債務者の行方 その二
一九二〇年四月 関東某所 待機寮
◇
この国で一般人が近付けない土地は、その殆どが九頭竜会関係だと思っていい。
そんな土地の一画に、伊藤が収容されている待機寮は有った。
外観は木造建築の大きな長屋と云った風情である。
遠目から眺めると建屋が整然と並んでいるのが判り、刑務所と同等の威圧感を放っていた。
収容されている債務者達の部屋は、タコ
理由は脱走防止の他、いずれ行われる見世物で競合する彼らを事前に争わせない為だ。
又、債務者には当然女性も含まれるので男女間での
そを避ける為、生活空間を男女で分けていた。
[註*タコ
収容という表現の通り、労働者は監禁、拘束状態におかれ、非人道的扱いを受けていた]
債務者は監視員からの訪問を受け、手錠され建屋外に出される。
伊藤を含め六名程の債務者が居るようだ。
うちひとりは女性。
債務者達が着ている服の前後には、名前の書かれた布が大きく縫い付けてある。
女性債務者のゼッケンには、
玉島は身長こそ日本人女性平均だが、山あり谷ありの肢体は否応なく色気を振り撒いていた。
施設従業員達の
余りにも玉島が
だが、その逆に怪しんでもいた。
あの容姿ならば、彼女を買う者など引く手
待機寮玄関前には数台の
軍服を着ていない彼らは九頭竜会の私兵で、元軍人や元警官が多数を占めていた。
主な任務は、移送、要人警護、施設警備である。
伊藤を含む債務者達と監視員を兼ねた傭兵を荷台に載せ、
荷台では、監視員が債務者達の頭に手拭いを巻いて目隠しする。
行き先を特定させない為だろう。
◇
一九二〇年四月 帝都 地下施設
◇
伊藤 達は帝都地下に設けられた秘密施設に移送された。
内壁は
目隠しと手錠を外された債務者達は、用足しの休憩時間を与えられた。
その後は手錠のみを付けられ移動を命じられる。
通路には続々と手錠付きが流れて来た。
どうやら、他の待機寮からも債務者達が集められているらしい。
彼らの行き先は、この施設の中央棟会議室だ。
会議室内は
講壇横には台が置かれ、その上には
異様なのは、講壇とその付近の床に
入室した債務者の人数は、男性十八人、女性六人の合計二十四人。
債務者達が着席し警備兵が持ち場に付くと、背広姿の男が壇上に立つ。
伊藤の担当官、戸根川だ。
戸根川が一席ぶつ。
「管理官の戸根川だ。
お前達にやって貰う見世物が決まったので、私が代表して説明する。
その前に注意点を言うぞ。
二度とは言わんから良く聞いておけ。
この場、この施設より脱走を企てた者は、捕縛の後公開処刑に処す」
債務者達がザワつくが、どこ吹く風で続ける戸根川。
「この場、施設内、見世物を行なう会場も含め、職員や他の債務者に暴力を振るった者は、治療費に加え千円(現在の貨幣価値で約四百万円)の罰金。
職員や他の債務者を買収、
各施設の備品を故意に損壊させた者は、損壊させた設備代金と五百円(現在の貨幣価値で約二百万円)の罰金。
この時点で質問はあるか?」
戸根川の問い掛けに、女性債務者の
彼女は日本人女性平均より高い上背の持ち主で、明るい赤みを帯びた髪色と、アフロヘアーに近い
いかにも気の強そうな
「罰金、て何さ?
アタイらはとっくにオケラなんだよ。
どこをどうすりゃカネが湧くっていうんだい?」
「
罰金については後で詳しく説明する。
で、今回お前達にやって貰う見世物は、『
競艇、との単語に聞き覚えが無いのだろう、大半の債務者が頭を捻っている。
「キョウテイ、ってなんだい?」
「聞いた事ねぇ……」
債務者達の混乱ぶりを見た戸根川が説明する。
「競艇とは、早い話が
舟漕ぎ競争と聞いて、調子のいい口調の男性債務者が自身を
「わしゃ元船乗りだ。
わしの優勝は決まったも同然
「元船乗りに勝てるわけねえだろ!
不平等だ!」
「そうよ!
女の私が男に敵うわけないじゃない!」
不平不満が出始めた所で介入する戸根川。
「
お前達は、乗る舟を自身で漕ぐ事は出来ない。
又、原動機(エンジン)などの機械を使う訳でもない……」
「それじゃあどうやって舟漕ぐんだ?」
「化け物に
「化けもん?
あんた頭がどうかしてるんじゃねえのか?」
「そりゃ楽でいいや!
おまけに化けもんまで拝めるたあ、
債務者達が困惑し一部失笑している中、戸根川の表情は至って真面目である。
戸根川が職員に合図すると、席に着いている債務者達とは違う雰囲気の者達が入室する。
黒板前に並び立った男女の眼はどこか
彼らの姿を見て思わず叫んでしまった伊藤。
「
おまえ三好だろ⁈
良かった、死んでなかったんだな!」
「話し掛けても無駄だ。
今こいつらには特殊な措置を施し、お前達の声が届かないようにしてある。
これ以上こいつらに話し掛けると罰金を科すぞ」
戸根川の
三好とは、伊藤と同じ班で土木工事員をやっていた男性債務者だ。
伊藤より年若く素直なので、伊藤は後輩として可愛がっていたのである。
そんな三好も、昨年七月に起こった〈
伊藤を黙らせた戸根川が命じると、職員は蓄音機の
その喇叭管から
「ラa六らA6ラa六らA6ラa六らA6♪」
「A6ラa六らA6ラa六らA6ラa六ら♪」
「6らa六ラA6らa六ラA6らa六ラA♪」
その歌声は綾……〈イダ゠ヤー〉のモノ。
歌声に含まれる邪悪な成分が、黒板前に並ぶ者達の
債務者達の目前で彼らは、〈
黒板前には
中には大量の粘液を分泌させる個体もいて、床の
「な、何じゃありゃあ!」
「気持ち悪い……」
「お、
「三好……お前……」
当の三好は目玉が肥大化し、口元がだらしなく歪む。
それに暑いのか、着ていた
三好はどうやら、
[註*
最大の特徴は吸盤状に発達した
◇
債務者の行方 その二 了
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