第37話 忍びよる不審者

 アイシラはさらに二射目を放つ。


 ぱしっ。


 二射目の矢もまた簡単にキャッチされてしまう。

 本当に全力でやっているのだが、まったくタカキには通用しない。


「こんな感じでね。熟練度ゼロの弓矢って全然実戦じゃ使えないのよ。

 だから今日中にレベル3くらいまでは上げていかないと、明日から困ることになるわよ」

「い、いやでも人間を攻撃するなんて……」

「訓練よ訓練。

 こっちも防御と回復魔法の訓練になるんだから、遠慮なくやっちゃって」

「うう~!」


 リーフは嫌々ながらアイシラとタカキに矢を放ちはじめる。

 それを見てベルトルトのほうも同じく矢を放ちはじめた。



 ぴゅん。ぴゅんぴゅん。



 ヘロヘロの矢が青空に曲線をえがいて飛んでくる。


「ほいっ! やあっ!」


 アイシラは槍で。タカキは素手で。

 それぞれ貧弱ひんじゃくな矢の雨をはらいのけていく。

 うまくすれば防御技《パリィ》や《ディフレクト》を身につけようという考えだ。


 

 カツッ。パキッ。

 


 ゆっくりとした矢を次々はじいていくが、なかなかスキルはひらめかない。

 

「ねえ、これくらいでもう良いんじゃなーい?」


 リーフが泣きそうな顔で中止を要求してくる。

 なんだか弱い者いじめをしているような雰囲気ふんいきになってしまった。


「へーきへーき! 当たったって回復魔法ですぐ治せるから!

 思いっきりやってよ!」

「ウエーン!」


 泣き声にも似た声を出しながら、やけくそ気味に放たれた矢。

 しかしそれは今までで一番強力な一矢であった。


「うわっと!?」


 防御しそこねて、あお向けにずっこけるアイシラ。

 あやうく直撃するところであった。


「アイシラちゃん!?」

「だいじょ-ぶ。それより今の、レベル上がったんじゃない?」

「そんなのどうでもいーよ、もう!」


 とうとう怒りだしてしまうリーフ。

 どうしてもこのトレーニング方法はしょうに合わないらしい。

 しかしそれでもリーフの弓矢レベルは1に。ベルトルトは2までレベルアップするのだった。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 

「もうちょっと練習してからクリスタルレイクに行こうね。

 あたしらも槍のレベル上げておきたいし」


 皇帝の直轄地ちょっかつちであるクリスタルレイクにはちょっとした小島が浮かんでいる。

 その奥に入っていくと洞窟どうくつがあって、最深部に神の宝珠《水のアクアマリン》が安置されているのだ。

 弱キャラ・ベルトルト用の前半イベントなので難易度は低め。

 サクッと終わらせてしまおうと、アイシラは考えていた。


 それからおよそ2時間ほど。

 4人は草原のモンスターを相手に槍と弓の実戦訓練をつづけた。

 戦果のほどはまあまあだ。

 そろそろ帝都の宿にひき返して明日の出発にそなえようかと、そんな時刻。

 

 タカキがチラチラと、後ろのしげみを気にしだした。


「どうしたの?」

「シッ」


 姉を静かにさせて、タカキは自身の槍をしっかりとにぎりなおす。

 次の瞬間、タカキは茂みにむかって槍を思い切り投げつけた。


「グワーッ!」


 何者かの悲鳴が上がった。と同時に覆面ふくめんをしたあやしげな男が二人、茂みから飛びだしてくる。


「誰!?」


 アイシラが大声でさけぶが、男たちは一目散いちもくさんに逃げていく。

 一人はタカキの槍をうけて負傷していたが、隣の男に肩を借りて俊敏しゅんびんに走り去っていった。


「またかよ、何なんだ一体」


 投げた槍を回収しながら、タカキが不機嫌そうにつぶやく。

 この数日、何者かに見張られている。

 それもモンスターではなく人間だ。


 襲ってくるでもなく、話しかけてくるでもなく、ただ自分たちをつけまわして見張っている。

 正直気味が悪かった。


「もしかしたら皇帝陛下の命令が何なのかを、探ろうとしているのかもしれない」


 ベルトルトが真剣な表情で語りだした。


「だとすればあの男たちの黒幕は帝国貴族だ。

 陛下はとても聡明そうめい慈悲じひぶかいお方だけれど、貴族たちは必ずしもそうとは言い切れないからね。

 なにか悪いことをたくらんでいるのかも」

「ふーん……」


 不審者もモンスターもいなくなった草原に、不穏ふおんな空気が流れた。

 帝国をくさらせる悪い貴族、というのは確かに後半イベントで登場してくる。

 だがまだそういう進行状況ではないはずだ。 

 やはりちょっと通常プレイとはゲームの流れがちがう。

 突発的に強すぎる敵などが出現する危険を、恐れずにはいられなかった。


(間に合うかしら)


 アイシラは一人心配に思ってしまう。

 まだまだキャラ育成はたねまきの段階である。

 が出て、葉をしげらせ、花が咲き、そして実を結ぶまでの長い間、強い敵には大人しくしていてもらわないと困るのだが。

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