〈深き者共〉競艇 その三

 一九二〇年四月 帝都 地下施設 式場広間セレモニーホール





 夕食を終えた債務者達は、昨日説明会が有った会議室よりも広い式場広間セレモニーホールへと連行される。

 明日の艇枠と、艇を曳行する〈深き者共ディープワンズ〉の入札を行なう為だ。


 壇上には戸根川が立ち、携帯型電子拡声器ポータブルメガホンを使用して債務者達に呼び掛ける。


「ではこれより組分け抽選を行なう。

 名前を呼ばれた順に箱からくじを引け」


 債務者達が籤を引き終わる。

 伊藤は四組。


 戸根川が合図すると、大勢の者達が続々と入室した。

 彼らも服の前後に名前が書かれているが、債務者達と違う点は番号も記してある事。


 その番号は、競艇会場で配られた〈深き者共ディープワンズ〉の能力表と呼応している。

 詰まり彼らは、変異前の〈深き者共ディープワンズ〉なのだ。


 戸根川の合図で、債務者達と〈深き者共ディープワンズ〉との会話が解禁される。


 直ぐさま三好に声を掛ける伊藤。


「三好!

 俺だ。

 伊藤だよ!

 判るか?」


「先輩?

 伊藤 先輩っすか?

 良かった。

 生きてたんすね。

 俺、治験に参加して魚の化けもんにされたみたいっす……」


「お前も大変だったな。

 生物研究班だったか。

 そいつらに変な事されたみてえだけど、身体の調子はどうだ?」


「俺は特になんともないっすけど、一緒に参加した奴らは全員死んだっぽいんすよね……。

 いま残ってる人達は俺と似たような境遇の人達ばっかなんで、仲良くさせて貰ってます。

 ダチも出来ましたし……」


「そうか、そんな事が……。

 でもよ、ダチも出来て良かったじゃねえか。

 お前がひとりじゃなくて安心したぜ。

 それでだ三好、明日からの競技、俺に協力してくれないか?」


「もちろんすよ!」


 伊藤が三好の快諾かいだくを得た所で交渉時間が終了。

 債務者達は壁側の記載室へと促される。


 記載室は隣が見えないよう完全に区切られており、各入札金額の記入紙と筆記用具が置かれてあった。


 艇枠入札は単純に金額を記入するだけ。

 高い金額を付けた者から希望の艇枠を選ぶ。

 同額の場合は抽選だ。


 競艇は一号艇、二号艇が内側経路インコースを取り易く非常に有利。

 ここで奮発して一枠、二枠を狙うか、艇を曳く〈深き者共ディープワンズ〉につぎ込むか。

 四着以下の罰金も考慮しなければならないので、結構な悩みどころである。


 一組から順に入札用紙を投票すると、係員が開票し艇枠が次々と決定された。


 伊藤はここで九百円(現在の貨幣価値で約三百六十万円)を投じる。

 かなりの額だが、ここで吝嗇けちって四着以下になる訳には行かないと思ったのだろう。


 無事一枠を取った伊藤は、曳行〈深き者共ディープワンズ〉の入札に入った。

 伊藤は前もって渡されていた〈深き者共ディープワンズ〉の能力表を眺め、各個体を吟味ぎんみする。


 能力表には身長体重性別の他、遊泳能力が表記されていた。

 以下がその能力説明である。



出足であし:泳ぎ出しの初速 この値が高いほど重量物を引っ張る力が強い


き足:初速から最高速に達するまでの中間速 この値が高いほど減速後の立て直しが容易


び足:加速しきった後の最高速 この値が高いほど直線で力を発揮できる


■回り足:旋回性能 この値が高いほど小回りが利く


■評価:印が多いほど高性能 最高は五個



 以上の要素から、これからの展望を反芻はんすうする伊藤。


⦅能力評価を見る限り、三好の遊泳性能は低い。

 問題なく雇えるだろう。

 それにしてもこの大槻おおつきって〈深き者共〉。

 ハンチョーと同じ名字で顔も似てるな。

 でも、六尺(一八一センチメートル強)越えのハンチョーよりずいぶんと小柄だな。

 きっと別人だろう……⦆


 ここで伊藤が言及したハンチョーは彼や三好の上司に当たる人物で、昨年七月の〈食屍鬼グール〉襲撃事件に巻き込まれた。

 伊藤は彼の死体を見ていない為、大槻がどうなったのかは知るよしも無い……。


 曳航〈深き者共ディープワンズ〉雇用の方は、希望の個体に金額を記入する方式。

 同額の場合は、入札した者達で決着が着くまでり争う。


 艇枠入札でかなりの金額を消費した伊藤。

 彼は節約を兼ねたのか、たった一円(現在の貨幣価値で約四千円)で三好を競り落とした……。


深き者共ディープワンズ〉は三体まで雇い入れる事が可能。

 伊藤は二体目の入札に臨むが、借金額が災いして有力な個体は他の債務者達に落札されてしまう。

 結局 伊藤は千円(現在の貨幣価値で約四百万円)をはたき、外鰯そといわし型の男性個体である外尾ほかおを雇った。


[註*外鰯そといわし真鰯まいわし潤目鰯うるめいわし片口鰯かたくちいわしとは別種。

 小骨が非常に多く食用には向かない]


 曳行〈深き者共ディープワンズ〉の入札が終了すると、債務者達と〈深き者共ディープワンズ〉との会話時間が再び設けられた。


 伊藤も雇用したふたりに話し掛ける。


「一つ気になるんだけど、あんたら〈深き者共〉はどういう命令を受けて参加してるんだ?」


 伊藤の質問には外尾が答える。


「いい成績を残せたらおカネを貰えると言われたんだな。

 そのおカネで、好みのオアイテを買うんだな」


「外尾さんだったか。

 で、好みのオアイテって何?」


「種付けのオアイテなんだな。

 僕ちん含め、〈深き者共〉には人間と交配したい奴がいっぱいいるんだな」


「種付けに交配って。

 ナニするやつ……なの?」


「そうなんだな。

 僕ちんら〈深き者共〉は貴重みたいで、増やす為にもオアイテを用意してくれるんだな。

 僕ちんは小っちゃい子が大好きで、是非オアイテに欲しいんだな。

 ぐへへへへ……」


「よ、幼女と交配しても子供は出来ない……よな?」


「別に構わないんだな。

 僕ちんの趣味なだけだし!」


「そ、そうかよ……」


 今は人間態の外尾だが、〈深き者共〉としての姿はまさしく異形である。

 その異形が幼女を組み敷いて無理やり交配する様を想像してしまった伊藤。

 自然と胸焼けしてしまった心情を切り替える為、三好に質問を振る。


「あんたらに賞金は出ないのか?」


「出ません。

 俺達は九頭竜会から安全と生活を保証して貰ってるんすよ。

 それが給料みたいなもんなんで、稼ぐには競技に出るか実験台になるかしかないっすねえ……」


「じ、実験台?」


 伊藤が驚くと、戸根川が携帯型電子拡声器ポータブルメガホンで再び会場に呼び掛ける。


「債務者達に告げる。

〈深き者共〉との契約は一方的なものではない。

 雇い入れた〈深き者共〉に不満がある場合解雇できるのは勿論だが、それは〈深き者共〉も同じだ。

 勝つ見込み無しと判断された時や債務者から提示する報奨金の額に満足しなかった場合、〈深き者共〉は債務者との契約を一方的に打ち切る事が出来る。

 その場合、〈深き者共〉は雇われる際に得た入札金と同額を債務者に支払わねばならない。

 一旦契約が白紙になった〈深き者共〉は、再度入札に参加できるから憶えておけ」


 これは詰まり、〈深き者共〉は債務者側を裏切れると云う事に他ならない……。


 この構造に気付いた伊藤は、三好と外尾に報奨金額を明示した。


「俺は獲得できた賞金の半額を出すぜ。

 それでいいか?」


「もちろんすよ。

 俺と先輩の仲じゃないっすか。

 能力の低い俺にも機会をくれて嬉しいっす!

 じゃ、俺はこれで」


 三好はそう言い残し、別の〈深き者共ディープワンズ〉の許へと向かった。

 恐らくは、三好の言っていた友達だろう。


「外尾さんもよろしく頼むぜ!」


「任せてくれなんだな。

 幼女との交配の為に頑張るんだな!」


 一部不穏な決意表明ではあったが、伊藤は明日からの予選に臨む。





〈深き者共〉競艇 その三 了

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