第14話 砂漠のオアシスでひと休み

 見上げれば、満天の星空。

 これほど美しい夜空は見たことがない。

 じっと見つめていると、宇宙のかなたまで吸いこまれてしまいそうな気がした。


「姉さん、はやく食べないと冷めちゃうよ」

「うん」


 弟にうながされ、アイシラはマグカップに入った干し肉と乾燥かんそうまめのスープを口に運ぶ。


 砂漠の夜は寒い。

 空気を保温してくれる湿度が極端に低いからだ。

 いま二人は焚き火たきびをかこみ、ひと時の安らぎを得ているところだった。


 パチ、パチ、パチ。


 燃え盛るえだが音をたてながらくずれ、火花を散らす。

 ゲームとは思えない臨場りんじょうかんだ。

 ゆらめく炎を見つめていると、なぜだか心がいやされていくように思えた。


 砂漠の昼は灼熱しゃくねつ、夜は極寒ごくかん

 モンスターも容赦ようしゃなく襲いかかってくる。


 アイシラとタカキの二人は過酷な砂漠の冒険をくぐりぬけてようやく今日、砂漠の湖オアシスまでたどり着いたところだった。

 目的地まであと少しだ。明日の午前中には秘宝「土のトパーズ」が眠る地下洞窟どうくつに行ける。


「いよいよ明日ね」


 アイシラが緊張した声を出すと、タカキもそれにこたえた。


「うん、流砂のうずに入っていくんだよね?」

「そう。それで地下ダンジョンに入っていける」


 このビゴー砂漠には流砂地帯があり、侵入者が中心部に入るのを妨害ぼうがいしている。

 唯一中心部に進む方法こそ、このオアシスから内側にむかって流砂に突っ込んでいくルートなのだ。


「……怖い?」

「まあ、ちょっとね」


 タカキは硬い表情でそう答える。

 そりゃ普通は流砂にのまれたりしたら砂に埋もれて窒息ちっそくまちがいなしだ。

 この世界はゲームだから大丈夫……なんて理屈はプレイヤーにしか分からない。

 タカキからすれば狂気の沙汰さただろう。


「流砂もそうだけど、ドラゴンのこともさ」

「そうよね」


 部族の秘宝「土のトパーズ」が眠る砂漠の地下ダンジョン。

 洞窟どうくつの最深部は広い広い鍾乳洞しょうにゅうどうになっており、その中心にトパーズをおさめた宝箱がある。

 宝箱をあけてトパーズを手にいれた瞬間、その鍾乳洞に住みついた巨大ドラゴン「地竜」におそわれるのだ。


 負ければもちろんゲームオーバー。

 勝てば小剣系最強の武器「ガイアのつるぎ」が手に入る。


 設定上小剣が得意なアイシラにとってでも欲しい武器だが、残念なことに今はまだ勝てるレベルにない。

 なんとかごまかしてトパーズだけでも回収してくるしかない状況だった。


「大丈夫だよ、なんとかなるって。

 あたしを信じて」

「うん……姉さんを信じるよ」


 うなずきあう姉弟。

 そこからは言葉少なく、二人は焚き火をかこんだまま毛布をかぶって眠りについた。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



 翌朝。

 アイシラはずいぶん早く目が覚めてしまった。

 東の空は明るく、西の空は暗い。

 お空が朝と夜に分かれている不思議な光景。そんな時間帯。


「ふあ~あ」


 寝ぼけまなこで日の出直前の明るい山脈と、まだ夜空で輝くお星さまを見比べるアイシラ。

 しかしふとあることを思いついて立ち上がった。


(タカキが起きる前にオアシスで水浴びしてみようっと!)


 部族にはお風呂に入るという文化がない。

 川の水でボロきれをぬらし、それで身体をふくというのが彼らのスキンケアである。

 いま居住している場所には井戸すらなくて、わざわざ川の水を何度も運んで溜めてお湯をわかして……なんていう面倒なことは考えもしないようだった。

 日本人としては当然不満。一度がっつり全身を洗いたい。


 で、オアシスをお湯にすることは出来ないけれどそこはそれ。

 こんな大自然で水浴びなんて日本にいても出来ないことだから、ちょっとやりたくなってしまったのだ。


 ちょうど良い岩があったのでそこに脱いだ服をかけ、アイシラは生まれたままの姿でオアシスに入る。

 あまり深い場所に行くと危険かもしれないので、ヒザまでの深さだ。


「ひゃっ、つめたーい!」


 真水の冷たさが骨身にしみる。

 だがそれでも彼女はまず手と腕を、そして顔をジャバジャバ洗う。

 そうこうしている間に身体が慣れてきて、髪、そして胴体へと範囲が広がっていく。


「しっかし、見事みごとにペタンだなアイシラって」


 身体を水で洗いながら、彼女はしげしげと全身をながめた。

 日本での自分、花村愛が15歳のころはもう少しマシだった気がする。

 まあ顔はアイシラのほうが10倍可愛いのだけれど。


「ま、いっか」


 細かいことを気にするのはやめて、アイシラは髪の毛をねんりに洗いはじめる。


 天は夜と朝の狭間はざま

 地は砂漠のオアシス。

 そんな幻想的な空間で身を清める全裸の美少女。

 画家が見たらさぞ良い名画が生まれたことだろう。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 


 

「あ、おはよータカキ」


 着替えを終えて元の場所に戻ってくると、タカキがすでに出発の準備をしている所だった。


「お、おはよう」


 彼はアイシラの姿をみるとなぜか顔を赤くして、横を向いてしまう。

 真っ赤になったその横顔を見て、アイシラはピンときた。


「あー! あんたもしかしてあたしのはだかのぞいていたでしょ!」

「ち、違うよ!」


 弟は真っ赤な顔をさらに赤くして、全力で否定した。


「目ぇさましたらなんかバチャバチャうるさくって、何かあったのかと見に行ったら姉さんが、その、素っ裸で」

「……エッチ」

「だから違うってばー!」


 寝起きにそんなこんながあったものの、二人は予定通りダンジョンに進む。

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