長慶子(ちょうげいし) その二
一九一九年八月 帝居 歓談室
◇
この日、多野 教授は瑠璃家宮に
綾の出産予定が来月に迫り、その際の段取りを詰める為である。
「殿下、綾 様の様子はいかがですかな?」
「今の所変わりない。
それよりも其方、傷はもういいのか?」
多野が首筋に巻いた包帯を取ると、そこには小さな
余裕の
「御覧の通りです。
この分だと来月には全快するでしょうな」
「良し。
ならば医師団の備えも万全になる。
綾の出産については問題なかろう。
一つ訊くが、宮森の様子はどうだ?」
多野は若干顔色を濁らせ答える。
「……宮森めの事は判然としませんな。
七夕祭以降、特に変わりなく過ごしているとの事。
今の所、目ぼしい邪霊が定着した様子はありません」
「宮司殿が力添えしたにしては
邪霊は定着しなかったのか、
「若しや、宮森があの方だとお考えで?」
あの方、との言葉を聞いた瑠璃家宮は顔を
「外吮山では余の命を救ってくれた。
可能性が無い訳ではなかろう。
いっその事、〈ショゴス〉を食わせて確かめてみるか……」
「冗談はおよし下さい殿下!
宮森が〈ショゴス〉との融合に失敗すれば、綾 様と御子の御命が危険に
意地悪く笑う瑠璃家宮。
「ははははは、本気にするでない。
そう云えば、長崎の蔵主 社長から例の試作品がもうじき完成すると連絡が入った。
何ぞ有効な使い道は思い付くかね?」
「……そうですな。
適当な標的を探し出して宮森に使わせてみるのも
「ふむ。
それで宮森に邪霊が定着しているかいないか判断すると。
まあ、定着しておらずとも有用な手駒としては使えるか」
ここで多野が一転して神妙な顔付きになる。
何か思う所でも有るのだろうか。
「いま思い付いたのですが、綾 様の
「……なるほどな。
それで宮森の反応を観ると?」
「はい。
もし宮森が我々と同じ神々の系列であるならば、邪霊の定着が叶うか……叶わずとも何らかの反応は有る筈。
それに、〈ショゴス〉と融合させるよりは危険も少ないかと……」
多野からの提案に目を細める瑠璃家宮。
「確かに妙案だ。
礼を言うぞ。
余の子の誕生に加え彼の帰還が叶うとなると、今度こそ完全体への道が開ける……」
瑠璃家宮は不敵な笑みを浮かべ、
◇
一九一九年八月 帝居地下 集中治療室
◆
宮森の幹部昇格儀式から幾日か過ぎた頃、集中治療室には武藤 医師と不審人物一名が詰め掛けていた。
不審人物が宮森に話し掛ける。
「え~、自分は宮森 遼一であります。
職業は学者のたまごで~、未だに独身であります。
この両手は~、
「もういいですよ宗像さん。
出来がいいのは充分に解りましたから……」
いま宮森の目の前でふざけていたのは、宮森 用の手袋と
特に
宗像が『ふぉー』と言い乍ら手袋と
その手と素顔は汗びっしょりで、通気性は皆無だと身をもって教えてくれた。
武藤が解説する。
「いま宗像さんに着けて貰っていたのが試作品だ。
材質はラテックスと云う物質で、
本日はこれを宮森 君に着けて貰い、君の免疫反応を
「免疫反応……ですか?」
「そうだ。
草負けや
だが馬鹿にしてはいけないよ。
劇的な免疫反応の事をアナフィラキシーショックと云うんだが、深刻な場合は死に至る。
ラテックスもそれが起こり得るのだ」
今の解説を聞いた宗像が慌てる。
「ええ~⁈
そのアナフィラキシ、し、死に至る場合も有るやと?
武藤はん、そないなこと聞いとらんで……」
「私の説明を聞かず宗像さんが勝手に
まあ、症状が出たら処置はしますよ。
専門ではありませんがね」
「武藤はん、そない意地悪言わんといて~な。
ワイ、心細くなって来たで……」
見るからに
「人の物を勝手に使うからですよ。
では武藤 先生、これを被ればいいんですね?」
「そうだ。
手袋と
顔を
その様子を見た宗像が愚痴を
「なんや、汚いもんでも扱うみたいに……」
「宗像さんが被るからでしょうが……」
愚痴を愚痴で返した宮森が装着すると、宗像が手袋と
「その覆面な。
先ずは宮森はんの顔の皮で型とるんよ。
出来た型に、そのラテックスいうヤツを流し込んで出来上がりや。
後は宮森はんの頭を模した木型に被せて、色塗ったり毛を植えんねん」
「な、生々しいですね……」
「型はもう出来とるからな。
量産して皆が被れば、日本国民総 宮森の完成やで♪」
「流石に気持ち悪いですよ。
それ……」
このあと身体の調子について武藤からの問診を受けたり、世間話をして宮森 達は過ごした。
一時間ほど
武藤がそろそろ引き上げるようだ。
「特段酷い免疫反応も出ないようなので、この材質で進める事にする。
上手く行けば完成は九月中旬頃になるだろう。
その頃になれば外出許可も出るだろうから、期待してくれ給え」
「有り難う御座います武藤 先生。
それと、自分の顔皮はどうなっているのですか?」
「一応、生体活性術式と防腐剤を使って腐敗を食い止めてはいる。
君の皮膚と接合を試みてもいいんだが、まだ上からの許可が出ないのでね。
その事については保留だ」
「そうですか」
宮森が素顔を取り戻す迄には、まだ時間が掛かるらしい。
その淋し気な彼に対し、再び
「がっはははは!
それまではこの宗像が宮森はんの代わりに九頭竜会幹部として仕事しますよって、安心めされい!」
顔は間違いなく宮森なのだが、その太鼓腹は
宮森が最後通告を突き付けた。
「自分に対しての心象が崩れるからやめて下さいね。
あと、その声と喋り方で絶対バレますから」
宮森の苦言もなんのその。
◇
長慶子(ちょうげいし) その二 了
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