〈深き者共〉競艇 その六
一九二〇年四月 帝都 地下競艇会場
◇
予選三日目
今日は海側からの風が強い。
第一
三組から
吹越には余程の才が有るのか、
二戦目は伊藤の属する四組。
昨日ひとり処刑されたので、五枠での
昨日は外尾の負傷のため着外だった伊藤。
自身の過失ではないので罰金こそ科せられなかったものの、入札金不足が祟り新しい〈
従って、曳行〈
その代わりと云っては何だが、艇枠入札では賞金を殆ど使い一枠を確保する。
他の参加者も昨日で入札準備金を大きく減らしていた為、四着以下の罰金を警戒して守りに入ったのだろう。
入札金をほぼ使い果たしもう後が無い伊藤は、四着以下で処刑が確定する。
自らの死が間近に迫る中、彼は
伊藤は
今日は海からの強い風が吹いており、各艇は調子のいい
伊藤はこれからの戦況を予測する。
⦅三好の能力は、出足が
伸び足が
伸び足が悪いので外からは無理だな。
勝つ可能性があるとすれば、内に入って逃げ切るしかない。
一枠は取れたが、残念ながら行き足が平均より下だ。
ちょっとでも油断すればあっという間に抜かれちまうだろう。
けど、この強風を利用すればあの作戦が使える。
失敗したらどのみち死ぬんだ。
やれるだけやってやるぜ!⦆
三好は加速性能が悪く、後続の艇に次々と抜かれて行く。
しかし、最も重要な一周目第一
追い風を受け
これを受け、他の艇はかなりの減速を強いられた。
だが、全く減速せず第一
伊藤の駆る一号艇だ。
一号艇斜め後方を走っていた宮森は、伊藤 達の企みに気付く。
⦅曳行していた〈深き者共〉が居ない……。
まさか艇と繋いでいる
いや違う。
まさか艇底に⁈⦆
伊藤はこの強風の中、あろう事か艇の上で立ち上がった。
そして、身体を限界まで艇の左側に傾けて
風が吹き
その答えは三好に有る。
三好は
この胸鰭の機能で、葦登は川底の石や護岸に貼り付く事が出来る。
そして三好は
今
しかし
確かに三好の身体が水中で逆さになると云う
しかし艇には
伊藤は
直線に入った所で、自身の作戦を心中で思い返す。
⦅三組の吹越って野郎、軽業師みてえに艇の上でおどけてやがった。
それでこの方法を思い付いたぜ。
三好の御蔭で艇の安定感は抜群。
しかも海からの強い追い風で、速度を上げ過ぎた奴から回り切れずブッ飛んで行く。
我ながら上手い作戦だぜ!⦆
伊藤の使ったこの旋回術は、後の競艇で〖モンキーターン〗と呼ばれる事となる。
伊藤は
焦った他の艇は速度を上げるも、結局
結果、転覆しなかったのは伊藤を含め三艇。
前代未聞の方法で一着を勝ち取った伊藤に、
宮森は堅実な操艇で二着。
伊藤が
三戦目は一組。
梶原は昨日の入札で
恐らくは芭蕉梶木型〈
反面艇枠には全く頓着が無いようで、最も外側の五枠から
そして大健闘のすえ二着。
一着は昨日と同じく玉島。
彼女は昨日の入札会で又もや魳鰆型〈
そう、雇い入れた三体全てが同種族なのだ。
彼女は今日も新しい個体で
四戦目は二組。
注目株の若本は勝俣の〖
捲り差しとは、一周目第一
高度な操艇技術と大胆な判断力が必要とされるこの決まり手は、勝俣の確かな実力を物語っている。
ここでも転覆による失格があり、その後処刑と相成った。
これで三日目は終了。
明日の予選最終日を迎える。
◇
予選四日目
予選最終日の今日も海風が強い。
伊藤が艇枠入札に使った額は百円(現在の貨幣価値で約四十万円)と云う少額だったが、殆どの債務者が金欠に
昨日の走法を使えば、一着も充分に射程圏内である。
そして
伊藤は得意のモンキーターンを駆使して順調に順位を上げた。
ニ周目には
「おい三好、左に傾き過ぎだぞ!
右に戻さねえと転……」
三周目第二
敢え無く失格となった。
失格を取られた伊藤は五百円(現在の貨幣価値で約二百万円)の罰金を科され、残金百円(現在の貨幣価値で約四十万円)に落ち込む。
まさに風前の
準決勝行きが決定した。
続けて一組による第二
結果は梶原が一着。
玉島が二着だった。
玉島は艇枠入札で一枠を取得し、予選初日に使った個体を再び起用する。
疲労の無い曳行〈
玉島は体重が軽く艇が流されてしまっていたが、体重の重い梶原は強風をものともせずに突き進めたからである。
梶原は特に
このように
続けて二組による第三戦。
風を的確に読む事が出来る上に一枠を取った勝俣だが、若本が自身の艇を曳行する飛魚型〈
若本は追い風の際に飛魚型〈
この方法は水の抵抗を極限まで減衰させる事が出来、
そして、先頭を走っていた勝俣を三周目で華麗に抜き去った。
若本が行なったこの旋回法は、後の競艇では〖ウィリーターン〗と呼ばれる。
どうやら若本には、競艇選手として
予選最終
ここでは吹越が本領を発揮する。
吹越は艇枠に恵まれず五枠からの
勝因の一つは、今回吹越の艇を曳行した
体格が良く潮流をものともしない特性と、高い遊泳速度を併せ持っているからである。
[註*
シルバーキングの愛称でも知られ、スポーツフィッシングの対象魚として人気がある。
体長二五〇センチメートル、体重一六一キログラムの個体が確認されているが、体重二〇〇キログラム越えの超巨大個体の噂も]
これにて予選が終了。
各組の有力選手は順当に準決勝へと進んだ。
伊藤の獲得賞金総額は二千四百円(現在の貨幣価値で約九百六十万円)で無事準決勝行きが決定したものの、
◇
〈深き者共〉競艇 その六 了
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