第30話
境内にはそれなりに人がいた。
お参りをしている人、写真を撮っている人、様々な人が行き交っている。観光地の神社って感じがすごくする。
人がたくさん来てるってわけじゃないけど、賑わって見えた。
お授け処に行ってみる。優子さんがにこにこ優しい笑みで迎えてくれた。こんなに良い人そうな雰囲気がするのに、どうして弐色さんはあんなに嫌ってるんだろう?
「おはようございます!」
「お、おはようございます。あの、弐色さんが何処にいるか――」
「この時間なら、弐色くんは神苑のお掃除をしていますよ」
少し間延びした声で答えてくれた。ほんわかしておだやかな雰囲気。弐色さんが嫌う理由が全くわからないわね。ちょっと聞いてみても良いかしら……?
「あの、失礼だと思うんだけど、優子さんって、弐色さんに強く当たられてる気がして……」
「ああ! それは……そうですね。でも、仕方ない事なんです……。私はお勤めもきちんとできませんし、いつもドジばっかしちゃうし、鈍臭いですから」
「あああ……」
なんだか聞いたら可哀想になってしまった。弐色さんって仕事できない人嫌いそうな気がするもん。
「あと……私が、永心さんの妻だから……かもしれません」
ぽつり、と呟かれた声が少し震えていた。
「弐色くんは、私が永心さんと出会うずっと前から一緒に生活をされてたんです。二人で仲睦まじく暮らしていたところに、私が入っちゃったから……」
「そ、そうなのね」
「でも、みことの名前は、弐色くんがつけてくれたんですよ! とても良い名前をつけてくださいました。意味だって、きっちり考えてくれたんです!」
優子さんは、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべる。
仕事ができないから嫌っていた、だけじゃなさそう。優子さんが永心さんと弐色さんの間に入ったから?
それって、つまり――……。
「何してるの?」
「きゃっ!」
「そんなに驚くことないでしょ?」
いつの間にか弐色さんが背後にいてビックリした。
今の会話聞かれてない? いつからいたの?
向き的に優子さんが気付くから、今来たって考えて良いのよね?
それとも、気付かないくらいに優子さんってぼんやりしてるの……?
まさか、そんなことない……?
「こっち来て」
「え、ええ、ちょっ、ちょっと待ってよ! そんなに引っ張ることないでしょ!」
優子さんと話したくないのか弐色さんはあたしの腕を掴んでずんずん進んでいく。ほとんど引き摺られているような気がする。転ばないようにするだけで精一杯。
参拝客が不思議なものを見るかのようにあたし達を見ている。そりゃあ、不思議よね!
「弐色さん、何処に行くの?」
「
「現世になんて戻っても、あたしの居場所はもう無いのよ! だから、あたしはここに住むの。ここなら、あたしは傷つかないし、こやけちゃんが護ってくれるわ」
「……どうしてそう言い切れるの?」
弐色さんは悲しそうな顔をしていた。笑顔じゃなくなってる。
「どうしてって、あたしは、こやけちゃんのペットだから」
「ペットね……。そうだね。そうだよ。でも……寺分菜季。キミには、
弐色さんは私の頬に触れる。心の何処かで翳っていたようなものが晴れたような気がした。
それと同時に、あたしはおかしいことに気付く。
何で『ペット』を受け入れてしまってたんだろう?
あんなに言われたらイライラしていたのに。
「弐色さん、あたし――」
「何にも言わず、この橋を渡り切って。僕はこれ以上先に行けない。決して振り向いちゃ駄目だよ」
ぽんっ、と背中を押された。振り向いちゃいけないのね。
わかったわ。振り向かずに前に進もう。
何故だかわからないけど、頬を涙が伝っていた。
あたし、泣いてる。迷子になった時と同じ。泣いてる。
白檀の香りが風に乗ってうっすら香る。
なんだか背後で咳き込む音が聞こえる。でも、振り向いちゃいけないから、あたしは足を前に動かす。
橋の終わりが見えてきた。もう少し。
「菜季さん」
ドキリッ、と心臓が跳ねた。
こやけちゃんが橋の終わりに立っていた。
「帰るのですか? 貴女を傷つけるだけの世界なんて、捨ててしまった方が良いでしょう」
「あたしには、外に家族がいるもの」
「そうでございますか。しかしながら――弐色さんをあのままにしておくのですか? 無様に地面に転がっておりますよ。芋虫も驚きそうなくらいに苦しそうにしておりますよ。助けなくて良いのですか?」
こやけちゃんは猛毒の笑みを浮かべながら、あたしの後ろを指差す。
どういうこと? さっき聞こえた音って……もしかして……。
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