第16話 山里の我が家とのお別れ
さて、按察使大納言のお屋敷では、来月入内予定の姫の準備に追われていましたが、父君の大納言は、山里の小夜衣の姫をちゃんとお迎えすることも忘れていませんでした。姫たちが、屋敷のどたばたに遠慮してしまうのではないかと心配していましたが、わびしい山里から出ることを決心してくれて、大納言はホッとしています。山里へのお迎えには、大納言の子息である弁少将と侍従が使者として立たれました。この二人の息子は、今北の方と直接血のつながりはなく、先妻(小夜衣の姫の実母ではない)との間の息子たちです。
山里の家では、心の準備はとうにしていましたが、いよいよ小夜衣の姫がこの家から離れるとなると、やはり悲しいのは当然のこと。尼上も、
「世間を捨てた尼でも、あなたと共に過ごした年月、どれほど慰められた事でしょう。娘(小夜衣の姫の実母)の形見とも思い暮らしてきましたのに…離れ離れになるというのはこんなに悲しいものなのですね。あなたと離れて、これからどうやって生きていきましょうか」
と泣きます。小夜衣の姫も、これが永遠の別れであるかのような気持がしてさめざめと泣き、泣き濡らした袖から顔も上げられません。
住みなれし 古巣をすてて 鶴の子の 立ちわかるべき 心地こそせね
(住みなれた古巣を捨てるなど、とてもそんな気になれません)
尼上の返しは、
もろともに 住みし古巣に ひとりゐて なれにし友を 恋ひやわたらん
(古巣に一人残った私は、いつまでもあなたを恋い続けるでしょう)
袖の雫が川になるほど涙を浮かべ、歌を交わす二人の姿。しかしいつまでもこうしてはいられません。悲しみをこらえて、尼上は姫の髪に別れの櫛(くし)をさしてあげました。こぼれる涙をそっと拭きながら、小夜衣の姫はお迎えの牛車に乗ったのでした。
姫君付きの女房として、山里の家から乳母の少納言・その娘の小侍従・右近の君・少数の女の童などが付き添います。普段から東雲の宮が山里の家の修理だけでなく、女房たちの衣裳やこまごまとした生活用品などに気を配っていたので、女房たちの装束も目劣りするものもなく、立派な都入りとなりました。
小夜衣の姫は気丈にも別れに耐えていましたが、いざ牛車が門を出ますともうだめです。家の中では尼上や女房たちの、
「ああ、これからどうやって暮らしていけばいいの」
「肩を寄せ合って慰めてきたのにねえ」
という泣き声が、いつまでもやみませんでした。
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