巡楽師ディンクルパロットの日誌

 本作は第五回こむら川朗読小説大賞に寄せて書きおろしたものです。

 今回のテーマは「男性一人称」。それは問題無かったのですが、朗読されるのを想定しているため、字数の上限が6000字。これが大変苦手でございました。

 書き進めながら字数オーバーするのは明らかだったのですが、とりあえず書いてから削ることにしましたら最終的に1000字以上削ることになりました。ううむ。

 それでもどうにか、6000字で異世界ファンタジー風土記には仕上がったのではないかと思います。


〈日誌という形式〉

 男性一人称で朗読に映える形として思い浮かんだものの一つが、日記でした。それを更に要所だけ摘んだ抜粋にしたら、字数に収まるんではないかと考えたわけです。それに、旅行記のように書けば世界観と併せて、時系列もわかりやすいはず。

 そんなわけで暦の設定から始めることになりました。折角ですから思いっきりファンタジックなやつを。楽しいけれど捻り出すのがなかなかに大変で。実在するものに被らせず、響きも綺麗にしたいですし、パッと聞いてイメージが思い浮かびやすいものが良い。

 ちなみに虹待魚ニジマチウオは、過去作『白銀の巫子』(https://kakuyomu.jp/works/1177354054921545857)にもチラッと出ていて、あれだけで終わらすには惜しいと思い引っ張ってきました。字面も良いので気に入っています。世界観が繋がっているかどうかは特に決めていなかったり……


〈食いしん坊万歳〉

 ファンタジー小説において、オリジナルな食べ物が美味しそうだとテンション上がりませんか? 私は上がります。

 なので、ディンクルパロット氏には食いしん坊になってもらい、日記の締めに必ず食べたものを書き残すタイプにしました。私自身が美味しいものが好きで、食べたものによってどんな日だったかを思い出すタイプでして、それをそのまま投影していたり。彼の食レポも、だいたい「自分だったらこういう感想を写真付きでツイッターで流しそう」みたいな感じで書いていました。

 ファンタジック食材を考えるのも楽しいのですが、暦と同様に難儀しました。声だけでも想像できるように、オリジナル言語とかは自粛。中世ヨーロッパの調理法や食材を参考にしました。スパイスは富裕層のもので、庶民は香草をよく使うあたりとか。

 文字数の関係でカットしましたが、旅支度で酢漬け野菜なども買い込んでいる設定でした。


〈巡楽師という仕事〉

 現実でも音楽には力があると思っています。ファンタジー世界ならそれが魔法に似た扱いになり、吟遊詩人が戦闘補助をしたりする設定もよくあります。が、もうちょっと「お仕事感」が欲しくなったのと、こういう特殊能力者は国が必死に囲っているだろうなぁという考えから、王国の役人という設定になりました。幼い頃に能力が発見されたら王都に連れて行かれ、色んな研修を経て一人前になる感じ。

 そもそも万能な魔法というのがあまり好きではなくて、巡楽師の能力も精霊などの力を借りたり、コミュニケーションする手段という側面が強い、ということになっています。音を音楽として受け止められる存在に作用するもの、というか。

 これも字数の関係でカットしましたが、音楽で病気を治すことはできないけれど、痛みなど症状を和らげることはできる、というシーンを書いていたりしました。

 巡楽師は毎年違うルートで国を歩いて回り異常が無いか視察する仕事ですが、各地の領主から要請があれば派遣もされるという設定もあります。

 能力者の生まれは様々なので文字は書けたり書けなかったり。王都に戻ってきた巡楽師は書記官に口頭で報告をする慣習でしたが、国内の識字率も上がってきたので一部に業務日誌を採用、その最初の巡楽師がディンクルパロット氏、ということになっています。

 作者自身に絶対音感は無いのですが若干の相対音感はある感じでして、音程がズレていたり和声が合っていないと、聴いていて気持ち悪くなる感覚があったりします。その辺りも織り込んでみました。


〈ディンクルパロットという名前〉

 音が力を持つ国の、音を仕事にする主人公、ということで、とにかく響きにこだわりたかった。

 語感だけで付けられた名前、という設定が先に決まったこともあり、彼の名前は数日悩みました。頭と舌をこねくり回す日々。

 イギリスの民話に「トム・ティット・トット」というお話があるんですが、こういう口に出したくなる名前にしたい。で、あの有名な「ロリータ」冒頭みたいな発音シーンも書きたい。

 そんな中でポンと出てきた名前でした。もうどうやって捻り出したか覚えてないんですが、「口に出せば晴れ晴れとした響き」と思っていただけているようで安堵しています。ここが駄目だと、説得力が無くなってしまいますからね……

 そんな名前を付けた彼の父親は、読み書きくらいは子供に教えることができて、巡楽師の能力者ではないけれど音への感覚はある、ということで、楽器経験のある教師とかだと良いかなぁ、などと考えています。


〈冒険譚として〉

 異世界ファンタジーの魅力とはやはり、「現実には体験し得ないところへ連れて行ってくれる」ことだと、私は思うのです。

 ディンクルパロット氏と共にこの世界を旅した気持ちになってくださったなら、作者として大変嬉しく思います。

 もう少しドラマチックな展開にしたい気持ちもあったんですが、詰め込むにはちょっと字数が足りなかったもので、童話くらいのボリュームと明るさでまとめました。児童向けのガリバー旅行記みたいなのを目指したかった。

 で、これを誰が抜粋したかという話なんですが、後の時代にディンクルパロット氏の日誌が巡楽師の研修教材とかになってたらいいなーとか思ったり思わなかったり。



〈その他雑記〉

 元々、巡楽師という設定は結構前から温めていて、ファンタジー系の企画に放り込む機会をうかがっていたんですね。当初はもうちょっと湿度高めの長いお話として。ディンクルパロット氏とは違うタイプの主人公を想定していました。

 が、今回こういう形でお出ししてみて、とてもありがたいことに連作短編化してほしい、とのお声もいくつか頂戴しました。

 私としても、この一回切りで終わらせたくない世界だったので嬉しく思うと同時に、ディンクルパロット氏で続けるか、後年の巡楽師を主人公にして続けるか、ちょっと悩んでいたりします。

 どういう形になるかわかりませんが、共通の世界観で別の作品を書きたいとは思っておりますので、また楽しんでいただけますように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る