第53話 東雲の宮、涙の再会から驚きの行動へ
幽閉状態からようやく自由の身になれたとはいえ、いまだショックから立ち上がれない山里の姫君は、几帳をするりと割って入ってきた殿方が誰なのか、初めはわかりませんでした。が、殿方の影がそばに寄り添うと、幽閉されていたときにつきまとわれていた民部少輔を思い出し、恐ろしかった数々の出来事にがくがく震え出しました。
「ようやくおそばに上がれたというのに、それほどまでに嫌われているとは…
私は以前と何ら変わらぬ身ですのに、逢わない間にあなたのお気持ちはすっかり変わってしまったのですか?あなたにとって、もはや私は過去の人間かもしれないと思うとたまらなくつらくて。今さらお逢いしても何がどうなるわけでもないでしょうが、あなたが行方知れずの間あまりにも心配で心配で、そのぶん一刻も早く逢いたいと思い、とるものもとりあえずこちらに参った次第なのです」
それから東雲の宮は、姫君がいなくなってから今日までのつらかった胸の内をやさしく打ち明け、
「本当に、もう二度と逢えないと覚悟していたのですよ。だからこそ、今こうして逢っているのが夢のようで。
うき事にならひぬる身の袖なればうれしきにさへかわかざりけり
(悲しい涙でいつも袖を濡らしている私だから、うれし涙でも袖が乾かないのです)
もう一度逢えてよかった…!」
と感極まって涙が止まらないのでした。
けれど姫君は、間遠だった逢瀬やつらかった後宮での生活、死にかけた幽閉生活、それらの何もかもの原因は、身分が不釣り合い過ぎのこの宮と出会ってしまったからだわ…と思っていました。姫は泣きながら、
いかならん世にかは袖のかわくべきうかりしことの忘れやはせん
(いつかこの袖が乾くときがくるのでしょうか。つらかった出来事を忘れられるはずもないのに)
とだけつぶやいて、あとは黙ってしまいました。
これほど恐ろしい経験をしたのですから恨まれるのも道理、宮は姫君を一晩中かけて慰め、変わらぬ愛情を訴えました。そのうち東の空が次第に明るくなりはじめ、宮の従者たちが帰京を催促し始めました。小侍従の君も困ってしまい、几帳の中にいる二人に向かって、
「これ以上のご滞在は、いくらなんでも見苦しゅうございます」
と訴えますと宮は、
「さっさとと帰れと言うんだね。ああまったくあなたの言うとおりだとも。でもそんなに私のことを嫌わなくてもいいじゃないか」
とやんわりかわし、なかなか出て行こうとしません。
こうして毎晩でも通いたいものだが、両親にこのことを知られて大げさに騒がれたり、ああだこうだと干渉されるのも面倒だし、万が一、今上にこの姫君(対の御方)の居場所が伝わりでもしたら、あのご執着ぶりからして私の手の届かぬところへ隠されるかもしれない…東雲の宮はそれが気がかりでした。ようやく再会を果たしたのに、どうして再び離れられようか、いっそのこと盗み出してしまいたい。頭の中はその願いでいっぱいです。
「昨夜、夜更けまでなかなかこの家に入れてもらえなかったのでずうっと立ちっぱなしだったんだ。そのせいか気分が悪くて起き上がれそうにないんだ。けれどあなたがたに恥をかかせないようになんとかがんばって帰るから、部屋の戸のところまで牛車をつけてくれないかい」
東雲の宮は几帳の向こうにいる小侍従の君に向かって言いました。すぐに車が部屋の外に寄せられました。東雲の宮は車の用意が出来たとわかると、問答無用で姫君を抱き上げ、何にも言わずにそのまま車に乗り込んでしまいました。
「まあ、何をなさいます!?」
と小侍従が叫びました。
「そなたも乗るのだ。来なさい」
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