第九節 炸裂、◯◯チ!

炸裂、◯◯チ! その一

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





 宮森が〈ブアク〉と死闘を繰り広げ始めた頃、伊藤と澄は見世物小屋の従業員達と対峙たいじしていた。

 余りにも個性的な見た目の従業員達に、地下競艇場で〈深き者共ディープワンズ〉や幻魔と遭遇した伊藤も真っ青である。


「うへー、こりゃお強そうな皆さんで……」


 申し込み番号1エントリーナンバー・ワン、熊女。


 見た目からは男女……と云うか、雌雄の区別は付かない。

 それどころか、額からは太く鋭い角が生え四つんい……ではなく、つん這いの姿勢で突進してくる。


 伊藤は四肢の付属肢ジャッキを引き絞り、装甲の厚い左肩で肩先突進ショルダーチャージをかまそうとした。


 しかし澄がそれを制する。


「伊藤さん、真正面からぶつかったら傷口が開いてしまいますよ。

 ここはわたしが」


「わっかりましたー。

 でも澄さん、あいつらが屋根上から覗いてますけど……」


 伊藤のげんにも有る通り、見世物小屋の屋根上には気狐、蝉丸、橋姫の三人。


 例の如く蝉丸に珍獣解説を頼む橋姫。


「ねー、セミマルー。

 あのフワモコしたのなーにー?」


「あれは〈ノフ゠ケー〉……の出来損ないです」


「できそこないー?」


 白熊もどきが咆哮ほうこうを上げ突進を加速させると、澄の手懐てなずけたウィンチェスターM1912ソードオフタイプえる。

 白熊もどきは確かに毛深いが、堅い外皮などは有していない。

 散弾を真面まともに受け、自慢だっただろう怪力を発揮する暇も無くあっけなく地に伏した。


 御次は申し込み番号2エントリーナンバー・ツーの猿男とスリーの犬女で同時襲撃。

 ソレらは、伊藤と澄も良く知る〈ヴーアミ族〉と〈食屍鬼グール〉である。


〈ヴーアミ族〉と〈食屍鬼グール〉は、持ち前の機動力を活かして伊藤と澄に攻め込んだ。

 だが、澄は〈ヴーアミ族〉や〈食屍鬼グール〉とは闘い慣れている。


 伊藤がウィンチェスターM1912標準タイプでの射撃で牽制けんせい

 相手が回避した所に澄が斬り込むと云う戦法で、〈ヴーアミ族〉と〈食屍鬼グール〉を瞬く間に始末した。


 余裕綽々しゃくしゃくの伊藤が残りの従業員達に手招きする。


「オラオラ。

 飛んだり跳ねたりが得意な奴はもう居ねーのかい?」


 申し込み番号4エントリーナンバー・フォーは象男。

 象頭人身の歓喜天かんぎてん(ガネーシャ)を彷彿ほうふつとさせる風体ふうていだが、首のすわりが大変悪く伊藤の要望を叶えるには明らかに不向きだ。

 案の定、頭重でふら付いた所に伊藤の放った散弾を食らい蜂の巣となる。


「パオーーーーーォン……」と云う悲し気な断末魔の後に現れたのは、申し込み番号5エントリーナンバー・ファイブの蛇女とシックスの鼠男。

 一般大衆の感性に照らし合わせると、どちらも強烈な見た目ではある。


 蛇女は「シュー……シューーーッ!」と噴気音ふんきおんを上げ威嚇いかくするも、動きに特筆すべき点は無い。

「うへー、気持ちワリー!」と嫌悪感をあらわにして射撃を敢行かんこうする伊藤。

 蛇女はコルトM1911の連射に成すすべなく倒れた。


 一方の鼠男は、『ビビビ……』と意味有り気に髭を振るわせる。

 しかし、標的を失神させる程のゲップや広範囲を巻き込む放屁などで攻撃する事はついぞ無かった。

 結局、澄の次元孔生成器官ポータルジェネレーターから射出された十字手裏剣に刺し貫かれる。


 不甲斐ふがいない従業員達に、屋根上の橋姫は憤慨ふんがいの御様子だ。


「なんなのあいつら!

 ぜんぜんうごけてないよ!

 せつめいしてセミマルっ!」


「さっきも言った通り、彼らは幻魔の出来損ないなのですよ」


「できそこないって、どーゆーこと?」


「邪霊の定着が中途半端なんです。

 一応 播衛門さんや痩男が邪霊定着の儀式をり行なったのですが、定着率が低すぎて戦闘に耐えるまでには至りませんでした」


 蝉丸の説明が難しかったのか、ほおに指を当てて考える橋姫。


 お子様の答えなど待ってはいられない、とばかりに話を進める気狐。


「ダメダメじゃねーか。

 アイツら居る意味あんのかよ?」


「それは、これから解るでしょう……」





 宮森とブアクの戦場から退しりぞいたうらら

 彼女は今、占い小屋に来ている。


 中には女占い師の羽衣はごろも……。

 いや、ふじ に毒を盛り罠にめた外法衆正隊員のひとり、増女ぞうおんなが居た。


「キャルルルルルルルルッ!」


 威嚇いかくの声を上げるのは、増女がふところに抱いている白文鳥の文吉。


「文吉、うららさんはお前を食べたりしないわ」


文吉ぶんきっちゃん。

 あんたはあたしには小さ過ぎて、飴玉の代わりにもなりゃしないよ」


 うららから非食糧通告された文吉だが、未だに増女のそばから離れようとはしない。


 増女の方も可愛い助手に頼られて御満悦である。


「あ、そうそう……」


 奥へと引っ込み、何故か大容量の薬罐やかんを持って来る増女。


うららさん、のどかわいてるんでしょ?

 良かったらどうぞ持って行って」


「これこれ。

 羽衣さん、あんがとね!」


 うららが占い小屋から出て行くのと同時に、飼い主の懐から飛び出した文吉。

 今は奥に在るからの茶筒をつつきまくっている。


 その音がうざったいと感じたのか、文吉を両手で包み語り掛ける増女。


「嫌だわ文吉。

 私は別に、上鳥居 家の問題に口を出そうと思った訳じゃないわ。

 お客様にお茶をお出ししただけ。

 そうでしょ?

 だから加勢には当たらないと思うの。

 あ、そうそう!

 蝉丸 君が言ってたんだけどね。

 なんでもこのお茶、炭をかせるんですって。

 本当かな? と思って火鉢の炭に振り掛けたんだけど、別に融けなかったわ。

 蝉丸 君がむやみに嘘を言うとは思えないんだけど……。

 でもうららさんはとっても喜んでたわ。

 きっと、私が知らないやり方なりがあるんでしょうね」


「ピッ、ピッ♪」


 文吉は先程から褒美の米粒に御執心で、今は茶筒に見向きもしない。


 文吉から無視され転がる茶筒には、〘カミトリー 播衛門 濃いめ〙との品名が表記されていた……。





 伊藤と澄が窓際従業員達を処理している間に、うららは見世物小屋の出口から内部へと侵入する。


 うららが手にしたのは珍品区画コーナーで展示されている奇石。

阿弗利加アフリカ公果コンゴ盆地で採集された』と云う来歴の奇木が隣りに並んでいるが、それには見向きもしなかった。


 奇石は幼児ほどの大きさをした黒褐色こくかっしょくの岩石で、ぱっと見の形状は、西洋諸国で云う所の小鬼ゴブリンを想起させる。

 高札の説明によると、〈ゴーツウッドのノーム〉と云う品らしい。


 うららは占い小屋で貰った薬罐を地べたに置くと、〈ゴーツウッドのノーム〉を頭上に抱え上げる。

 五歳児ほどの大きさなのでかなりの重量かと思われるが、身のたけ六尺八寸(約二〇六センチメートル)を誇る大女には西瓜玉すいかだまとなんら変わりないようだ。


 うららは頭上に抱え上げた〈ゴーツウッドのノーム〉を、勢い付けて地面へと叩き付ける。

 もろく崩れやすい石質だったのだろう。

〈ゴーツウッドのノーム〉からは「ギャッ⁈」と聞こえる特徴的な破砕音が鳴り、幼児の頭ほどの石塊へと砕ける。

 その後、彼女はひと口大になるまで石塊を砕き続けた。


 砕石作業を終えたうららは、なんと〈ゴーツウッドのノーム〉の欠片かけらを大きな口へ放り込み始める。

 その表情は砂糖菓子でも頬張るような気楽さだ。


「お~いし~。

 これでもっと大きくなれるわね♪

 ……ンガググッ⁈」


 流石に咽喉のどが詰まったのだろう。

 うららは薬罐の注ぎ口に直接口を付け茶をがぶ飲みする。


〈ゴーツウッドのノーム〉の欠片をことごとく胃に放り込んだうららは、力士の如く横っぱらを叩き見世物小屋を後にした。





 中央広場には、最も効果的な客寄せ……巨大鬼が鎮座ちんざしている。

 ただ不可解な事に、その巨大鬼からはうめき声が漏れていた。

 それもニ、三人ではない。

 十を超えている。


「うううううぅあぁ……」


「もう死にたい。

 ひと思いに……」


「やめて~。

 あたしを犯さないで~」


 籠細工である巨大鬼の脚から、腕から、肩から、腹から、頸から、頭から、苦痛に満ちた呻き声が発せられている。

 そう、この巨大鬼はおり

 家畜や人間を閉じ込めたまま焼き殺す祭具……ウィッカーマンなのだ。


 ウィッカーマン内で弱々しく呻く囚人達を余所よそに、うららはルンルンとした足取りで巨大鬼の背中に付随ふずいしている階段を登る。


 そして彼女は、巨大鬼の胸部へと収まった――。





 炸裂、◯◯チ! その一 了

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