第52話 救出された愛しい姫との再会

無事救出され、ようやくなつかしい山里の家に戻った姫君ですが、つらく恐ろしかった出来事からすぐに立ち直れるはずもなく、鬱々とした状態が続いています。

お付き女房たちの慰めもあまり耳に入らなかったり、自分が行方不明だったときの尼上の心労と自分を心労を重ね合わせてみたり。心の平安を取り戻し、晴れ晴れとした笑顔を取り戻せるのはいつになるのでしょう。

宰相の君は心ここにあらずといった状態の姫君を見るたび、「東雲の宮も姫君をご案じ続けていらしたのですよ」と嘆き続けていた宮の日々の様子を姫君に申し上げ、一日も早く姫君が元気を取り戻すよう気を配るのでした。その宰相の君もやがて、

「父大納言殿の庇護のもと、姫君もようやく落ち着かれたことだし、そろそろ宮さまにもお知らせした方がいいかしらね。姫君が山里の家に無事戻ってきたことを、いつまでも隠し続けるのはさすがに心苦しいわ」

そう判断し、東雲の宮に、

「かくかくしかじかで、無事戻って参りました」

と姫君救出を報告しました。

宮は喜びのあまり絶句。あまりのうれしさに言葉も見つからないほどです。

そのうちひどく真剣な面持ちになって呆れたように言いました。

「ひどいぞ宰相の君。どうしてすぐに知らせてくれなかった。どれだけ心配したと思っているんだ。何日も何日も経ってから、やっと報告する気になりました、とはね」

「本当に申し訳ございません。まずは父君であられる按察使大納言にお知らせするのがスジかと。とにかく姫の身の安全を第一に動きましたので、それ以外のことは後回しになってしまい…どうかお許しくださいませ」

「しかし聞けば聞くほど女人の妬みというのは恐ろしいものだな。どれだけどす黒い嫉妬を抱えたら、そこまでひどい仕打ちを考えつけるのだろうねえ」

とただただ呆れるばかりなのでした。



「そうと知ったからには、とにかく山里の家へ。一刻も早く姫君にお逢いしたい。それと、大納言殿は姫君の心身を案じて今後頻繁にあの家に通われるだろうと思われる。そうなれば姫との逢瀬も難しくなるだろうな。

なんとか出し抜いて、こっそりと」

と東雲の宮はとんでもない考えを胸に秘めながら、屋敷を出発しました。

姫君が行方不明だったときの絶望感はどこへやら。

道中自然と顔が緩み、美しく形の良い口元から笑みがこぼれてしまいます。こんなに晴れ晴れとした気分になったのは本当に久しぶりのことです。

「先触れを出したら大納言に遠慮して絶対逢ってもらえない気がする。あの清楚で可憐な姫の心の内は、私には手に取るようにわかるんだ。だって私たち二人は運命の糸で固く結ばれた恋人同士なのだから」

恋の熱に浮かれ気分の東雲の宮は、音も立てずにこっそりと山里に到着しました。

もともと人の少ない場所なうえに、小さな家の中では女房たちが話に花を咲かせてたいそうにぎやかなので、東雲の宮一行の来訪など誰も気付いていないようです。

「本当にね、京の町中はもちろんのこと、山の中も谷の底もあらゆる場所を探したのでございますよ。この命が続く限りどこまでも、日本はおろか唐土(もろこし)までもお探しする覚悟でございました」

とかなり大げさな乳母の声が聞こえます。

「今北の方なんてね、『身分の低い男が、恋しさのあまり連れ去りでもしたのでしょう』っておっしゃってらしたのよ」

「よくもまあ、しれっと言えたものよね」

「事が発覚した今ではどれだけ恥ずかしいでしょうね。いい気味よ」

「今北の方は、四条の実家から本邸へ呼びもどされるのかしら」

「どうでしょうねー。ま、いずれにしろ、夫婦仲はとっくに崩壊ね」

女房たちの気楽な言い合いも聞こえてきます。

「今上も、梅壺方が眉をひそめるほど姫さまにおたわむれになっていたわけではありませんのよ。

一度だけ、姫さまがご気分がすぐれなくて自室で臥せっていた時、お部屋の前まで来られた事がございましたが、お部屋に入ろうとなさることもなくすぐに戻られました。それをたまたま梅壺方の小弁の君が目撃し、事実をねじ曲げて今北の方にご報告し、それで今北の方はあんな恐ろしい方法で、姫さまを今上から遠ざけようとしたのだと思われます。

命が朽ち果てるまで幽閉だなんて、よくも思いつくものですわ」

と右近の君の声もします。

東雲の宮は、すっかりくつろいで夢中で話し込んでいる女房たちの様子があまりにおかしくて、

「なんと楽しそうに油断していることだ。あんな調子では、私がすぐそばで聞き耳立てて垣間見していることにもぜんぜん気付かないだろう。これなら簡単に忍び込める」

と期待に胸を弾ませます。



やがて夜も更けてきました。

夜の早い老女房たちはとっくに奥で寝ています。

東雲の宮がしめやかに戸を叩くと、

「だあれ?こんな時間に」

と右近の君が半ば寝ぼけて戸を開けました。

右近の目の前に立ちはだかるのは当世一の貴公子東雲の宮。その宮が「イヤとは言わせない」と言わんばかりに美しく微笑んでいます。

「どうした右近?私の顔をお忘れか?少しでも覚えているなら部屋の中に入れておくれ」

右近の君は何がどうなっているのかさっぱり。口をパクパクさせているうち、宮はおかまいなしに右近の横を通り、ささっと部屋の中に入って行きました。そして女房たちがあわてる中、宮は何でもないように几帳の間から中へするりと滑り込んでしまいました。

「まあまあどうしましょう。きっとずいぶん前からここに到着なさってたに違いないわ。はしたないおしゃべりも聞かれたでしょう。恥ずかしいわ」

我に返った右近たちは困ってしまいました。

几帳の中にさえ入ってしまえば、外で困惑している女房たちのことなぞ今の宮にはどうでもよいこと。宮の頭の中には、もう几帳の外の世界はありません。あるのは、宮の目の前で脇息に寄りかかり、おどろいて目を丸くしている愛しい姫君のことだけなのでした。

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