第37話 座敷牢の対の御方と女房たちの後悔

夜が明けては泣き、日が暮れては泣き、毎日涙にくれる対の御方たちでしたが、兵部卿宮のことを考えると、さらに情けない気持ちになってしまうのでした。

「宮さまにもう一度お会いできるのかしらね。あの美しいお姿を、もう一度拝することができるかしら」

「あれほどこまやかに愛情を示して下さったのに、その御こころざしをふり切って、父君のもとにお移りになられたのが、姫さまのそもそもの間違いだったのよ」

「そうよね。宮さまはもう姫さまと一緒に暮らすお屋敷まで用意するおつもりだったらしいから、なんの気がねもなくそこに移ればよかったのよ」

「そうよ、もしそうしていたら、こんな所に閉じ込められたりすることもなかったのに」

部屋の片隅では、右近の君と小侍従の君がささやき合っています。対の御方に聞こえないように話しているつもりでも、互いに愚痴合っているうち、次第に声も大きくなり、対の御方に丸聞こえになってしまうのでした。

儒教思想の発達していないこの時代の主従関係はギブ&テイク。使用人は暮らし向きを保障されてこそ主人にお仕えするのもの。主人が落ちぶれると平気で別の働き口を見つけて出て行きますし、主人の面前で自分たちの愚痴や他人の悪口を言うのに何の遠慮も考えなかった時代です。ですから、主人の対の御方が聞いていても、まったく遠慮もなく平気で愚痴を言い合っているのでした。

女房たちに非難されていても何も言い返せない対の御方。確かにその通りかもしれません。あの山里の小さな家で兵部卿宮の愛を素直に受け入れて、宮が引き取ってくださるのを待っていたら、今頃は身に余る光栄な生活があったかもしれない…右近の君や小侍従はそこに未練があるのです。

対の御方は、

(この世だけでなく来世までと誓ってくださった宮の言葉を信じないわけではなかったけど、本当に途絶えがちな訪れだった。おばあさまはそのことを嘆いていらしたのだわ。私の行く末を案じてくださったおばあさまが、父上さまのもとに私を送り出して下さったこと間違いはなかったわ。でも、宮さまに何の相談もせず、浅はかな考え方しかできない私の一存で山の家を出たことは、とても愚かなことだったかもしれない)

これがもとで来世までもと誓った縁が切れるのなら、二人の宿縁がその程度だっただけ…と思いますが、父上のもとに引き取られた後もひんぱんに寄こされた宮からの手紙のあれやこれやを思い出すと、

(何かのついでにでも思い出して下さるだろうか。後宮から突然いなくなった私のことをどう思っていらっしゃるかしら。

…宮さまとの出逢いは、私にとっていったい何だったのだろう。こんなみじめな宿世しかないことを思い知らされる、ただそれだけのための出逢いだったのかもしれない)

と宮を恨んだり、宿縁の浅さを嘆いたりするのでした。

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