第43話 切ない愛の行方は

更け行く夜、よもやま話を語り明かした東雲の宮と尼君。

その後、「老いた身に夜更かしは堪えますので」と奥で入ってしまったので、宮は一人でぼんやりと部屋を眺めていました。

姫が使い馴らしていた質素な調度類、二人寄り添って月を眺めた柱。

ふと部屋の奥の障子に何か書かれているのを見つけた宮が近寄ってみると、それは姫の手蹟で書かれた和歌でした。


かき絶えし 人の心の つらさより 絶えぬ命の うさやまさらん

(あの方の心変わりよりつらいのは、この私の命がまだ続いているという情けなさなのだ)


忘られぬ 心のうちは うつつにて 契りし事は 夢になりつつ

(あの方への思いを忘れられない私の心は現実のものだが、あの方が語ってくれた愛の言葉はどうやら夢だったようだ)


悲しい歌が乱雑に書き重ねられ、それが姫の心境をそのまま表しているようで、宮は申し訳なくて申し訳なくて涙がとまりません。

「この世ならず来世までもと誓ったのに、我が本意でなかったとはいえ、長らく夜離れてしまったのは事実だ。決して姫のせいではないのにこんなに苦しめてしまった。


もしほ草 かきあつめたる あと見れば いとどしをるる 袖のうらなみ

(姫が書き残したたくさんの歌を見れば、海女の袖のように涙でしおれる我が袖よ)


なんとか誤解を解きたい。そして謝りたいのに、もう二度と姫には会えないのだろうか」

もどかしい気持ちを持て余し、妻戸を押し開けると、澄み渡る月は夜空の果ての雲までくっきりと照らすよう。ああこんな美しい月も共に眺めたものだ、と月影も涙ににじむのでした。


わびつつは 袂の露に やどりつる 月にとはばや 人のゆくすゑ

(涙の中に宿る月影に問うてみたいよ。姫の行方を)


かき乱される気持ちを落ち着かせようと、宮はお経をゆるゆると唱え始めました。その朗々たる美声に、寝静まっていた女房たちが目を覚まします。宮の麗しい声をほめそやす女房たちの中、なかなか寝付けられずお経を口ずさんでいた尼君は、さらに心細くなっていくのでした。夜明けが近づき宮が帰京する時刻になり、端近でお見送りする尼君の顔に押し当てた袖からは、涙のしずくが後から後から流れ落ちるのでした。

暁の美しさに誘われたホトトギスがどこかで鳴いています。


ほととぎす おなじ心に ねをぞなく 昔をいかに しのぶ心ぞ

(どんな思いで鳴いているのだろう。私の心を知っているかのように鳴くほととぎすよ)


しのびねは 我もたえせぬ 我が宿に 山ほととぎす とふぞうれしき

(しのびねをもらす我が家に、ほととぎすがなぐさめに来てくれるのはうれしいことです)


出立の時刻になり、山里の家では皆が皆、二度と会えないかのように泣きじゃくっています。そのせつなさに、山を下りる足も止まりがちな宮たち。


立ちかへる 袖ぞ濡れます 白波の みるめなぎさの 浦とおもふに

(来るとき以上に涙で袖が濡れてしまう。姫と会えない場所(=みるめなき)だと思うと)


「こんなに愛し合っているのに、いったいどんな前世の因縁が、涙ばかりの二人にさせているのだろう」


こうして、東雲の宮は山を下りたのでした。

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