織り・祈り・在り
佐楽
とある二人と布のはなし
赤、橙、茶の糸を交互に織り込んでいく。
朝も昼も夜も、狭いテントの下で二人は小さな灯り一つを間に置き、言葉を交わすことも寝食もとることなく作業を続けた。
片割れが眠気にうつらうつらと舟を漕げばそっと肩を貸す。
少しでもその肩に触れてしまえば、慌てて体を離し顔を叩いて目を覚ます。
その様を片割れは微笑ましげな目で見ていた。
片割れが腹を空かせれば、そっと隠し持っていた食料を寄越す。
それを受け取ると、ぱきりと半分に割り片割れに差し出す。
片割れはお前だけが食べろというふうに頭を横に振る。
ならば俺も食べぬと片割れは食料を自分のぶんも返した。
緑、黒、白の糸を交互に織りこんでいく。
やがて二人とも意識がもうろうとし始めてきていた。
手は止まり、今にも倒れてしまいそうになるがそうなると片割れが起こした。
そうやって二人は互いを支えながらテントの下で黙々と作業を進めていた。
太陽が膚を刺さんばかりに照りつけるころ、テントの入り口が開いた。
中からふらふらと屍のような様相の二人の男が出てきた。
そして外で待ち構えていた村の長である老人と、そのうしろに控える色彩鮮やかな布を被った老婆に二人は今まで作っていたものを差し出す。
それは色とりどりの糸で織られた一枚の布であった。
大きさにして、婦人用のショールほどだが幾重にも糸が織り込まれたそれはずしりとした重さを感じさせた。
村長は受け取った布をじっくりと眺めたのち、背後の老婆にも布を見せる。
老婆は村長から恭しく布を受けとるとこくり、と一つ頷いて見せた。
それをみとめて村長は男たちに告げる。
「お前たちをつがいとして認めよう」
二人は互いの体を支えるように抱き合い、涙し、そして土の上へと倒れこんだったのであった。
この村では男性と女性が夫婦となる場合、一枚の布を織る。
二人で織った布は女性の花嫁衣装ともなり以後も二人の愛の象徴として扱われる。
本来ならこの村では同性同士の婚姻は認められていない。
しかし今回ばかりは特例で認められることとなったのだ。
かわりに男女で行うより厳しい条件下で行うこととはなったのだが、それを見事成し遂げた二人に異論を唱えるものはなかった。
二人は体を回復させたのち、すぐに婚姻の儀をあげることになった。
美しい衣装に、豪華な食事、きっと本来なら参列すらできなかった親族や友人たちが手放しで自分達を喜んでくれている。
男はあまりの幸せに涙しそうになったが、入り口に現れた片割れの姿を見て涙も引っ込むほど圧倒された。
片割れは美しかった。
恐らく彼らの知るどんな人間より、不敬なことをいってしまえば神話の神々より美しかった。
艶やかに磨きあげられた膚を豪奢な婚礼衣装で包み、そこに二人で織りあげた布を纏って現れた片割れをそこにいた誰もが眩しげに見ている。
金銀の類いは身に付けていなかったが強い輝きを放っているかのようだ。
花が撒かれた道を、一歩一歩ゆっくりと近づいてくる片割れを男はいまにも抱き締めに飛び出しそうになったが耐え抜いた。
そして目の前にやってきた片割れを再び眺めて、今にもくずれんばかりの頬を必死に引き締めて彼を抱き締めた。
二人は盛大な歓声に包まれながらしっかと抱き合っていた。
それから二人は居を構え、畑を耕した。
畑にはたくさんの野菜が植えられ、芽吹いたときには二人でまるで赤子を愛でるように喜んだものだ。
牛や羊などの家畜も飼い、これまた大切に我が子を育てるがごとく世話をした。
二人は幸せだった。
ときには思わぬ災難に見舞われることもあったが二人で協力して困難をはねのけていった。
野菜が枯れて食べることも売ることもできず、泣く泣く家畜を手放すことになったとしても二人は二人の生活を守り続けたのだった。
そんな二人を周りの村人たちは微笑ましく見守っていた。
本来は認められていない関係の二人だから当然嫌味を言う者もいたが、むしろそちらのほうが村人たちに煙たがられているくらいだった。
そして季節は過ぎていき、やがて生き物たちが静まり返る時期がやってきた。
この時期だけは農作物も畜産物もまとまった収穫を得ることは出来ずただただ生きてこの季節を生き延びる事とな る。
そんな冷たい風が二人の家の扉を揺らすある晩のことだった。
夕食を終えた二人のもとに村長がやってきたのをみて、二人は悟った。
「時機が来たのですね」
片割れが言うと村長は頷いた。
「そうだ、そなたは明日からみそぎのために祈りの部屋に移る」
暖をとるために焚いた枝がパチパチとはぜた。
「わかりました」
片割れがそれだけ言うと、村長はすぐに家をあとにした。
村長が出ていったあとの家のなかは暖かいはずなのに冷たい空気が充満しているように感じる。
「もう少し早めに来てくれれば夕飯ちょっと奮発したんだけどなぁ」
もう一人の男は何も言わず、机を睨み付けている。
握りしめた拳は今にも血管がはち切れそうに浮き上がっていた。
「なぁ、ラオ。俺と逃げないか」
男が言った言葉に、片割れは一瞬目を丸くしたがすぐに口元を綻ばせた。
「それはできないよ、エギ。折角結婚させてもらったんだ。これで逃げたら俺たちは村の人たちに恨まれてそれで」
「アガジェーネサに村ごと滅ぼされる」
「恨んでるやつらを滅ぼしちまえば誰も俺たちを恨むやつはいなくなるじゃないか!」
それでも尚、片割れは首を縦には振らなかった。
「それは嫌だよ、そんなことは…」
吹き付ける風はより強さをまし、家全体を軋ませた。
その夜、男は片割れを抱き締めて眠った。
眠ったとはいえ、寝息は聞こえない。
ただ横になっただけなのだろう。
男は薄く目を開けて腕の中で同じく眠っているような片割れを見た。
俺がここで彼を連れて逃げてしまうか…
しかし結局は彼は朝日がのぼるまで彼を離すことなく抱き締めたままだった。
片割れの意思は尊重しなくてはならないし、きっと連れて逃げたとしても彼は村へ帰るであろう。
片割れは強情なのだ。
朝食をとる前にやってきた使者によって片割れは連れていかれた。
そして祈りの部屋と言われる小さな小屋に閉じ籠り、その日を待った。
風が膚を切り裂かんばかりに吹き付ける。
片割れは使者らとともに村人たちにとって聖なる山を登っていた。
雪に閉ざされた山は足場が不安定で、目的地に着くまでに何人かが底知れぬ闇の底へと消えていった。
片割れははためくケープを手で抑えながらも一歩一歩を確かめるように歩いていく。
やがて一行は目的地であるアガジェーネサの口と呼ばれる断崖の淵にやってきた。
アガジェーネサとは村の守り神であり村の全ての営みを司るとされている。
ふだんアガジェーネサは周囲に漂う生物の精気を吸って腹を満たしているらしいが、生物が一様に静まり返るこの季節には飢えるという心配がある。
伝承によれば飢えたアガジェーネサは空腹に怒り暴れまわり村を滅ぼすという。
それを防ぐために村ではこの季節になると生け贄を捧げるのだ。
今回、その生け贄に選ばれたのが片割れだったのだ。
選ばれた当初、片割れは恐怖に震えたがしかしあることを思い出し背筋を伸ばした。
「私がそのお勤めを受けるとなれば叶えていただきたい望みがございます」
生け贄には、この世に未練を残さぬよう何か一つどんな望みも叶えてもらえる決まりがある。
それによって片割れは認められていない同性との婚姻を成し遂げたのだ。
片割れは崖の淵にたつと、纏っていたケープを脱ぎ去った。
その下は清められた膚に、かつて伴侶と織った布を纏っただけの姿であった。
びゅう、とアガジェーネサの吐息のような冷たい風が暗い谷底から吹き上げる。
さあ、来いと言わんばかりだ。
食われてやるさ…
俺の体など
どんと食らえ
片割れの足が地を蹴った
エギ、俺は君の幸せを祈ってるよ
同じ頃、男は村から聖なる山を見上げていた。
手には二人で織った布の糸片が握りしめられていた。
やがて季節は花の舞い散る光の季節は
となるだろう。
しかしその光は片割れの光には遠く及ばぬだろうと男は思った。
後に、男は聖なる山を登りアガジェーネサの住まうとされる場所に赴きそこにたまたまいた動物を倒しこれこそはアガジェーネサそのものだと言って村人たちに見せた。
そして儀式を妨害したが村には何の災厄ももたらされることなくこの生け贄の儀式は消滅したという。
男は英雄と崇められ、村に未来永劫に伝えられるであろう尊敬を得た。
男のもとには人が集まり、妻帯してはどうかという声もあったが男は全て断り続け独り身でその生涯を閉じた。
安らかに眠る男の手元には、古びた糸片が絡み付いていたという。
織り・祈り・在り 佐楽 @sarasara554
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