第14話
二人をあんまり待たせるわけにもいかない。弐色さんだってお仕事があるだろうし、こやけちゃんも早く洋菓子店に行きたいみたいだし。あたしは立ち上がる。立ちくらみがしたけど、踏ん張る。
「神社に
あたしとこやけちゃんは、弐色さんの後を追って、神社を囲う暗い森の中へと入っていった。
森の中は暗い。カラスの声があっちこっちから聞こえる。居場所を教えてるのなら、こやけちゃんもいるから、今回は違うわよね? あたしはこやけちゃんに尋ねようと横を見る。こやけちゃんの抱えていた箱が消えていた。
「こやけちゃん! 箱は?」
「弐色さんが持ってくれたのでございます」
「重いモノを長時間持たせたら可哀想でしょ?」
前を歩く弐色さんがケラケラ笑いながら言う。確かに箱を抱えていた。いつの間に渡していたのかしら。何だか色々ありすぎてついていけない。森の中をひたすら歩くと、開けた場所に辿り着いた。
ブロックを積み合わせたようなものに、鉄の扉と煙突がついている。隣には、木材が積まれている。
「これは何なの?」
「見てわかるよね? キミ、胸にばかり栄養がいって、頭動かせないの?」
「うるさいわね! わからないから聞いてるんでしょ!」
「中を見れば良いのですよ! それが良いのですよ!」
こやけちゃんは鉄の扉を開きながら言う。ギィイと気味の悪い音が鳴った。
あまり手入れはされていないみたい。あたしは中を覗き込む。その瞬間に、背中をぽんっと押されて、あたしは何かわからないものの中に入れられた。そして、そのまま扉が閉められた。
嘘でしょ。
「ちょっと!」
「これは焼却炉なのですよ」
「へ?」
「菜季さん、点火しても良いですか? ファイアーってして良いですか? 丸焼きにしても良いですか?」
「駄目に決まってるでしょ!」
あたしは鉄の扉を叩き続ける。
このまま焼かれるわけにはいかない! 殺処分しないって約束もう忘れたの?
扉が開かれたので、あたしはすぐ脱出する。こやけちゃんがお腹を抱えて笑っていた。
弐色さんは隣で箱の中身を台に並べていた。そんなことしてないで、こやけちゃんを何とかしなさいよ! と思いつつあたしは黙った。怒るのも疲れるわ。
「よし。これで火葬の準備ができたよ。……何で菜季はボロボロなの?」
「こやけちゃんがあたしを焼却炉に入れたからよ! 横にいたんだからわかるでしょ!」
「ああー、僕ちょっと考え事してたかなぁ。菜季は一緒に燃えたかったの? 燃えたいなら中に入ってても僕は全然かまわないよ」
「違うに決まってるでしょ!」
ぺちっ!
とこれで何度目かわからないけれど、あたしは弐色さんを叩いていた。
これには、こやけちゃんも驚いたようで、目をまん丸にしている。もしかして、こやけちゃんも叩いたことないの?
弐色さんは左頬を押さえながらグズッている。
「キミはどうしてそんなに僕を叩くの? 僕を叩いて楽しいの?」
「貴方が悪いんでしょ!」
「どうせ僕は
「誰もそこまで言ってないわよ!」
「それより火葬しましょう! ファイアーしましょう!」
こやけちゃんは、おばあちゃんの乗った台を鉄の扉の向こう側に運ぶ。扉の下に木を並べて置いた。
「弐色さん。貴方のチカラが必要なのです。早く手を貸してくださいませ。菜季さんのおばあさまでキャンプファイアーをするのです! 楽しい楽しい宴の時間でございますよ!」
「しないで!」
「残念ながら、この鉄の扉から火は出て来ないよ。……危ないから下がってて」
けろりとした表情をすると、弐色さんは袂に手を突っ込んで、何か掴んでいた。
こやけちゃんはウキウキした表情をしながら、あたしの横に走って来る。
弐色さんは右手で星の形を描いてから、紙を焼却炉に向かって投げた。おふだかしら? 何か文字のようなものが書いてあるのが少し見えた。それは、突然燃え始めて、並んでいた木を一気に燃え上がらせた。
煙突から白っぽいような煙が出ている。確かに扉から火は出ていないんだけど、なかなかに炎上しているわよ。
こやけちゃんは焼却炉の周りを歌いながらスキップしている。楽しそうだけど、火葬しているのよ。
「もーえろよ、もえろーよー」
「こやけは菜季と違って歌が上手だね」
「菜季さんはお歌が下手なのですか?」
「ヘッタクソだよ」
「貴方よりはマシよ!」
あたし自身は一度も下手だと思ったことない。でも、上手だと思ったこともない。普通だって思ってた。でも、弐色さんには初対面でヘッタクソだと言われた。弐色さんのほうが下手なのに。
「景壱君は、お歌が上手なのです。彼の前でヘッタクソな歌を歌うと、『なにそれ』と言われるのでオススメしないのです」
「そ、そんなに厳しいの?」
「僕が歌ったら、『雑音はやめろ。やめないなら死ね』って言われたよ」
絶対に鼻歌でも歌わないようにしよう。あたしは心に決めた。
「どれくらい焼くのですか? 食べ頃はいつですか?」
「食べないでよ! 景壱も食べる気満々だったし……」
「景壱君は好奇心が強いのです。知識欲の権化なのですよ。知識欲が服を着て歩いているようなものなのですよ。知りたいと思えば何でも調べ続けます。知らない事を知る事が彼の喜びであり、しあわせなのです。今は人肉をどうすれば美味しく食べることができるかを知りたいのです。しかしながら人肉は貴重なのです。夕焼けの里の者達を食べるわけにはいかないのです。ですので、外界の人間を調理しようと思ったのでございますよ。菜季さんのおばあさまは、条件がちょうど良かったのです」
好奇心が強いだけのようには見えなかったんだけど。
知識欲の権化ってどういうことよ。知らないことを知りたがるって、子供と一緒のような気もするわね。なんでも「何で?」って聞いてくる子を幼稚園で見たことあるわ。
それでも、人間を食べてはいけない理由をどう説明をしたら納得してくれるのかしら? 人間は食べ物じゃないって言っても、今食べたから食べ物だって言われたらおしまいだし……。わかんない。
あたしが考えている間に焼却炉の火が消えた。弐色さんは鉄の扉を開いて、台を引っ張り出す。白い骨が並んでいる。ああ、こんなに小さくなっちゃった。
「さて、火葬できたから僕は戻るね」
「ありがとうございました!」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。後はお好きにどうぞ」
弐色さんはさっさと帰ってしまった。
こやけちゃんはおばあちゃんの骨を摘まみあげてジーッと見ている。食べようとか考えてないわよね?
あたしが心配するまでもなく、こやけちゃんは焼却炉の裏側から小さな壺を持ってきた。蓋のついた壺。骨壺にぴったりだと思う。左右で長さの違うお箸を持ってきて、ひょいひょいっと勝手に足側から骨を入れ始めている。
「菜季さんも見ていないでお骨あげをするのですよ!」
「あ、そ、そうね」
「おばあさまが無事に三途の川を渡る為にお手伝いをしてあげないといけないのです。ほら、竹と木のお箸を使うのです。そして私に
「あ、ありがとう」
こやけちゃんから左右で長さの異なる箸を受け取る。
そういえば、骨を箸で入れるのは、この世からあの世へ渡っていくための橋渡しだって聞いたことがある。みんなで手助けして三途の川の橋渡しをしてあげるんだって。あたしは骨を拾ってこやけちゃんに箸渡しする。こやけちゃんはあたしから受け取った骨を壺に入れる。頭蓋骨を入れ、最後に喉仏を入れて蓋を閉じた。
「これで葬儀は終了なのですよ。お疲れ様でございます!」
「そうね……」
「では、洋菓子店へ行きましょう!」
「ちょっ、ちょっと、そんなに引っ張らないでよ!」
やっぱりあたしの意見を聞いてないようで、あたしは引き摺られながら、森の中へ入っていった。
今度はさっきよりも早く森を抜けて、神社の前に出た。本当に気分で距離がころころ変わるみたいね。
こやけちゃんは何も言わず、石段を下りていく。神社に用事は無いし、そのまま洋菓子店に向かうみたい。
骨壺は相変わらずこやけちゃんが持ったまま。あたしが持つと言っても、「私が持つのですよ!」と言って、渡してくれなかった。まるで小さな子が親の荷物を持ちたがるようだわ。そんなこと言ったら怒りそうね。森を抜けて、橋を渡る。
「おかしいですね」
「何が?」
「子供が消えているのです」
「カラス達がとかなんとか言ってなかった?」
「孵化させても、まだ骨が残っているはずなのです。菜季さんにわかりやすく言うと死体処理なのです」
死体処理って……。あれ? ここにいるのって死んだ人じゃなかった? タケちゃんも亡くなったのに、ここにいた。もう死んでいる人がここにいた。死んだ人が更に死んだの? 死んでるから死体? あれ? もうわからないわ!
こやけちゃんは辺りを見渡してから、川原に下りて子供に話を聞いていた。あたしは橋にもたれて待つ。何度も上下運動して疲れたわ。体力をつけないと。少しして、こやけちゃんが戻って来た。
「どうだった?」
「あの子達は真面目に石積みをしていて知らないそうです。まあ、妖怪が食べたならそれで良いのです」
「そ、そう。……あの、ここにいるのって、死んだ人よね?」
「違いますよ。死人に限ったことではありません。現に、私も菜季さんも生きている。そういうことです」
どういうことかさっぱりわからないわよ。
それ以降、こやけちゃんは何も言わずにあたしの腕を引いて歩いていた。まるで小さい子が親を引っ張って急かしているようだった。おだやかな坂道を上って、少し行くと、建物が並んでいた。魚屋、肉屋、八百屋、色々な店が並んでいる。
ここは、ゆうやみ商店街って言うらしい。昔ながらの商店街って感じ。
わりと新しそうな建物で洋菓子店があった。自動ドアに招かれるままに、あたしたちは店内へ。
「いらっしゃいませー。あら、こやけちゃんこんにちは」
「こんにちはです! 抹茶プリンを貰いに来ました!」
「はいはい。今準備するわねぇ」
優しそうなおばさんがショーケースの裏側から、抹茶プリンを取り出して箱に詰めている。なんだか量が尋常じゃない。十二個入ってるわ。
「菜季さんも何か食べますか?」
「でも、あたし、財布も持ってきてないし……」
「良いのよ良いのよぉ。こやけちゃんの
ここでもあたしの扱いはペットなのね。仕方ないと言えば仕方ないんだけど、ちょっと扱いが悪いと思うのよ。同じ人間にペットと言われるのは、本当にイラつく。
あたしはショーケースを見る。どれも宝石のように輝いて見える。美味しそう。あたしが悩んでいる間に、こやけちゃんは店にいたお姉さんと話している。お腹が少し大きい気がする。妊婦さんかしら。
「菜季ちゃん。どれにする?」
「どうしてあたしの名前を?」
「さっきこやけちゃんがそう呼んでいたもの」
「あ、そ、そうよね。えーっと、モンブランで」
「はい」
おばさんはモンブランを抹茶プリンが詰まっている箱に詰めた。まだ入るスペースがあったのね。
おばさんから商品を受け取ったので、あたしはこやけちゃんに近付く。
今思ったけど、骨壺を持ったまま店に入って良かったのかしら? 縁起が悪いとか思われてない?
近付いたあたしは、妊婦さんの左腕を見て凍り付いた。手首にザックリ切れた傷がある。血は出ていないけど、今にも大量に血が噴き出しそうな色。皮一枚で繋がっているんじゃないかってくらい。
「りょーちゃんにはもう会えないの?」
「会えないのです。夕焼けの里とはもう関わりたくないそうなのです。私も会えないのです」
「そっか。もうすぐゆうちゃんとの子も産まれるから、見せてあげたかったのになぁ」
「旦那様はお元気ですか?」
「元気だよ。子供が産まれるのが嬉しくって毎日首が落ちそうなくらいにバリバリ働いているの」
「それは良かったです。
「えへへ。そうだよね。何て言ったって、りょーちゃんは、私とゆうちゃんの幸福を願ってくれたんだもん」
妊婦さんは幸せそうに笑っている。
でも、あたしは手首の傷が気になって仕方がない。どうしてあんなにザックリと……弐色さんでも皮膚がくっついていたのに、あれは、傷が塞がらなかったみたい。
あたしに気付いた妊婦さんが軽く会釈したので、あたしも会釈する。
「それでは、帰りましょうか」
「うん」
「また遊びに来てねー」
「勿論です」
妊婦さんに手を振ってから店を出た。
屋敷に帰る途中で、ガタンガタンと音が聞こえてきた。電車かしら?
あたしは音のする方を見る。遠くに電車が停まっているのが見えた。
こんなところにも電車が停まるのね。そもそも、駅があるのね。なんだか意外だわ。
「電車が気になりますか?」
「え。ええ。ちょっとだけ」
「それでは、見に行きましょうか」
方向転換したこやけちゃんの後をついて歩く。
駅舎の屋根に『夕焼けの里』と書かれた看板が斜めについている。券売機は無い。窓口には誰もいない。小さな銀色のポストがあって、『ここに切符をお入れください』と書かれている。
券売機が無いんだから、切符なんて買えないじゃないの! と思ったけど、これ、降りる時に切符を入れるポストよね? それじゃあ、ここから乗る時はどうしたら良いの……?
時刻表は真っ白。いつ電車が来るかもわからない。
改札を抜けて、ホームにある看板には、『夕焼けの里』って駅名が書かれている。
よく見ると、駅名の下に行き先が書いてあるみたいなんだけど……掠れててよく見えない。
「この駅は一方通行なのです。ここが終点であり始点でもあります。折り返しの電車もあるのですが、今は行ったきりなことが多いですね。迷子を乗せてくることも多々あります」
「この駅は何処に繋がっているの? 行き先が掠れて読めないんだけど……」
「菜季さんにわかりやすく言うと――現実ですかね」
「現実?」
「そうです。こういう説明は景壱君にしてもらうほうが良いでしょう。彼なら菜季さんの知能レベルに合わせて言葉を選んでくれるのです。どうやら迷子もいないようですし、帰りましょうか」
現実って何だろう? あたしは電車を見ながら考える。答えは出ない。
こやけちゃんは少し悲しそうな顔をしている。どうしたのかしら、あんな顔初めて見たわ。と見ていたら、急に振り向いて、あたしに骨壺を渡してきた。
「急用を思い出しましたので、菜季さんは先に帰っていてください」
「は、はい」
そう言うと、ふわふわ浮き上がって何処かに行ってしまった。飛ぶと言うよりは浮遊している感じだから、風に流されないか心配になるわね。って、あたしは何を心配しているのよ。
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