実家から送られてくる品の癖が強い件

星雷はやと

第一章 実家から暗闇が届いた!?

第1話 暗闇襲来

 

 麗らかな昼下がり、不意にマンションのチャイムが鳴った。俺はレポートを書く手を止めると、荷物を受け取りに玄関ドアを開けた。


「あれ? 実家から? 珍しいな……」


 A4サイズの荷物を受け取り、リビングへと戻ると送り主を確認する。相手は実家であり、祖父からだった。俺が大学進学の際、上京してから実家には二年程帰っていない。特に仲が悪いわけではないが、特段帰る必要性も感じていないのだ。その実家から急に荷物が届いた。一体何が入っているのだろう、そう考えながら箱を床に置きガムテープの封を切った。


「……は……? ……」


 開けた箱の中身は暗闇が広がっていた。


「…………」


 反射的にダンボール箱の蓋を閉じた。何だ?実家から送られて来た箱の中に、暗闇が広がっていることがあるのか?いや、暗闇が贈り物なのか?実家と祖父の心理が分からない。しかし、一般的に考えて暗闇を送ることはないだろう。いや、送る術がないのだ。俺のこのアパートには、温かな日差しが入り込み部屋の照明も点いている。だが、ダンボール箱の中には光りさえも逃さないブラックホールの様な禍々しい暗闇が広がっていたのだ。


「……送り返そう……」


 未知であり理解出来ないものならば、この場に置いて置くことは危険だ。俺は実家に暗闇を送り返すべく、ガムテープを取りにクローゼットへと向かった。早く封印という名のガムテープを施さなくてはならない。


「わぎゃん!!」

「……っ!?」


 クローゼットの取手を掴もうとしたタイミングで、奇声と共にダンボール箱が大きく揺れ倒れた。俺は予想外の音と現象に、一瞬その場で飛び上がった。何故、暗闇が鳴き声を上げるのだろう?何故、暗闇が動くのだろうか?人は未知の出来事に遭遇した際、成す術がなく只怯えるしかないのだろうか。いや、恐怖し畏怖することこそが相手の狙いかもしれない。漫画やアニメで、そういう感情を糧とする生き物が居るという作品を見たことがある。もしかしたら、その類かもしれない。

 此処まで言うと、俺の頭が心配されるかもしれないが俺は至って正常である。俺の名前は、清水清音。通称、きよきよ。今年で桃京大学の二年生であり、漫画やアニメが好きな至って普通の大学生だ。この二年間実家に戻らなかったのは、正月休みに撮り貯めしておいたアニメを消化する為では決してない。まあ、何が言いたいかと言うと俺は普通の二十歳大学生男子だということだ。


「…………」


 さて、話は戻すが俺は先程から指一つ動かせていない。振り向きたいが、振り向くことが出来ないのだ。何故か、それは先程の暗闇が箱から出た可能があるからだ。大体こういうパターンは、振り向くと部屋一面に暗闇が広がっているのだ。そして、沢山の目玉や無数の手が表れて俺は暗闇に呑まれてしまう。通称バッドエンディングだ。勝手に人様の家に上がり込んで、バッドエンドはないだろう。というか、父親は何を考えているのだ?俺には明日提出のレポートが終われば、今夜はリアルタイムでアニメを観ることが出来るのだ。バッドエンドを迎えている暇はない。打開策を見出さなければならない。


「ぶううぅぅぅ!!」

「……っ?!」


 背後から地を這うような低い鳴き声が、こちらに近づいて来る。振り向いてはいけないのだが、本能的に俺は振り向いてしまった。そこにはダンボール箱が奇声を発しながら、俺へと真っ直ぐに走って来ている光景だった。そうか先程の衝撃により、ダンボール箱がひっくり返ってしまったようだ。直接、暗闇を見ることが無かったのは幸いかもしれない。だが想像をしていた、光景とは違うが迫りくる恐怖を味わうこととなった。さてさて、俺はこのダンボール箱に対して如何対象をしたら良いのだろう。退ける術はあるのだろうか。お化けの類ならば、塩か念仏が有効だろう。だが、残念ながら相手は暗闇だ。清水清音、二十歳にて人生のピンチを迎えている。はっきりと言って詰んでいる状況である。


「ぶぎゅぅ!!」

「……だあぁ! 此処で負けるわけにはいかない!! 俺はアニメを観る!!」


 俺は足元に迫ったダンボール箱を掴むと、思いっきり振り上げた。そう、俺は戦うことを選択した。此処は俺が借りているアパートの一室だ。暗闇に負けるわけにはいかない。俺はアニメが観たい。暗闇に対抗出来るのは光りのみである。光を遮るダンボールの鎧を取ってしまえば、俺の勝利は間違いないからだ。


「ん、ぎゅう?」

「……毛玉?」


 勝利を確信した瞬間、下から甲高い声が響いた。目線だけを下げると、そこには黒い毛玉が居た。そして深紅の瞳が静かに見上げた。暗闇は何処に行ったのだろう。ダンボール箱の中を覗いてみたが、中身は空になっていた。如何やら暗闇の正体は、この黒い毛玉だったようだ。黒い物がダンボール箱に詰まっていたから、暗闇が広がっていたのか。よく確認もせず、一人慌てふためいたことを恥ずかしく感じる。


「むぎゅう!」

「……ん? あ! こら、床が汚れるだろう!?」


 足元に居た黒い毛玉が、俺の周囲を動き回る。すると綺麗なフローリングに煤のような、汚れが付く。汚れの原因は言わずもがな、この黒い毛玉だ。俺は汚れが広がるのを防ぐために、黒い毛玉を持ち上げた。


「んぎゃん!」

「はいはい。男に抱えられて嫌なのは分かるが、綺麗にしょう。大家さんに怒られたくはないからな」


 黒い毛玉は、俺に抱えられたことを不服のようだ。腕の中から抜け出そうと懸命に体を動かす。しかし、俺も借りているこの部屋を汚すわけにはいかない。まさか黒い毛玉は、汚れているから黒いのだろうか?


「ぎゃん! ぎゃん!」

「はいはい。怖くない怖くない。綺麗にするだけだからな」


 散々怖がらせられたが、正体が黒い毛玉だと分かれば何も怖くない。汚れの所為か黒くて犬か猫かは分からないが、洗えば分かるだろう。俺は黒い毛玉を抱えたまま、浴室の扉を開けた。

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