ザ・ランブルクリーチャー その六

 一九二〇年四月 帝都 地下競艇会場 観覧席





 宮森が競艇会場を見下ろすと、そこはまさに混乱の坩堝るつぼだった。

 賓客達の避難は完了したものの、選手達はおろか職員までも自由勝手に逃げ惑うので収拾が付かない。


 ここまで何とか平静を保って来た宮森だったが、脳中の居候いそうろうからの報告で頭が破裂しそうになる。


『おいミヤモリ!

 海側からなんか近付いて来てんぞ。

 それも結構な数だ』


『瑠璃家宮が昨日言っていた奴か。

 明日二郎、特定は出来るかい?』


『もうやってる。

〈深き者共〉も居るけど少数だな。

 大半はクジラやイルカだと思う。

 それと……どっちつかずの変なヤツも混じってるな』


『〈深き者共〉の長である益男のくびきから解き放たれた〈深き者共〉……。

 後、どっちつかずとは何だ?』


 いま宮森が会話している明日二郎は、去年 今日一郎が倒れた際に維婁馬の精神世界に現れたモノではない。

 維婁馬が大昇帝 派に連れ去られた後、暫くして生成されたである。

 幻魔である事に変わりは無いが、維婁馬により記憶と感情の調整がなされているので今の所は無害だ。


 階下では瑠璃家宮が戦闘中。

 宮森の顔を模した護謨覆面ゴムマスクが破損している可能性も有り得る。

 瑠璃家宮の状況によって着脱できるよう、宮森は再度 瑠璃家宮覆面マスクを被った。


 その後は思考と感覚の高速化クロックアップも発動した宮森。

 サベージM1907を構え、海側放水路へと向かう。





 一九二〇年四月 帝都 地下競艇会場 海側放水路





 海側放水路は御多分に漏れず巨大な施設だ。

 帝都地下施設からの排水が主な用途だが、発電に利用されているとの噂も有る。


 宮森が海側放水路へと続く通路に入ると、複数の〈深き者共ディープワンズ〉が鯉の滝登り宜しく遡上そじょうしている所だった。

 宮森は沈黙を貫き、そのまま競艇会場へと素通りさせる。


 そして、〈深き者共ディープワンズ〉の後方から来る魚群を詳細に精査スキャンした。


⦅鯨に海豚いるかに、あれは……逆叉さかまたしゃち)と呼ばれる海生哺乳類だろうか?

 どの個体も、音波で状況を把握したり仲間と連絡を取っている。

 益男が探知したと云うのはこれだな……⦆


 ここで、明日二郎から音波測定の結果が報告される。


『ミヤモリ、あいつら会話音の他にも音だしてるみてーよ。

 何が目的なのかは解らんが、とにかく耳障りだ。

 多分、マスオが〈深き者共〉に対して放射してる支配音波をカクランする為じゃねーかな?』


『なるほどね。

 で、さっき言ってた「どっちつかず」とは何だい?』


『特定の邪霊が人間ヒトに定着して〈ショゴス〉と融合したのが〈深き者共〉だろ。

 だからあくまでも人間ヒトがベースで、そっから変異する訳だ。

 で、「どっちつかず」さんはどうも人間ヒトベースじゃないようなのよ。

 詳しくは本人に訊くしかねーな。

 今んとこ近くには誰もいねー。

 チャンスだぞ!』


ダゴン益男〉の支配を受けない特性と人間ヒト土台ベースの〈深き者共ディープワンズ〉とは違う来歴に興味津々の宮森。

 もしそれが本当なら、いざ九頭竜会を相手取る際の切り札になる。


 宮森は賭けに出た。


『この通信は聞こえているか?

 もし聞こえているのなら、君達と交信したい。

 君達が〈深き者共〉の長の支配を受けていないのは解っている』


 ややあって、例の『どっちつかず』から返答が有った。


『誰だ?

 同胞達の侵入をとがめない所を見ると、九頭竜会の人間ではないようだが?』


『自分は宮森と云う。

 九頭竜会の人間だが、奴らのやり方には反感を覚えている。

 良ければ君と話をしたい。

 名前を教えて貰えると助かるんだけど……』


『今のところ信用できないので控えさせて貰う。

 もし信用を得たければ、ボクの言う通りにしろ。

 それが出来ないのならこの話は無しだ』


『解った。

 出来得る限り言う通りにしよう』


『今からボク達は競艇会場に押し入り仲間達を救出する。

 その邪魔をするな。

 お前は九頭竜会の人間らしいので、こちらを阻止する振りぐらいは許す。

 だけど、本気で邪魔をしたとボクが判断した時点で、敵性目標と認識するからその積もりで。

 では、ボク達は行動に移る……』


はぐれ深き者共ストレイディープワンズ〉が行動を再開したと同時に、明日二郎からの緊急警報エマージェンシーアラートが鳴り渡った。


『ミヤモリ、誰か来るぞ!

 しかもふたり!

 一階からは、準決勝に出てたイトウって奴だ。

 何故か〈深き者共ディープワンズ〉の死体を引き摺ってる。

 恐らく鰐人間にやられたんだろうな。

 もうひとりは二階の観覧席に居るぜ。

 競艇会場に氷張った外法衆の奴だ!』


 外法衆の接近を知った宮森は、戦闘準備を整え迎撃に向かう。





 ザ・ランブルクリーチャー その六 了

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