〈深き者共〉競艇 その五

 一九二〇年四月 帝都 地下競艇会場





 予選初日



 伊藤は〈深き者共ディープワンズ〉の能力表を思い浮かべ作戦を練っていた。


⦅外尾の能力は、出足が☆☆☆星三つに行き足が☆☆☆☆星四つ

 伸び足が☆☆☆星三つで回り足が☆☆☆星三つ

 加速のみ平均以上で、後は可もなく不可も無し。

 伸び足は平均なんで、外から一着を狙うのは現実的じゃねえな。

 勝つには内からの逃げしかねえ⦆


 各展示走行が終わり、遂に各艇が係留所ピットから離れ開始スタート枠争いに入る。


 誰も枠を譲らなかったため変更なし。

 これを〖枠なり進入〗と呼ぶ。


 各選手も大時計を注視し、開始線スタートラインに向け加速開始。


 大時計の白針と黄針が重なり開始スタートを告げる……前に、先走った四号艇が焦って開始線スタートラインを割った。

 これで四号艇は不正出発で失格となる。


 残り五艇での闘いとなるが、これがどう影響するのか。


 伊藤は枠の有利と外尾の性能を活かし、第一旋回目印ターンマークを先頭で旋回ターン

 その後も終始安定した走りを見せ〖逃げ〗で一着。


 例のやる気なし選手……宮森は、六枠ながらも差しを繰り返し三着で終着ゴールした。

 宮森の実力か、将又はたまた曳航〈深き者共ディープワンズ〉の性能か。

 判然としないまま予選一日目は幕を閉じる。





 処刑場となった職員待機区画スタッフエリアでは、ふたりの作業員が後片付けをしていた。


 を袋に入れつつ、壮年作業員が嬉しそうに呟く。


「ウ~ン、中々ニ健康的ナ胆嚢たんのうデスネ。

 ア、コノ虫垂ちゅうすいモ使エソウダ♪」


「いつもの癖、出てますよ。

 ちょろまかそうなんて思わないで下さいね。

 いつばれるか判らないんですから……」


「大丈夫デスヨ。

 コノ護謨覆面ゴムマスクハ、私ガ改良ニ改良ヲ重ネタ物ナノデスカラネ。

 見付カリッコナイデス。

 流石ニかつらノ部分ハレマスケドネ。

 ソレヨリ、播衛門ばんえもんサンノ手筈てはずハ?」


「連絡はまだですね。

 やっぱり、水中で闘える新しい幻魔、なんて無理難題をけしかけたからじゃないですか?

 まあ、あの方は転移術が使えますから来る時は一瞬でしょうけど……」


 年少作業員がそう言いくくると、彼らは食べがらの入った袋を携えこの場を後にした――。





 予選二日目



 二日目も午前中は予行演習に当てられ、午後からの競技レースとなる。

 昨日と競技レースの順番は異なり、今日は二組からの開始。

 伊藤は四組なので、出番は三戦目だ。


 二組は昨日ひとりが処刑された為、五枠での闘いとなる。

 結果は、四号艇の勝俣が慣れた手際で〖まくり〗を決め一着。


 捲りとは、二枠より外側から開始スタートした艇が一周目第一旋回目印ターンマークで内の艇を外から抜き、その後も抜かれずに勝つ決まり手の事。

 二着は若本で、前日と同じく内側インを攻めての勝利。


 二戦目は混戦模様となるものの、吹越が相変わらずの曲芸アクロバットで観客の度肝を抜いた。

 結果、吹越は二着へと落ち着く。

 どうやら操艇のコツを掴んだらしい。


 三戦目は四組。


 伊藤は昨日の艇枠入札で六百円(現在の貨幣価値で約二百四十万円)吐き出したが、他の参加者も必死だったようで取れたのは四枠。

 曳行〈深き者共ディープワンズ〉は昨日と同じ外尾。


 四枠と云う外尾には向かない枠だからこそ、伊藤は何とか開始スタート枠争いを制したい。

 まだ二日目と云う事で他の参加者達も慣れない中、伊藤はかなりの速度で三、二、一号艇を抜き前に出た。


 この戦法は〖前付まえづけ〗と呼ばれるもので、内側経路インコースを取れる代わりに助走距離が短くなる欠点を持つ。

 但し伊藤には勝算が有った。


⦅外尾は加速性能に優れた外鰯そといわし型。

 助走距離の短さは補える……⦆


 伊藤の目論見もくろみは功を奏し、一周目第一旋回目印ターンマークの攻防で先頭トップに立つ。

 そのまま順調に先頭トップを維持し周回する伊藤だったが、三週目終着ゴール間近の第二旋回目印ターンマークで悲劇が起こった。

 伊藤への〖差し〗を狙った一号艇の〈深き者共ディープワンズ〉が、あろう事か伊藤の艇を曳行していた外尾を文字通りてしまったのである。


 それと云うのも、一号艇を曳行していた〈深き者共ディープワンズ〉は駄津だつ型で光に敏感な性質を持っていた。

 この競艇会場は地下に在る為、照明の当たった伊藤の艇に反応してしまったのだろう。

 駄津型が無理に本能を抑えようとした結果、艇を曳行していた外尾に突進してしまい怪我を負わせてしまった。


 その結果、五号艇は暴力行為を取られ失格。

 暴力行為は千円(現在の貨幣価値で約四百万円)の罰金なので、残高が底を突いた五号艇の選手は犠牲者に早変わり、と相成った。


 曳行〈深き者共ディープワンズ〉を失った伊藤は、終着ゴール不能とみなされ失格。

 それだけならまだ良かったが、外尾が戦線離脱を余儀なくされてしまった。

 この場合、外尾の入札に使った金額は返還されない。


 この競技レースでは守宮……宮森が、一着で終着ゴールを決めた。


[註*駄津だつ=ダツ目ダツ科に分類される魚の総称で、英名はニードルフィッシュ。

 両顎が細長く尖るのが特徴的で、食用魚でもある。

 光に向かい突進する性質を持つ事から、死亡事故も発生している。

 沖縄の漁師間では鮫より恐れられているとか。

 もし駄津にぶっ刺されたら抜かずに病院へ行くべし!]


 三戦目で外尾の負傷と云う波乱は有ったが、四戦目は前日と同じ顔ぶれが上位に並ぶ。

 最速の〈深き者共ディープワンズ〉を保有する梶原が二着で、彼を抑え一着を取ったのは玉島。


 玉島が競技に駆り出したのは魳鰆カマスサワラ型〈深き者共ディープワンズ〉だが、昨日とは別個体である。

 彼女は昨日の入札会で魳鰆型を新たに雇い、今日の競技レースに駆り出したのだ。


 玉島の目論見もくろみとしては、曳行〈深き者共ディープワンズ〉を疲労の無い状態で使いたいのかも知れない。

 また同種の〈深き者共ディープワンズ〉を雇用する事で、種族ごとの癖に悩まされない操艇を可能としているようだ。


 予選二日目ともなると、競艇選手に向いている債務者が自ずと浮かび上がって来る。

 当然向かない者もいるようで、一組からもひとり脱落者が出た。





〈深き者共〉競艇 その五 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る