第4話 ホットケーキ②


「こ、これは……食べ物なのか?」


 ソファーテーブルの上には、白い大皿が一枚。その皿の上には、形容詞しがたい物体たち鎮座している。黒く焦げたものや、形が歪なもの。兎に角、美味しそうなものではない。蜂蜜をかければ、幾分増しになるかと軽率な行動をしてしまった。それはプラスに作用せずに、見た目のマイナスに大きく貢献してしまったのだ。暗黒物質に照りがついた。

 しかし、食材を無駄にすることはしたくない。加えて、この家の食材はこれだけである。つまりこれを食べるか、飢えに喘ぎながらアニメを視聴するという愚行を犯すかの二択ということになる。実質的に一択ではあるが、これは勇気がいる。世界の料理を作り出した人々は凄いと切に思う。


「ええい! いただき……」

「ふあみゅ!」


 覚悟を決めると、フォークをホットケーキに挿そうとした。すると、視界の端に白い物体が現れた。驚き手を止めた。


「うわっ!? 嗚呼、居たんだっけか……」

「ん、きゅう!」


 突然現れた正体は毛玉だった。己の食欲を満たすことで頭がいっぱいで、すっかり存在を忘れていた。何故か自慢げに俺を見上げてくる。お前は寝ていただけだろう。そうだ。この毛玉も実家に送り返す、手続きも行わなくてはならない。


「はぁぁ……疲れた……」

「きゅう??」


 溜め息を吐くと、フォークを大皿に置いた。静かに置いたつもりだが、食器がぶつかり合う音は想像したよりも部屋に大きく響いた。


「ちょっと、休ませてくれ……」

「きゅ……」


 慣れないホットケーキ作りを行い、その結果は散々な物体が出来ただけであった。少し疲れてしまったようだ。フローリングに仰向けに倒れ込んだ。

 俺は元々、やる気が満々にある熱血タイプではない。それが毛玉を洗いレポートを仕上げ、ホットケーキを作るなど過重労働である。この疲労感も空腹でいるからこそ、更に感じているのかもしれない。己が作り出した物体だ。俺が責任をとり、全部食べる必要がある。


「……食べるか……」


 現実逃避を終えると、ゆっくりと起き上がった。今度こそ、食欲を満たす為である。


「……あ……え?」

「うきゅう?」


 俺が起き上がると、白い毛玉は頬を膨らませていた。その姿は、まるでハムスターが頬袋に餌を放り込んでいるかのようであった。口の周りは、琥珀色と黒い塊が付着している。そして、大皿の暗黒物質は減っていた。つまり、この状況から導き出される答えは一つだ。


「な、何を食べているんだ!? 腹御壊すかもしれないぞ!? ほら、その頬に含んでいるもの出しなさい!」

「……? ……」


 ハムスター化している毛玉を両手で掴むと、俺は暗黒物質の回収を試みる。ホットケーキは未だ食べていないため、味は分からないがとても美味しいとは思えない。それにこの毛玉は実家から送られてきた品だ。送り返すにしても、健康状態を万全にして返すのが常識だろう。まあ、届いた状態が煤汚れや真っ黒だったことを考慮すると、それ程気を遣う必要もないかもしれない。だが、俺が嫌なのだ。万全の状態で送り返すべきである。

 念の為、生地が生焼けであると危ないためレンジにはかけてある。使った食材や調理器具の衛生管理はしっかりとしている。腹を壊すことはないだろう。

 ただ、毛玉は食事をする生き物なのだろうか。口が存在するのだから、食事をするのは可能なのだろうとは考えられる。しかし相手は毛玉である。何かを食べることが出来たとしても、それは限られた食材ではないだろうか。例えるならば、毛玉故に毛玉や布繊維が挙げられる。

 果たして人間用の食材を食べた大丈夫なのだろうか。突然変異や変異体になって俺を襲わないだろうか?


 俺が必死に話しかけるが、毛玉は不思議そうに俺を見上げた。


「取り敢えず……出しなさい。口の中の物を……」

「ごきゅ!」


 再び俺は説得を試みる。毛玉相手に言葉が通じているのかは分からないが、何もしないよりはましである。しかし、俺の話を無視するかのように大きく嚥下する音が部屋に響いた。


「……は? 何でも出せって言ったのに、飲み込むんだよ!? 反抗期か!?」

「きゅ? きゅう!」


 思わず毛玉を揺すると、俺の手からすり抜けソファーテーブルの上へと着地を決めた。そして再び、暗黒物質へと齧り付いたのである。


「あ!? こらっ!」

「きゅ! きゅう!」


 止めようと手を伸ばしたが、止めた。弾むような鳴き声を上げならが、食べているからだ。これだけ毛玉が執着をし、食す暗黒物質。もしかしたら本当に美味しいのかもしれない。俺はフォークを手に取った。


「うぅ……苦い……不味い。よくこんなものを食えるな……」

「きゅうぅ?」

 

 物は試しだと、ホットケーキを一口食べる。途端に広がる苦味、そして蜂蜜が不協和音を生み出し逃れられない不味さに顔を顰めた。完全敗北である。毛玉は俺の反応を見て、不思議そうに瞬きをする。やはり毛玉は味覚も人類とは違うようだ。


「美味い……のか?」

「きゅう!!」


 残っている暗黒物質を一心不乱に食べる毛玉。何がそう駆り立てるのかは分からない。答えも得られるとは思わないが、問いかけた。すると、青い瞳を輝かせ元気に返事をした。


「ふっ、変な奴だな……」

「きゅう?」


 ホットケーキ作りに失敗し疲労困憊では散々な日である。だが、何故か毛玉の反応が嫌いではないと感じた。

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