様に? あー、確かに、貴方から強い神性を感じます』


 リアの言葉通り、ゲルハルトは一国の守護神――その息子である。通称“守護神の御子みこ”と呼ばれる彼は、半分は人間であるがもう半分は神なのだ。


「とはいえ……お前は母さんよりは若いな。神として」

『あはは、よく分かりましたね? そうなんです、私、新米女神なんです。えへっ』


 ニヘッと笑うリアを見て、敵意の無さを自覚したゲルハルト。

 と、次の瞬間、一つの決断を口にした。


「シャインハイル、悪いが続きは次に眠った時だ」

「あら、何か決められたようですわね?」

「ああ。同じ神のよしみだ、この女神を助けようと思う」


 ゲルハルトの決断を聞いたシャインハイルは、笑顔で受容する。


「うふふ、相変わらずお優しいのですね。……ですが、夢の中ではパトリツィア様を呼べないのでは?」

「あいつはおれがどこにいようとやって来るさ。事情だけ話しておいてくれ」

「かしこまりました。どうかご無事で帰られますことを」

「当然だ。では、次の眠りで再びおう」


 シャインハイル姫との別れを済ませたゲルハルトは、リアに向き直る。


「リアと言ったな? 案内しろ」

「ありがとうございます! ではでは、こちらに……」


 リアについて行くように、歩みを始めるゲルハルト。

 やがて、人間大の大きさをした渦を巻く光の前でリアが立ち止まる。


「ここに飛び込んでください!」

「……ふむ、争いの気配を感じるな。いいだろう。守護神の御子みことして、おれの力を貸すとしよう!」




 ゲルハルトはためらいもなく、光の渦に飛び込んだのであった。

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