第11話

「店長、これは一体どういうことですか?」

「いやぁ、いつも通り君にダンシスをプレイしてもらおうと思ったんだが……」


 「ダンス•クライシス」、通称ダンシスは、プレイヤーが曲に合わせてダンスをするという単純なゲームだ。俺がこのゲームセンターに訪れた時に初めてプレイしたゲームであり、最も長くプレイしているゲームでもある。


 このゲームを初めて少しして実力が上がってくると、それに比例して周りの客の注目を集めてしまいやりづらいと思い始めた。そんな時、せっかくなら店を盛り上げてくれないかという店長の提案で、以来この店に来たら毎回ダンシスを披露するのがお約束となっている。


 ちなみにダンシスの筐体は店の外からも見える場所にあるので、集客にもうってつけなのだ。


 俺はこの提案を受ける代わりに、喫茶ラニの宣伝に加え、ゲームのクレジットをサービスしてもらえるので喜んでこの提案に乗っている。


「いつもは予告なんてしないのに、なんで今日は特別企画とか言って大袈裟にしてくれちゃってるんですか?」

「悪いが、実はこの企画の発案者は俺じゃないんだ」

「というと?」

「とあるプレイヤーが、君とダンシスで勝負したいと言ってきてね、俺はそのマッチアップを任されたんだ」

「なんでそれがこんな大々的な企画になるんですか?」

「実はそのプレイヤーってのが、ダンシスのトップランカーなんだよ。これは盛り上がるぞと思って、自分でも気づけばこんなことに……」


 それって、つまり企画の計画を練ったのは店長ってことじゃねぇか!お世話になってる手前、あまり文句は言えないのがもどかしいところだ。


「これは余計な情報かもしれないけど、さっきSNSでこの企画の宣伝をしたらすごい勢いでバズっちゃって、結構な数のお客さんが来るかもしれないんだけど……」

「本当に余計だな!」


 好き勝手する店長に、ついに抑えられなくなってツッコミを入れてしまった。


「お礼ははずむから頼むよ〜」

「はぁぁ、分かりました。外から見にきた全員、この店じゃなくてうちの客にしますからね」

「そ、それはちょっと困るなぁ」



**



 イベント開始時刻の五分前にもなると、すでに大勢の観客が集まっていた。そこそこの広さがあるこの店が、かなり狭そうに見えるほどだ。


「皆様、お越しいただき誠にありがとうございます。それでは、ただいまより特別企画を開催いたします」


 アナウンスが流れると、会場から一斉に歓声が上がった。この店の周辺に一般住宅がなかったのは幸いだな。まああったらこんなところにゲームセンターなんて建たないんだが。


「SNSではすでに予告した通りですが、改めて企画の内容を説明させていただきます。その内容は、ダンシスのトップランカーと今話題の人気カフェの店員による、ダンス対決です!」


「この店に通うトップランカーといえばあの子じゃないか?」

「あー、あの子か!ただの喫茶店の店員と勝負になるのか?」

「これって絶対アルマ様のことだよ!」

「カッコよくてゲームも上手いなんてウチらの推しサイキョーじゃん!」


 会場はすでに大盛り上がりだ。相手がトップランカーとは言え、これは恥ずかしいところは見せられそうにないな。


「それでは、プレイヤーが準備に入りますのでしばらくお待ちください」


 俺はそのアナウンスを聞くと筐体の前に移動した。そして隣の筐体、つまり俺の対戦相手もそこにいた。


「まさか、俺の相手が音城だったとは」

「ふふっ、びっくりした?」

「まあな。お手柔らかに頼むよ」

「もちろん手加減はしないから!そのかわり、アルマくんが勝ったら私の連絡先を教えちゃうよ!」

「君が勝ったら?」

「その時は、一つだけ私の質問に答えて欲しい」

「いいだろう」


 そこで会話は終わり、俺たちはそれぞれの筐体の前に立った。


 俺は別に君の連絡先なんていらないんだが……とは言わないでおいた。ゲーマーとして、勝負の前に興が冷めるような事をするのはナンセンスだからな。


「それでは、両プレイヤーの準備が整いましたので、ただいまよりダンス対決を開始します!」


 今回勝負で使用する曲は、歴が浅い俺に選択権が与えられている。


 難易度1〜10まである曲のうち、俺が選ぶのは難易度9の曲だ。トップランカー相手に簡単な曲を選んでも当然精度で負ける。逆に難しすぎても、俺がフルコンボを取れない。


 (このゲームでいう精度とは、どれだけ正しく踊れたかを指す。またフルコンボとは、一度も踊り方を間違えないで踊り切ることを指す)


 だからここで選ぶべきは、俺がギリギリフルコンボを取れる曲で、相手が1ミスでもすることに賭けてコンボ勝負に持ち込むことだ。


 このゲームの評価は、精度よりもコンボが優先される。俺が勝つには、そこに賭けるしかない。


 大歓声の中、ゲームがスタートした。


 ……中盤、ここまではお互い完璧に踊りこなしている。観客たちも、まさかただの喫茶店の店員がここまでやると思っていなかったらしく、あっけにとられている者もいる。


 残すは、終盤の難所。多少精度が落ちてもコンボさえ途切れなければ……。




 ……ゲームエンド。さあ、結果は?


「それでは結果を発表致します。両プレイヤー共にフルコンボ。そして、精度はカグラ99パーセント、アルマ98パーセント。よってゲームを制したのは、プレイヤーネーム、カグラ!」


 観客が今日一番の声量で一斉に沸いた。


 1パーセント差か……。やはりトップランカーを甘く見すぎたようだな。


「グッドゲーム、アルマくん!」

「対戦ありがとう、楽しかった」

「やっぱりすごいねアルマくん。初めてそこそこの人が、トップランカーと渡り合うなんて普通ありえないことなんだから!」

「褒め言葉として受け取っておくが、負けは負けだ。……だから、次は勝つ」

「望むところ!」


 そう言って俺たちは握手を交わす。同時に会場は盛大な拍手で包まれた。


 俺はその場を去ろうとするが、一つ言い忘れていたことを思い出した。司会からマイクを奪い取ると、俺は言葉を発した。


「皆様、本日はご覧いただきまして誠にありがとうございます。俺は、普段はこの近くの喫茶ラニというところで働いています。ゲームに疲れたら、ぜひ一度店に立ち寄っていただけたら嬉しいです。皆様のご来店をお待ちしております」


「喫茶店か……、たまにはいいかもな」

「あの人めっちゃカッコいいね」

「本物のアルマ様だ〜!」


 さてと、これでどれだけのお客さんが店に来てくれるか楽しみだ。やっぱり、俺にとっては喫茶店の仕事が一番の趣味なのかもしれない。

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