第72話 2-2-3 「俺を恨んでいいから、」
2-2-3 「俺を恨んでいいから、」 耳より近く感じたい2
音波が成斗に抱きついた事が、…ある。
驚く佐藤を見て、音波は慌てて両手を前でパタパタと振る。
「いや、あの、抱きついたとかじゃなくて、片山くんの身体に潜るというか、覆って欲しかったというか…///」
「…何それ、布団に潜る感じ?」
「片山くんとお布団は違うよ! でも、あの時はとても安心したんだぁ。
なんか、”懐かしかった”」
それでも、成斗の症状が出なかったのは、事実だ。
佐藤は、この話は、成斗の兄・大智に話しておいた方がいいと思った。
今度は佐藤が音波に確認する。
「なあ、お前ら2人さ、何処までくっ付けるの?」
「え?」
「手を繋ぐのは、どっちから?」
「あ、片山くんが握ってきたり、手を出してって言われてから、私が手を乗せる」
「ふむ、じゃあ腕を組んだりは?」
「まだ無い」
「……、無いか、でも頭は撫でてるよな、」
佐藤は音波に尋ねる。
「円井、お前、ドコまで成斗に触られてんのよ?」
「えええ?///」
音波の顔が、みるみる真っ赤になる。
これは、佐藤の質問の仕方が悪かった…。
「…、あっ、悪い! そういう意味じゃなくてだな、///」
言った佐藤も顔を赤くする。
「言い直す、成斗は円井の腕を掴めるか、肩に手を置けるか、そんな感じの触るって意味だよ」
「それは、私が閉じ込められた時に、片山くん触ってるよ」
「てことは、円井の方からは、殆んどノータッチなんだな」
「…、うん、そう」
佐藤は音波に言う。
「お前には厳しい状況かもしれないけど、お前は絶対に焦って成斗に過度にくっ付くなよ。
円井1人の時に酷い症状が出たら、本当に大変だからな、分かったか?
本当に、俺マジで言ってるから」
「うん、分かった、焦らない。 約束する。
片山くんのためになるなら、私、どれだけでも待つ」
音波の言葉を聞き、佐藤は安心する。
「円井、他に訊きたいことはないか?」
「うん、今日はもう充分教えてもらった、ありがとう」
「おう」
最後に佐藤は音波に言う。
「…成斗の症状が出なかった時を、俺は1回だけ見てる。
それを…、念のために、今からお前に教えといてやる」
佐藤は立ち上がる。
「円井、立って、」
「うん」
音波は指示通りにする。
「壁に背中充てて」
佐藤は音波に近づき、壁に両手をつける。
「円井、顔を覆って、泣いたフリして」
「うん」
佐藤は円井を抱きしめる。
片手は円井をしっかりと抱きしめ、もう片方の手は、頭を守るように支えて寄せる。
そして、音波の身体全体に被さるように抱きしめる。
そして、言う。
「この時に、前側の服を持て、シャツでもいいから、地肌には触れるな。
背中は分からないから、前側だぞ。
お前が絶対に、壁側だ。分かったな?
成斗が守ってるって状況に見えた、その時は、1回だけ出なかったのを見てる。
役に立つか分からんが、覚えといて」
音波は、佐藤に抱きしめられながらも、真剣に頭に入れる。
「分かった、距離はこのくらいでいいの?」
「俺が見たのは、この距離だった」
「分かった、佐藤くん、本当に有り難う」
「……、」
佐藤は…音波を抱きしめたまま、動かない。
「…あの、佐藤くん?」
「…」
佐藤の身体が少し震えている。
「…俺、円井を成斗とくっ付けようとしたんだ、
成斗にも恋愛ってのを知ってほしくて、
幸せを望んでもいいんだって思って欲しくて、
俺が、円井に辛い事させちまったのかって思ったら、
これから先、我慢したり苦労するのかって思ったら、申し訳なくなって…
円井、途中で苦しくなったら、俺を恨んでいいから」
言い終わると、佐藤は音波から離れた。
佐藤の表情は、今まで見たことが無いほどに苦しそうだ。
音波は、佐藤の手を握って、言う。
「佐藤くんが片山くんの傍に居てくれたから、私たちは会うことができたんだよ?
佐藤くんが、片山くんの親友で、私は嬉しいよ、ありがとう」
音波も辛そうな顔をしてはいるが、声はしっかりとしている。
「…円井、俺の方こそ、ありがとうな。
成斗の事、支えてやってくれ、頼む」
「うん、自分の中では、片山くんから話を訊く前から決めてたから。
恋人になっても、友達のままを望まれていても、気持ちは今も変わらないよ」
「そうか…円井、お前は芯が強いよ、」
「そんなことないよ」
二人に笑顔が戻る。
佐藤が、ふと上を向いて言う。
「…、もしかして、俺、成斗よりも先に円井の事、きつく抱きしめちゃったのかな?」
「えっ、…うん、そうだね///」
「成斗に悪い事しちまったな…、まあ必要だと判断したから、しちまったけど。
円井、最初が俺で悪かったな」
「ええ、お兄ちゃんにもよく抱きしめられるし、大丈夫だよ//」
「へえ、兄貴がいるんだ」
「うん」
「ずい分話したから、外は真っ暗だな、そろそろ帰るか?」
「うん、そうだね」
カラオケボックスを出て、駅まで歩く音波と佐藤。
「円井、お前んちって、最寄駅から近いの?」
「歩いて20分くらいだよ」
「家まで送らなくて大丈夫か?」
「大丈夫だよ、軽音祭の時よりも早い時間だし」
「そお? 春は変な奴出るから、駅着いたら電話しろよ。
連絡先交換しとこうぜ、成斗の事でも連絡する事あるだろうし」
「うん、分かった」
音波と佐藤は、電話番号を交換し、駅で別れた。
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その夜、音波は考える。
佐藤が教えてくれた、片山の症状が出なかった時のシチュエーション。
音波がたまに見る…夢の中の状況に似ていると思った。
(閉じ込められた時も、少し似てたな…)
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