第四節 債務者の行方
債務者の行方 その一
一九二〇年三月 帝居地下 治療施設
◇
昨年、比星 今日一郎が運び込まれ一命を取り留めた帝居地下の治療施設には、ある人物が軟禁状態で収容されていた。
名は【
二十歳を過ぎたばかりの年若い男で、九頭竜会が囲っている土木作業員である。
彼は昨年七月に起きた〈
然も、〈
その際 伊藤は腹部に大きな裂傷を負い、治療と実験を兼ねた
伊藤の居住している病室に、担当医療班の面々が顔を出した。
医療班の班長を務める武藤が声を掛ける。
「おはよう伊藤 君。
今日の調子はどうだね?」
「別に、いつもと変わんねーっす」
「では、
入院着を
彼の腹部には、長く細かい縫い跡が横断していた。
武藤はその
「さすが私だね。
二十針以上も縫ったのに皮膚の引き
武藤の自画自賛に
このやり取りに慣れっこなのか、ピクリともせずに伊藤が問う。
「武藤 先生、俺いつ仕事に戻れんすか?」
「一応これから検査を受けて貰うが、恐らく問題は無いだろう。
君の担当官にも報告しておくから、退去準備でもしていてくれ
「化けもんに襲われてから半年弱。
やっとかよ……」
医療班が病室を去ると共に、伊藤も安堵の溜息をついていた。
◇
伊藤が最終検査を終えて数日後、彼の病室に担当官が来訪した。
伊藤が管理官に頭を下げる。
「【
やっぱ俺、もう働けるんすよね?」
「……駄目だ」
「え?
検査結果は問題なしっすよ……」
戸根川は困惑する伊藤を
「伊藤、九頭竜会に対するお前の借金は一万円(現在の貨幣価値で約四千万円)を超えている。
これを返すにはお前の一生だけでは先ず足りん。
よって、これから二つの道を選んで貰う」
「そんな!
俺の借金は三百円(現在の貨幣価値で約百二十万円)にも届いてなかったはず。
何でそんなに膨らんでんだよ!」
戸根川は煙草を取り出し火を点けた。
目を細め
「治療代だよ。
お前が化け物に襲われ半死半生だったのを九頭竜会が助けたんだろうが。
それと、今まで食っちゃ寝してた分も
「そんな⁈
俺の方から助けてくれって頼んだんじゃねえのに……」
「関係あるかそんなもん。
今お前が生きてるのはな、全部九頭竜会のお蔭なんだよ」
「無茶苦茶だな……。
いいぜ。
何年かかるか知んねえけど……一万円払ってやらあ!」
逆上した伊藤に戸根川が続ける。
「お前なにか勘違いしているようだな。
お前があと何年作業員として働けるか判らんのに、悠長に返済を待つ筈もなかろう。
だから二つの道を選べと言ったのだ」
「ちっ、今直ぐ払えってか。
なるほど……
程なくして死ぬってんなら、遠慮はいらねえよなあ!」
自暴自棄になったのか、伊藤は戸根川に殴り掛かる。
対する戸根川は煙草を
『ガッ……』
伊藤の拳は戸根川の顔面に届く事はなく、寸前で静止した。
興奮した伊藤はそのまま殴り続けるも、自らの拳を傷付けるだけに終わる。
目を
「何でだ⁈
拳が全然当たらねえぞ……」
「
この程度の案件も収められないようでは、管理官は務まらんからな」
伊藤の拳が当たらなかったのは、戸根川が
そう、戸根川は魔術師なのだ。
格の違いを見せ付けられ意気消沈する伊藤。
「くそっ、気も晴れねえまま死ぬのかよ……」
「最後まで話を聞け馬鹿が。
確かにお前の言った通り、臓器摘出でもカネは作れる。
しかしな、お前の臓器を全て抜き取ったとて返済額には届かんのだよ。
女や子供なら性奴隷として貞操を売る手もあるが……お前は男だし二十歳を超えている。
借金額も多い為それも無理だ。
先ほども言ったが残された道は二つ。
二度とは言わん、良く聴いておけ……」
伊藤は
「一つ目は、九頭竜会の生物研究班が極秘で行なっている治験に参加する事だ。
具体的な内容は明かせんが、致死率は非常に高い。
死ななかったとしても酷い後遺症が残る可能性がある。
その後の人生を考えるとお勧め出来んな」
「酷い後遺症だあ?
それ、借金返済しても生きて行けねえんじゃねえの?」
伊藤が
「だからお勧めはしないと言っている。
二つ目は、九頭竜会が主催している命懸けの見世物に参加する事だ。
参加するだけでも借金は一応チャラになる。
まあ、後の見世物に影響はするがな。
で、生き残る事が出来れば監視付きで自由の身。
どうだ、お前はどちらを選ぶ?」
「……治験にしろ見世物にしろ、命懸けってのは変わらねえ。
なら、見世物の方にしとくぜ……」
「分かった。
ではこれから待機寮へと移送する。
見世物の日程が決まるまではその待機寮で過ごして貰うからな。
ただ、脱走しようなどとは考えるなよ。
掴まり次第、見せしめに処刑されるか実験台にされる。
伊藤は己の前に、希望と絶望の二つの道が続く事をはっきりと自覚した――。
◇
債務者の行方 その一 了
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