第35話 そして


 ふと、目が覚めた。

 顔を覆っていたゴーグルのようなものを、無意識にずり上げる。すると視界に数人ほど男性が覗き込んでいる様が映り込んだ。一人は白衣を着ていて、後はVR装置のモニタリングをしていたエンジニアのようである。

 

「――気分は、いかがですか?」


 むくりと起き上がった俺に、医者と思わしき白衣の男性が尋ねてくる。


「……気分?」

「ええ、辛いとか気持ちが悪いとか。もちろん、まだ痛いのは分かっていますけれど、それ以外に感じたことがあれば教えて下さい。何せ……」


 そこで一拍置いた後、医者は近くにあった丸椅子を引き寄せながら、続きを述べてゆく。


「――VRゲームを治療に使うなんて、未だ前例のなかった事なので。どこかに悪影響が出ていてもおかしくないのです」

「……‼」


 その言葉で、とっさに魔剣の傷……いや、時乃をかばい負った傷を押さえる。

 ただ、痛みは思ったほどではなかった。


「……いえ、今のところどこにも違和感はないですね。痛みも事前にずいぶん慣らされてもいたんで、こんなもんか、って感じですし」

「そうですか。普通の人なら、かなりキツいはずなのですが……なるほど……」


 そうぶつくさ言いつつ、医者は何かにさらさらとメモを走らせていく。

 

「……彼女は、どこに?」

 

 それに対し、俺は片時も離れたことのなかった彼女のことをぽつり尋ねると、医者はふっと笑みを浮かべた後、隣の病室を指さした。

 ……そしてちょうどその時、どたどたどたっという音が扉の外から聞こえてくる。

 

「……陸也‼‼ あああの、あの今のは忘れて! ホントに! お嫁に行けなくなるから……あっ」

 

 病室に乱入してきたのは、黒髪で眼鏡の女子だった。俺以外誰もいないと思っていたのだろう、そこまで言った後、その子はガチッと固まってしまう。

 そうして病室にいた全ての人間の視線が、眼鏡の少女……時乃へと集まる。

 

「……」

「……あ、う……」

 

 もはや単語すら口に出せなくなってしまう時乃。

 ……流石に可哀想に思ってしまったので、俺はフォローを入れるべく口を開いた。

 

「えと、すいません、少し彼女と話す時間をくれませんか? モニタリングしてたなら特に何もなかった分かると思いますが、このままだと何か誤解されかねませんし」

「……ええ、分かりました。それでは、落ち着いた頃にまた来ます。何かあれば、そのナースコールで」


 医者はボタンを指さすと、ゆっくりと立ち上がり、病室を後にする。

 他の男性達もそれに続いていくのだが、近場にいた一人がふと俺の耳元で囁いた。


「……小前田くんが助かったのは、ほとんど彼女のおかげです。彼女を助ける為に傷を負ったとはいえ、ちゃんとお礼は言っておいた方が良いと思いますよ」


 そんな助言に、俺は時乃に見えないような角度で苦笑を返しておく。


 そうして病室に俺と時乃以外誰もいなくなった後。

 時乃はおもむろに病室のドアをぱたりと閉め、一言。

 

「……しにたい」

「おいおい、せっかく俺が助けたんだぞ?」

「…………そういえば、そうだったね」

 

 時乃はちょっとだけくすりと笑う。それに思わず微笑み返しつつ、ふと俺は腹部を見やったあと、こう切り出した。


「なあ時乃。……少し話をしないか?」

「何の話?」

「……何でも良いさ。ゲームの中じゃ、時乃とゆっくり話せる時間なんてまるでなかったし……さ」


 傷跡を軽くさすりながら、俺はふと病室の窓の外を眺める。

 ――そこから見えた新緑の木々たちは、5月の陽気に照らされ、とてもまぶしく見えていた。


 

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