第三節 ダチュラ

ダチュラ その一

 一九一九年一二月 帝居 歓談室





 この日、澄は帝居歓談室へ呼び出された。

 瑠璃家宮が頼子を帯同して入室すると、席を立ち頭を下げる澄。


 着席を促す瑠璃家宮。


「澄 殿、掛け給え。

 で、それが例のモノか……」


 瑠璃家宮の視線の先には、澄が抱えている風呂敷包みの小箱。


 着席した澄が風呂敷を解くと、箱の天面には『囲瑳那』と記してあった。


「囲瑳那の……遺骨です……」


「そのようだな。

 澄 殿の願いを遂行するに当たり、遺骨が必要となる。

 ひとつ頂戴したいのだが、宜しいかな?」


 瑠璃家宮の要請に黙って首肯した澄は、箱を開けて遺骨を風呂敷の上に取り出す。


 乳白色の遺骨は、か細く小さい。

 その風情ふぜいは、生まれ落ちて間も無く亡くなった赤子の儚さを物語っていた。


 瑠璃家宮は並べられた遺骨を検分し、大きく湾曲した一つを手に取る。


「量が少な過ぎては失敗する可能性が有るからな。

 これを貰い受ける」


 頼子は瑠璃家宮から囲瑳那の肋骨ろっこつを受け取り、油紙に包んでから巾着袋きんちゃくぶくろへと入れた。


「殿下、私はこれで一旦席を離れます」


 頼子が退室するのを見計らい、瑠璃家宮が本題に入った。


「では澄 殿、反魂術はんごんじゅつについて簡潔に説明する。

 先ずは、先程の遺骨を用いて肉体の復元を行なう。

 この準備は余に任せて貰って良い。

 問題はその後だ。

 復元された肉体に魄を呼び込まねばならんが、宮司殿が不在である今、確実に魄を呼び込む事は叶わんだろう。

 万全を期して宮司殿が戻るのを待つか、儀式を数打ちまぐれ当たりに賭けるか。

 澄 殿……どうするね?」


「息子の帰還を待つまでもありません。

 なるべく早くお願いします……」


「其方の気持ちは解った。

 では、直ぐにでも取り掛かるとしよう。

 万事こちらに任せてくれ」


「有り難う、御座います……」


 囲瑳那の遺骨を眺め、心此処ここらずの澄。


 それを見ていた瑠璃家宮の顔容かんばせは、この上ない嗜虐しぎゃくに満ちていた――。





 一九一九年一二月 帝都まるうち 帝都劇場





 今日の公演は〖故郷〗。

 ドイツの劇作家【ヘルマン・ズーダーマン】作で、原題は〖マグダ〗。


 この演目は女性の自立が主題であった為に当時の内務省から目を付けられ、一九一二年に上演禁止措置を取られている。


 今回は問題とされた場面を書き換えての再演であり、当然演者も交代があった。

 主演女優はもちろん寅井とらい ふじ である。


 演目を鑑賞し終わった青年は、劇場を出て繁華街へと向かった。

 そしてある喫茶店の裏口から店内へと入る。


 喫茶店の廊下を少し歩くと、『店長以外立ち入り禁止』と張り紙のされた扉に鍵を差し込む青年。

 鍵を開けた青年が扉に続く階段を降りると先は地下道になっており、既にふたりの人物が居た。


 そのふたりは宮森が担当した電磁波照射試験の際彼に協力した魔術師達で、男性の方が鈴木、女性の方が佐藤である。


 鈴木と佐藤が最敬礼すると、青年がこれからの事を述べた。


「ふたりにはこれから帝劇で仕事をして貰う。

 段取りは先日伝えた通り。

 何か質問は?」


 質問は無かったが、佐藤は青年に鉢植えを渡す。

 鉢植えは風呂敷で包まれており、中身は不明だ。


「お約束のものです。

 お持ち下さい」


 青年が鉢植えを受け取ると、鈴木も彼に術式を施した。


 声を出して加減を確かめる青年。


「あー、あー。

 宮森 遼一です。

 どうだ?」


「私が記憶したものとほぼ同じです。

 体格が似通っていらっしゃったのが功を奏したかと」


「良し。

 では行くぞ」


 宮森の声を模した青年の号令で、彼らは地上へと繰り出した。





 再び帝劇へと戻って来た青年は、入り口広間エントランスホールに鈴木と佐藤が居るのを確認する。


 鈴木と佐藤は忘れ物をした夫婦を装い、受付係に近付いて後催眠暗示と認識阻害術式を施した。


 それを見計らっていた青年はふたりと入れ替わるように受付係へと近付き、演目の出演者へ贈答を申し出る。


「こんにちは。

 こちらの花を寅井 ふじ さんに。

 出来れば自分で手渡したいのですが……」


「……承りました。

 お名前をどうぞ」


「宮森 遼一、と申します」


「宮森 様……ですね。

 少々お待ち下さい。

 いま寅井に伝えますので……」


 暗示に掛かった受付係は別の職員に後を任せ、寅井の楽屋がくやまで向かった。

 暫くすると受付係が入り口広間エントランスホールへと戻る。


「寅井は楽屋におりますので、そちらまでお越し下さいとの事でした。

 楽屋入り口までは私がお送りします……」


 青年は受付係に導かれ、従業員専用扉から楽屋へと向かった。

 その後 鈴木と佐藤も楽屋へと向かうが、認識阻害の魔術が効力を発揮し従業員含め誰もとがめない。


 青年は楽屋の扉を叩くと、寅井 ふじ がこころよく応じる。


「宮森さん、来てくれたんですね。

 どうぞお入り下さい」


 久しぶりに宮森に会えて、ふじ は随分と心が弾んでいるようだ。


「宮森さん、今日もお花を持って来て下さったんですか?」


「はい。

 今日は珍しい花……。

 いえ、花自体は珍しくないのですが、ちょっと変わったものを持って来たんです」


 宮森は楽屋の畳に腰を下ろすと、持参した風呂敷包みを開けた。

 そこには、白い喇叭らっぱ型の花弁を持つ花が顔を出す。


 不思議そうに花を眺めている ふじ。


「これって、朝鮮朝顔ちょうせんあさがおですよね?

 花の時期はとっくに過ぎているのに。

 狂い咲き、かなあ……」


「さすが詳しいですね。

 この鉢植えは、小石山こいしやま植物園で開花時期調整の為に実験されていた物です。

 仕事のつてで手に入れまして、ふじ さんに貰って頂こうかと……」


「まあ嬉しい。

 この時期に夏の花が楽しめるなんて、なんて贅沢なのかしら」


「花を愛でられるのは二、三日の間だけでしょうけど、少しでも ふじ さんを楽しませてくれればと期待しています」


 その後ふたりの話題は今日の演目へと移った。


「宮森さん、今日はどの席から観覧したんですか?」


「今日は後ろの方でしたね。

 それが何か?」


「いえ、背広とか洋袴ズボン物入れポケットが膨らんでないなって……。

 オペラグラス、持って来てないんですか?」


「……。

 実は、仕事中にうっかり壊してしまったんですよ。

 だからほら、眼鏡を新品に替えました。

 前のより度が強くて、目が少し疲れますけど」


「そうだったんですか……」


 オペラグラスにまつわる思い出を追想し、少し淋し気な ふじ。

 彼女の面持ちを見やった青年の眼には、僅かな嫉妬が揺らいだ。


 すると青年の眼光が急変。

 楽屋内に途方もない邪気が充満する。


 邪気に当てられた ふじ は一瞬で恐慌状態に陥り、青年を食い入るように見詰める事しか出来ない。


「あ、あなたは、だれ?

 顔も声も同じだけど、宮森さん、じゃない……。

 誰、な、の……」





 ダチュラ その一 了

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