全裸は世界を救う
くにすらのに
ケース1 年上
1000年に一度の大災厄。その当たり年が今年だというのは俺が子供の頃から言われ続けていた。
当然ながら当時のことを知る人間は誰もいないから脈々と継がれてきた伝記だけが大災厄の根拠だ。
しかもその大災厄は人間の力ではどうにもならないらしい。じゃあなんで俺達人類は今こうして繁栄しているのか。理由は簡単、大災厄を乗り越えたからだ。
人間が作った武器や防具では大災厄を防ぐことはできない。防げるのは精霊の加護だけ。では精霊の加護を受けるにはどうすればいいのか。その答えはとても簡単で何の準備もいらないと言えばいらない。費用も0円、性別や年齢による制限はあるけど誰にでもできる簡単な作業だ。
安定を求めて公務員になった俺は該当した市民に協力を求めるためこうして頭を下げている。
「お願いします。全裸になってください」
「ふざけないでよ! そんな話、信じられるわけないでしょ!」
頭を上げると目の前の女性は怒っていた。顔を見るまでもなく声の調子で完全にわかっていたけどそれはもう完全に怒っていた。
「信じられない気持ちもわかります。ただ、歴史がそれを証明しているんです。ニュース番組でも権威ある考古学者の先生が解説しているでしょう?」
「その考古学者だって男ばっかりじゃない! 私達の裸が見たいからデタラメ言って!」
「デタラメじゃないんです。大災厄が起きてからでは遅いんです」
「何も全員が裸になる必要はないんでしょ? 考古学者だって言ってたじゃない。全世界の15歳から35歳の女性の一割が協力してくれれば十分だって」
「ですから、その一割に満たないからこうしてお願いに伺っているんです」
1000年前よりも人口は遥かに増えている。精霊も全ての女性に全裸になってほしいわけではなく、一定数の裸婦がいれば満足するだろうというのが考古学者の見解だ。
世界が一丸となって精霊に救いを求めなくていいのかって正直思ってる。だけど考古学者の見解に反論できるほど俺は歴史にも考古学にも明るくない。
俺にできるのはこうして対象者の家を回ってお願いすることだけだ。
「それに精霊だってこんな対象年齢ギリギリのおばさんより若い子の方がいいんじゃない? あなただってそう思うでしょ?」
「いえ、そんなことはありません」
本心だった。今日お願いに伺っている佐野さんは独身の35歳。考古学者が過去の歴史を紐解いて決定した対象年齢にギリギリ当てはまってしまった。
だけど佐野さんはパッと見、いや、こうしてまじまじと見つめても20代に見えるくらい肌がキメ細かく瑞々しい。
もし抱いていいと言われたら喜んでベッドインしたいくらいだ。
童貞だからリードしてもらうのが前提だけど……。
「じゃあ、私を抱ける? あなたみたいな若い公務員って同級生から唾を付けられてキープされてるんでしょ」
「さ、されてないです。勉強ばっかで青春イベントは全然なかったし、成人式も同窓会も行かなかったし」
「そうなの? そんな寂しい人が地域のために公務員なんて」
「あはは。そんな高い志はないですよ。ただ安定を求めて公務員になっただけっていうか」
「ふーん。ねえ、私、脱いでもいいわよ」
「本当ですか!?」
ある同僚は奥さんに、またある同僚は妹にお願いして人材を確保していた。一人っ子で彼女いない歴=年齢の俺には使えない方法でノルマを達成していった同僚達。
真面目だけが取り柄で成果を上げられない自分に嫌気がさしていたけど一筋の光が差した。
「その代わり、私を本気にさせて」
「……本気?」
「私を抱けるって言うのなら、その気持ちを態度で示して。私がムラムラするように、服を脱いでセックスしたくなるように」
「セッ!? い、いや、大災厄の予定日に服を脱いでいただければ十分なんですが」
「本当に女心がわからないのね。そういうところも可愛いわ。調教したくなっちゃう」
佐野さんはぺろりと舌なめずりをした。唇が濡れて妖艶さが増す。
「もし変な触り方をしたら悲鳴を上げて助けを呼ぶから覚悟してね」
「えぇ……」
女性の触り方なんてこれっぽっちもわからない。本気にさせるって一体どうすればいいんだ。
むしろ佐野さんが俺に触ってほしい。どこを触られても臨戦態勢に入る自信がある。
「もしかして童貞? 正直に言ってくれたらヒントあげちゃおうかな」
「は、はい」
「はいじゃわからない。ハッキリと言葉にしてくれないと」
「…………」
「……ていです」
「なーに? 聞こえない」
「俺は童貞です!!」
公務員が他人様の軒先で一体何を言っているのだろうか。他の人に聞かれていたらそれこそ炎上案件だ。
精霊の加護を集めるために必死だったと弁明したって誰も信じてくれない。
世界を守るために女性を全裸にする必要があるのに、いざ全裸にしようとすれば権力の暴走だとか職権乱用だとか叩かれる。
別にノルマを達成しなくても上司に怒られるだけでクビにはならない。元々安定を求めて公務員になっただけなのに、何を俺は必死になっているんだ。
冷静な自分がチラチラと現れては欲望にまみれた自分の圧力に負けて隠れていく。
要するに俺は佐野さんの体に触れたいんだ。
今にははち切れそうなブラウスのボタン。ロングスカートに入ったスリットからチラリと見える綺麗な脚。そして年齢を重ねたからこそにじみ出るいやらしいオーラが俺を包み込む。
「やっぱり童貞なんだ。この歳になって童貞を食べられるなんて、興奮しちゃう」
「じゃ、じゃあ!」
「大災厄の日に脱いであげる。お楽しみはその後、ね?」
「そ、そんな……」
「私が脱げば世界は守られるんでしょ? ヤリ逃げされるのも癪(しゃく)だし、大災厄が本当だって言うのならそれが終わるまではおあずけ」
佐野さんはバイバイと手を振りながら玄関を閉めた。閉じるドアに足を挟んで阻止するわけにもいかず、俺はただ茫然と佐野さんの笑顔を目に焼き付けた。
「でも、これで一人は確保できた。もしかして俺、年上キラーになれるのかも。童貞アピールで世界を救うってカッコよくね?」
思えば同年代の女の子とまともに話せる気がしない。狙うなら年上。童貞を優しくリードしくれる年上女性こそが俺のターゲットだ!
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