第9話

 今日は、土曜日。たった三日学校へ行っただけだというのに、随分と休日が久しく感じる。


 まあ今週は色々とあったからな。今日はバイトもオフにしてもらったし、久しぶりに自分の唯一の趣味に時間を使える時がきた。


 友達もいなければ、趣味もほとんどなかった俺だが、高校一年生の時に一つだけハマったことがあった。それは、「アーケードゲーム」だ。


 俺がバイトをしている喫茶店の近くにある個人経営のアーケードゲーム専門のゲームセンターに、気分転換のつもりで偶然立ち寄ったのがきっかけだった。


 今までゲームというものに触れてこなかった俺にとって、それは全く新しい体験だった。それから俺は時々このゲームセンターに訪れては、興味が湧いたゲームを片っ端からプレイした。しかし、胸を張ってゲームが趣味と言えるほどのめり込んでいたわけでもなかった。


 前の家からゲームセンターまではそこそこ距離があった。そのため、出来るだけ貯金を優先していたあの頃は、そう何度も訪れることはできなかった。それに、一度スマホゲームを試してみたことがあるのだが、アーケードゲームの楽しさには遠く及ばなかった。


 だから、俺にはほとんど趣味と呼べるものはない。……だが、今は違う!これからは好きな時にゲームセンターへ行くことができる。

 

 あー、ひとり暮らし最高!


「よし。そうと決まれば、早速支度をするか」


 俺はそう呟くと、アルマの格好に着替え始めた。


 ……なぜゲームセンターに行くのにアルマの格好をする必要があるのかって?それは、初めてゲームセンターに訪れた時に、うっかりアルマの格好で店に入ってしまい、ゲームセンターの店長に客寄せとして気に入られてしまったからである。


 お宅の喫茶店の宣伝もしていいからと言われ、以来俺はアルマとして店に訪れるようにしていた。まあこれもあまり店に行かないようにしていた理由の一つでもあったりするのだが。


 しかし、そんなことはどうでもいい。今は久しぶりにアーケードゲームをプレイすることの方が大事だ。


 実は前にゲームセンターに訪れたのは三ヶ月ほど前のことで、俺は久しぶりにアーケードゲームをプレイできるということでめずらしく少々、いやかなりテンションが上がっていた。


 だからまさか、そのせいでこの後に起こる出来事であんな行動をとってしまうとは、この時の俺は思ってもいなかった。



**



 喫茶ラニを通り過ぎて、しばらく歩けばゲームセンターにたどり着く。俺は浮き足立って目的地へと向かっていた。


 そんな時、すぐ側の路地裏から男女の話し声が聞こえてきた。


「君、可愛いね〜、高校生?」

「今からオレたちと遊ぼうよ〜」


「興味ないです、腕を放してください!」


 どうやら二人組の男が、高校生と思われる女の人にナンパを仕掛けているようだ。この通りは昼間でもガラの悪い奴が一定数いるのは知っていたが、こうもあからさまなことをしているとはな。


 俺は別に喧嘩が強いわけではないので、当然見ず知らずの人間を助けるために危険に飛び込むようなお人好しではない。だから、普段の俺ならおそらく見て見ぬふりをしていただろう。


 だが、この時の俺は違った。元々変なテンションになっていたこととアルマの格好だったこともあり、公園にいた少女には手を差し伸べたのにいま目の前で困っている少女にはそうしないのは寝覚めが悪いという考えが頭をよぎった。


 とりあえず喧嘩はしない方向で、彼女を助ける方法を導き出すために思考を巡らせる。


 その結果、俺がとった行動は、


「お巡りさーん!こっちです!」


 これまたベタな、警察に頼るという方法だった。しかし、この作戦には重大な欠点がある。それはもちろん、警察なんて本当はどこにもいないってことだ。つまりブラフだ。


 頼むからどうにかこれで諦めてくれ……。


「なんだコイツ、舐めてんのか?こちとらサツに絡まれないように、わざわざ交番から遠いとこ選んでんだよ。そういやこの前も同じようなこと言ってたやつがいたな。まあ、結局ハッタリだったからそいつはボコボコにしちまったけどなぁ!」


 男の一人が、気色の悪い笑みを浮かべながら言う。絶体絶命のピンチだ。こうなったら、最後の手段を使うしかない……!


「ネタ被りとか聞いてねぇ!」


 俺はナンパされていた少女の手を取ると、大声で適当なことを叫びながら全速力で狭い路地裏を駆け抜けた。


「逃がすか!追いかけるぞ!」


 そう言って、男たちも全力で追いかけてくる。俺は彼女の手を引いてとにかく走った。目指すは喫茶ラニ、そこに逃げ込むしかない。


 なんとか店にたどり着くと、男たちは俺たちを見失ったようでもう追ってきてはいなかった。


 呼吸が落ち着いてくると、彼女が先に口を開いた。


「あの、助けていただいたところ悪いんだけど、そろそろ手を離してもらってもいいかなー、なんて」

「ああ、ごめん」


 俺は慌てて、腕を離す。


「改めて、助けてくれてありがとう。私は音城神楽おとしろかぐら、高校二年生だよ!」


 清楚な見た目に反して、意外と快活な人のようだ。そして、氷見沢とは方向性が違うが、負けずとも劣らぬ美少女といったところか。


「俺は……アルマです。本名も年齢も悪いけど秘密だから教えることはできません」

「アルマ……、ってことはあなたはこのお店のあの大人気な店員さんだ!」

「俺のことを知ってるんですか?」

「あなたは有名人だからねー。私はこのお店には来たことなかったけど、クラスの女子たちに何度も誘われたことがあるからね」

「なるほど……」


 改めて、自分が話題の人間であることを実感させられる。


「でもよかったよ!アルマさんがちょうどあそこを通りかかってくれて!」

「たまたま用事があったので。それよりも君はなぜあんなところに?」

「そ、それは……。恥ずかしいから他の人には内緒にしてるんだけど、恩人のアルマさんになら言ってもいいかな……」

「大丈夫です。誰にも言いませんから」

「そっか。そういうことなら。えーっと私はゲームセンターに行こうとしてたの。でもあの人たちに無理やり路地裏に連れていかれちゃったってわけ」

「そういうことでしたか。それは災難でしたね」


 ゲームセンターか。あの方向なら、おそらく目的地は俺と同じだろう。あの辺りにはそこしかないからな。せっかくだから、同じ趣味について少しだけ話してみたい。


「奇遇ですね。俺の用事というのもそのゲームセンターに行くことでしたから」

「え、そうなの?」

「はい。なので、もしよければ俺が一緒に行きますよ。またさっきの人たちが現れるかもしれないですから」

「本当に?よかったー、助かったよ!今日はもう諦めて帰るつもりだったから。でもアルマさんがいるなら安心だね!」


 話は落ち着いて、俺たちが早速店を出ようとした時、背後からよく聞き慣れた声をかけられた。


「ア・ル・マくん?せっかくバイトをオフにしてあげたのに、その格好でまた可愛い女の子を店に連れてくるなんていい度胸してるのね?」

「す、鈴さん!?」


 裏口から入ったので、特に誰とも顔を合わせることもなくすぐに店を出るつもりだったのだが、下手をするとさっきのナンパ師たちよりも厄介な相手に見つかってしまった。


「いや、これには深いワケがあるんです!今度説明しますから!それでは、今日はこれから用事があるので失礼します!」

「まだ話は終わってないわよ!」


 結局、鈴さんからも逃げることになってしまったが、俺たちはなんとか目的のゲームセンターにたどり着いたのだった。

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