第2話
俺にとって「アルマ」として働くことは、大変だけど気晴らしにはちょうど良かった。
普段学校で大人しくしている分、ここに来て「アルマ」の仮面を被ると言葉がスラスラと自分の中から飛び出していくのだ。学校では友達と呼べるほど仲の良い友人がいないので、調子に乗ってつい余計なことまで喋りたくなってしまうのだ。
まあそれが「神対応」とか言われているくらいだから、案外この国の接客業はセンスがない人が多いのかもしれないとも思っているのだが。
例のインフルエンサーのおかげで女子高生の客が急激に増えてからは、「王子様系イケメン店員」としての接客を求められることが多くなった。接客中は平然と「お姫様」とか言っちゃってる俺だけど、毎回仕事が終わって冷静になって思い出してみると、あまりの恥ずかしさに悶絶していたりする。
その様子を見て鈴さんはよく、「今日もカッコよかったよ、アルマ様♡」とか言って追い討ちをかけてくる。これが実はかなりのダメージで、なかなか慣れそうもない。
「美人な鈴さんこそ男性客の視線を集めているくせによく言うよ」と俺は常々思っているのだが、本人は気づいていないようなので黙っていることにしている。これを言ったら恥ずかしがって店に立ってくれなそうだからだ。店の売り上げにとってそれは困る。
一つ、俺がこの店で働く目的について話さなければならない。
祖母にとっても、俺にとっても思い出深いこの店を残したいという気持ちはもちろんある。しかし、それは建前であって本当の目的は別にある。それは、今住んでいる家を離れて、一人暮らしをすることだ。なぜならあの家は居心地が悪いから。
バイトを始めるとなった時に、真っ先に思い浮かんだのが一人暮らしだった。母は俺にあまり興味がないだろうし、義父は俺のことにほとんど干渉しないようにしているので、俺が一人暮らしをしたいと言った時も、特に文句を言われることはなかった。あとは、一年間バイトでコツコツと貯めた貯金を見せつけたのが決め手だったな。
そしてその望みが高校一年の春休みの今、ついに叶おうとしているのだ。
**
「それでは鈴さん、今日も無事に仕事が終わったのでさっそく案内よろしくお願いしますね」
「はーい。どうせ私の家の近くだし、せっかくだから今日は私の家に来てもいいのよ?」
「あはは〜、タチの悪い冗談はやめてください。健全な思春期の男子高校生の純情を弄んで半殺しにする気ですか?」
「えー?私そんな怖いこと言ってないと思うのだけど……」
この美人なお姉さんは確実に魔性だ。こんなえ、えっちな誘いを無自覚にしてくるのだから恐ろしい。
「ただ夕飯を振る舞いたかっただけなのに、私、誘い方を間違えたのかな……?」
ごめんなさい、鈴さん……。完全に童貞の気持ち悪い妄想が飛び出しちゃってました……。
元々喫茶店とそれほど距離も離れていなかったようで、鈴さんと他愛もない会話をしているうちに、いつの間にか目的の場所にたどり着いていた。
「ここなんだけど、どうかな?」
そう言われて案内されたのは、まだ少し生活感の残るアパートの一室だった。
「この部屋は私の大学の先輩が住んでた部屋なんだけど、その先輩が今年で卒業だからちょうど空いた部屋なの」
「なるほど。部屋自体は普通に綺麗だし、軽く掃除をすればすぐに住めそうですね」
「先輩は実家に戻って地元で就職するらしくて、欲しい家具があったら好きに使ってもらって構わないそうよ」
「え?この部屋、洗濯機やテレビなんかもありますけど本当にいいんですか?」
「いいんじゃないかな?その先輩、現役大学生なのにお金で困っているところを見たことがないもの」
「そうですか……。では、ありがたく使わせてもらいます」
広さも悪くないし、何より少しでも出費を抑えられるというなら俺としては願ったり叶ったりだ。
あと一つ、残す問題は……、
「それで、俺が転入することになる学校っていうのは、ここからどれくらいの場所にあるんですか?」
「あれ?言ってなかった?」
嫌な予感がした。
「私の母校なんだけど、柊真くんも何度も見たことがあるんじゃないかな?」
「えーっと……、まさか喫茶店からすぐ近くにある、あの高校ですか?」
「な、何でそんな危機迫る顔をしているのかわからないけど喫茶店の近くに高校はそこしかないよ」
ま、マズい……。何がマズいかって、あそこの高校の生徒はうちの常連だらけだ。しかも、やたらとテンションの高いギャルだったり、可愛い子が多かったりと、何かと目立つ生徒が多い学校なのだ。
だから何がマズいのかって?それは当然、「身バレ」することだ。毎度あんなクサいセリフを吐いてる「アルマ」の正体が、こんなどこにでもいる陰キャだってバレたらと思うと……。
ああ、ダメだダメだ。想像しただけで体が震えてきた……。
「あのー、鈴さん?」
「なぁに?」
「今からでも他の場所を紹介してもらうことってできないですかね……」
「ごめんね、それはできないの。幸恵さんが、鈴ちゃんが近くにいるなら安心だって言ってすぐに契約を決めちゃって……」
あんのババァ……っ。
「ど、どうしてもここが嫌なら、その……、私の家に住んでもいいけど……」
鈴さんがなんかモゴモゴ言ってるが、今はそれどころではない。
「ならせめて、喫茶店の近くの高校以外で他に候補は……、って鈴さーん?自分の世界から帰ってきてください?おーい!」
「はっ!私ったら何を……。それで、なんの話だっけ?」
「あの高校以外で別の高校はないですか?」
「えーっと、それはないんだ。さっきも言ったけど、この辺りに高校はあそこしかないの」
な、なん、だと……。しかし背に腹は変えられないのも事実。義妹の夏奈のためにも、俺のためにも俺の一人暮らしは必要事項だ。一番は俺の快適な生活のためにもな……。
そうして俺は覚悟を決めることにした。どうせ、普段の格好じゃ俺が「アルマ」と気づくやつなんていないだろうし、またぼっちなのは目に見えてるから、声でバレることもないだろう。
俺はこの後、この時の自分の見通しの甘さを全力で後悔することになる。
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