帝劇の怪人 その七
一九二〇年六月 帝都丸の内 帝都劇場
◇
ここ一週間 万媚は現れていないものの、伊藤は引き続き劇場関係者の監視任務に就いていた。
但し目ぼしい役員達は全員連れ去られていた為、残りは劇場支配人だけである。
劇場支配人が劇場から出て来ると伊藤も尾行を開始した。
尾行対象が
『イトウ、直ぐにバイオアーマーを装着しろ!
ヤツが来るっ!』
伊藤が慌てて
宮森と連絡を取るべく、明日二郎が
『万媚のヤツが出やがったゼ。
イトウはバイオアーマー装着済みだ。
どうするミヤモリ?』
『そっちの位置は捕捉した。
不用意に近付かず、万媚の行き先を確認するだけにしてくれ。
くれぐれも自分が向かう迄は無理しないように』
『了解っすー』
『ロジャー!』
両人からの返信後、宮森も
彼は直ぐさま両腕から蜘蛛糸を発射し、摩天楼の
◇
明日二郎と宮森との会話中、万媚は奇異な行動を取る。
劇場支配人を捕縛する寸前で止めたのだ。
捕縛されようとしていた事すら知らない劇場支配人が離れると、万媚は物陰に隠れ能面の下の目を閉じる。
すると、袋帯の柄である筈の目玉模様が一斉に伊藤の方を向いた。
⦅この距離で見付かったってのか⁈⦆
伊藤が気付くももう遅い。
万媚は裾から幾本もの手足を這い出させ
伊藤も両踵部
丸の内に戻って来た所で追い着かれてしまった伊藤。
観念した彼は両拳を握り、戦闘に備える。
万媚は鉤爪を一本づつ伸ばし、退路を制限しつつ伊藤を追い詰めて行った。
伊藤が無理矢理接近しようにも、鉤爪での
幾度かの応酬で両下膊、両踵部の
隠し持っていたサベージM1907を取り出し射撃を試みた。
しかし、サベージM1907は何の音も発さずその役目を終える。
サベージM1907を鉤爪一本で貫いた万媚は、明後日の方向に顔を向け呟いた。
「いらっしゃったようですね……」
万媚が顔を向けた先には、ビルディング壁面に蜘蛛糸を貼り付け
『伊藤 君無事かい?』
『一応生きてはいますけどっ!』
上司の救援に安堵したのも束の間、万媚の鉤爪が再び襲って来る。
伊藤は
「しまっ……うああああああぁぁっ⁈」
黒い
自慢の黒髪をビル風に
彼女は、伊藤の
「今夜は貴方に御会いしたく
宜しければ御話を……」
「では彼を放して下さい」
宮森の
「おわっ⁈
いってーなっ!
もっと上品に降ろせねーのかよ……」
万媚の長髪に放り投げられた伊藤は、受け身を取れず
そんな伊藤には見向きもせず、宮森へと語り掛ける万媚。
「六月二三日午前
その車両で夢幻座公演会場まで御案内いたします。
目立つ車体ですから、間違える事はないでしょう」
「随分と丁重なお持て成しですね。
余程カネが余っていると見える。
しかし、もしそれに乗らなかった場合はどうなるのです?」
「夢幻座公演会場までは辿り着けないでしょう。
それこそ永遠に……」
あくまでも
「……その特別列車とやらに乗るしかないようですね。
で、誘拐した方々は公演会場にいらっしゃるのですか?」
「それはどうでしょう。
でも、貴方方の求めるものはソコにあると思いますよ。
ですが、特別列車の切符は三枚のみ。
その三人とは、貴方とそこの尻餅をついた方。
そして、
「と云う事は、比星 一族に関係が有ると云う事ですね。
他に条件は?」
万媚は面を着けたままだが、その
「くれぐれも瑠璃家宮 殿下とその
約束が
「今日一郎を人質に取るとはね……。
解りました。
必ず澄さんを連れて公演会場に行く事を約束します。
確認しますが、澄さんに危険は無いんですね?」
「ええ。
但し、澄 様が反抗されなければの話ですけど……」
「反抗したくなる何かが有ると云う事ですね。
覚悟はしておきましょう」
敵同士であり乍ら理性的に会話する両人は、舞台上で演じる役者の如く
「では、六月二三日の午前零時東京駅発、夢幻座公演会場行きの特別列車に御乗り下さい。
私は夢幻座にて御待ちしておりますので。
それでは暫しのお別れです。
可愛い怪人さん……」
万媚が再び夜に
彼の手には、いつの間にか壊れたオペラグラスが握られている。
同じく
「宮森さんソレ、さっき壊れたんすか?」
「いや、コレは違う。
違うんだ……」
壊れたオペラグラスを握りしめた宮森は、誰にも悟られないよう心奥で呟く。
⦅術を掛けておき乍ら肝心な時に使えないとはね。
結局自分は、
万媚の真偽を確かめる事に
その摩天楼は彼の心情を
◇
帝劇の怪人 その七 了
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