雲が降らす雨は美しい

果芽

僕は空

雲が降らす雨は美しい

「君は空みたいな人だね。そして私は雲」

そう君は言った。

「君は雲じゃなくて太陽だよ」

と言ってはみたものの、彼女の言った「私は雲」という言葉が気になってしまう。

君の言ったその言葉は、今はありえない程わかる気がする。




「付き合って下さい!」

君のその言葉で、僕達の物語は始まった。

その時は君のことを顔と名前しか知らなかったけど、告白されるということが初めての体験だった僕は喜んで承諾した。

それから僕らは一緒に登下校したり、毎晩電話したりして、普通の恋人となって楽しんだ。

僕と彼女は趣味がよく合ったため、彼女と話している時間はとても楽しかった。

努力家な君。

少し抜けているところがある君。

恥ずかしそうに手を繋いでくれる君。

僕にいつも優しく笑ってくれる君。

君を知る度に、君の事が好きになった。

君と出会ってからの数週間は永遠の様に感じた。

君はどう思っていたのかな。




君と出会ってからひと月が経ち、僕達は遊園地にデートする事にした。僕は、君を楽しませる為に何日も掛けて計画を立てた。

計画を伝えた時、君は目を輝かせ、めいっぱいの笑顔を見せてくれた。

それだけ楽しみにしているんだと思った僕は、絶対に最高の思い出にしてあげようと思った。

けど、その時君は無理をしていたんだね。

気付いてあげられなくてごめんね。




待ち合わせ場所に来た君。

初めて見る私服姿はいつもと違う印象を与えてくれる。

上手く褒められなかった僕を怒る君。

新しく出来た好きを噛み締めながら、遊園地へ向かった。

遊園地は思っていたより混んでいて、行けないところもあった。

けれど、君が一緒にいてくれたから、最高の思い出になったんだよ。




帰る時にはもう日は傾いていた。

下校の時に通る河川敷は、いつもとは違うところに思えた。

少し前を歩いてた君は振り返り、

「君は空みたいな人だね。そして私は雲」

と言った。

その言葉の意味が分からなかった。

君はどう思って雲と言ったのだろう。

君の思う雲とはどんなものだろう。

そんなことを聞きたかった。

けど、聞けなかった。

君は「またね」と言い、僕に背を向ける。

別れ際に見た笑顔は、遊園地の計画を伝えた時に比べて遥かに乾いていた。




次の日から急に君は話さなくなった。

理由を聞いても君は曖昧に応える。

隣にいるのに遠くにいるみたいだ。

流れていく雲を見る。

君は風で飛ばされ、僕の元を去っていくのかな。




放課後に君を使われてない教室に連れていく。

何があったのか問い詰める。

最初は誤魔化そうとしていたが、十分程経って、耐えられなくなったのか、ぽつぽつと話し始める。

クラスの女二人から悪口や嫌がらせを受けてたこと。

二人から言われることが、本当のことなんじゃないかと思い始めたこと。

僕の隣に居ていいのか不安になったということ。

涙を流しながら本音を漏らす君を、何故か見たくなかった。

泣く君を僕は慰め、家まで送っていった。

誰も僕から君を奪わせない。

君を遠くへ飛ばす風なんかいらない。

僕が風を止ます。




風が止んでからも、君は笑わなかった。

前はあんなに会話が弾んだのに、今は直ぐに話が終わってしまう。

君といるだけで胸が苦しくなってしまう。

君は僕の事をどう思っているのか考えただけで、

死にたくなる。

楽になりたかったけど、本当の事なんて聞けるわけなかった。

君のために僕は沢山費やしてきた。

僕にはもう君しかいない。

君がいなくなったら僕はもう何も無い。

君は愛してくれるだけでよかった。

僕のことを求めてさえくれればよかった。

けど、君はもう、僕なんて要らないんだろう。

君と出会ってから丁度一年が経った日。

君は何も言わず、遠い街へ流れて行った。

久々に一人の帰り道は、雲一つない快晴だった。




君が居なくなって、何もすることがなくなった僕は、ただひたすらに勉強した。

勉強している間は楽だった。勉強以外の事を忘れられ、問題を解く度に自分が誰かに求められるような気がした。

ただ、勉強に区切りを付け、寝ようとする時、君はもう居ないことを押し付けられた。




大学は県外の学校に進学した。

引っ越しの当日は雨が降っていた。

この場所から離れたくて県外を選んだのに、雨を見てると離れたくなくなった。

雨に当たっていると、君への恋が冷めていくような感じがした。

冷めるのが嫌で、手で濡れないようにしようと思ったけど、結局僕は動けなかった。

それが君の望むことなのかもしれないと思った。

僕の炎は消えた。

炎は僕にとっては熱すぎたのだろう。

身体が楽になった気がした。

君といた時間が、トラウマに近いなにかから、ただ思い出となっていった。

この街が急に愛しく感じた。

家に戻り、新しい家に移動する準備をする。

移動している時に降っていた雨は、とても美しかった。




あれから僕は普通に大学に通い、昔のように友人も出来た。

あれだけ嫌いだった快晴が、心地よい。

あの時の日々は、まるで昔話のように感じる。

もう君には会えない。

そう思い、なんの変哲もない生活を送ってた。

ある日大学からの帰り道。

いつも見慣れた交差点、

そこには君がいた。

君と風がいた。

ああ、そうか。

また風が君を僕から離したんだね。




家に帰ると、僕は支度をする。

長い時間を掛けて、ゆっくりと、着実に。

風を止ませる為に。

外は雨が降っていた。




快晴の日。

僕は風が吹く場所に行く。

目的の場所にはやはり風がいた。

風は僕を見た途端に吹き始める。

僕は風を切りさこうと、必死に走る。

風はどんどん弱くなっていく。

そして止んでしまった。

風は最後に力なく手を伸ばした。

手を伸ばした先には雲がいた。

こちらに気付いた雲は雨を降らす。

ああやはり、


雲が降らす雨は美しい

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雲が降らす雨は美しい 果芽 @kudame

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