第6話 夜、誰も見ていない所で姉弟がすることといえば

 日が暮れてきたので帰宅。トラブルはなし。


 とりあえず武器防具とアイテム、そして魔法まで手にいれた。

 初日の行動にしては良くやった方ではないだろうか。


 明日からはいよいよ村の外へ出て戦いの日々を送らなければいけない。

 この最弱キャラでどこまでやれるのか、不安でいっぱいだ。

 せめて一緒に戦ってくれる仲間でもいてくれれば心強いのだが、あいにくアイシラのストーリーはしばらく一人旅なのだ。

 そういう部分でも難易度の高いキャラだと評価されている。


(あたし一人ぼっちでやっていけるのかな)


 夕食の粗末そまつなスープをすすりながら、アイシラは暗い表情になってしまう。


「姉さんどうしたの、元気ないよ?」


 名前も知らぬ弟が話しかけてくる。

 どうやらこの弟、そもそも名前が設定されていない。他の家族も。


《アイシラ父》《アイシラ母》《アイシラ祖父》《アイシラ弟》。


 それがこのモブキャラたちの正式名称らしかった。

 ちょっと悲しいが、しょせんゲーム開始一時間もしないでお別れする人たちなのだ。

 だから開発からこんなあつかいを受けている。

 

「まあちょっとね、考えごと」


 適当なことを言って誤魔化ごまかそうとする。

 それでも名もなき弟は笑顔でこう言った。


「手伝えることがあったら何でも言ってね」


(こ、こいつ、いい人だったのね!)


 思いもよらず優しい言葉をかけられてアイシラは感動した。

 クッッッソ生意気なまいきで反抗的だった実の弟にくらべて、なんて優しいのだろう。

 

(死んでほしくないなぁ)


 さびしいひとみで笑顔の弟を見つめる。

 しかし次の瞬間、アイシラはとあるアイデアをひらめいた!


「あっそうか! ねえ我が弟よ、ちょっと協力してほしいことがあるの!」

「なに?」

「外へ行こう」

「ええ? もう暗いよ、明日じゃだめ?」

ぜんいそげよ」


 アイシラたちは大急ぎで夕食をすませ、家の裏手にまわった。

 

「こんな所でなにをするのさ」


 いぶかしむ弟にむかって、アイシラは両腕を左右に広げる。


「さあ、あんたこのお姉ちゃんを思いっきりってごらん!

 全力でね!」

「いきなりなんだよ!?」


 目をまん丸くしておどろく弟に対し、姉は重ねて意味不明なことを命令する。


「いいから! あたしにとってはものすごく大事な実験なのよ!

 あんたのその手で、あたしを殴りなさい!」

「はああ!?」


 もちろんアイシラにそっち系の趣味があるわけではない。

 これは「モブキャラに攻撃された時でも最大HPが上がるかどうか」という崇高すうこうな実験である。

 決して叩かれることで興奮こうふんするとかそういう理由ではない。


「早く! あたしの人生がかかっているのよ!」


 再三再四自分をてと姉に命令されて、しかたなく弟は実の姉をたたいた。


 ペチッ。


 軽く振られた右手がアイシラの左肩に当たる。

 だが彼女はイライラした態度で弟をののしった。


「弱すぎる! もっと強くッ!」

「なんでだよ、意味わかんないよこんな事!」

「この実験の結果次第しだいによっては、あたしの人生が明るくなんのよ!」

「おかしな人生しか想像できないんだけど!?」


 どうも弟はこの崇高な実験をなにか誤解しているらしい。

 姉弟でそんなマニアックな行為におよぶはず無いではないか。

 ちがうちがう、絶対にちがう。

 信じて。

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