第22話 確証


 野営地を出た俺の眼前に広がっていたのは、様変わりした世界だった。

 ――澄んでいた青い空はどす黒い暗雲が垂れ込め、木々は枯れ、街道はモンスターが我が物顔でのさばっているという、まさに世の終わりとも言うべき光景である。

 

 そんな様に、俺は以前ニワトリ小屋の主人が『世界はこんなになっちまった』などと口走っていたことをぼんやり思い出す。

 ……なるほど確かに、そう嘆くだけの変化がこの世界には起こっていた。


「簡単に言えば、魔王戦までがノーマルモードで、今は世界がハードモードに移行した、って感じかな。敵は当然強くなってるし、そもそも大型の敵は一撃じゃ倒せなくなってるから、そこら辺気をつけてね」


 と、そんな事を説明しつつ、時乃はこれまでと同様あざやかに道中の敵を屠ってゆく。確かに、これまでと違って敵を倒すには数発の矢が必要になるようだが、それでも雑魚であれば俺の出る幕は特にないようだ。

 ――だからこそ俺は、腹部の痛みをならすべくゆっくりと、時折休憩も挟みつつ、黒い霧が立ちこめた草原を歩いて行っていた。……それは端から見たらまるで、怪我をした後リハビリに励んでいるかのような見た目でもあった。


 だが。

 そうして草原のまっただ中を進んでいた、そんな時である。


「……えっ⁉ うそ……」


 突如時乃がそんな声を上げたと同時に、周囲が徐々に真紅へと染まってゆく。

 何事かと振り向くと、時乃は深刻な表情で顎に手を当て考え込んでいた。


「……そっか、そりゃそうだよね、そりゃ魔王倒したんだから、起こる確率は当然あるよね……」

「……どういうことだ?」

「ああえっと、『ブラッディームーン』……簡単に言えば、厄介な敵がめちゃくちゃ湧いてくるイベントが起こっちゃったの。発生確率はそんなに高くないはずなんだけど……なんでこういう時に限って、これ引いちゃうかな……」


 この事態は完全に想定外だったようで、時乃はガシガシと頭を掻きむしる。だがすぐに俺の視線に気づくと、何故か律儀に説明を入れてきた。


「その……元は敵の湧きをリセットするシステム上の仕様だったんだけど、今作からゾンビとか出るようなイベントになってね。ブタチョキとか狙えるんだけど、ドア前を2マス掘らないと、勝手に家の中入って……」

「……いや、切羽詰まってるのに、解説を入れる必要はないからな。そんなことより、これからどうしたらいいかを聞かせてくれ。スルーしたり、あるいはバグ技とかで無双したり出来ないのか?」


 見かねてそう聞き返せば、時乃は徐々に冷静さを取り戻してゆく。

 

「えっと……街とか村にいるならいくらでもやりようがあるんだけど、この何もない所じゃキツいね……。目的の聖洞まで急げれば一番いいけど、その状態じゃ走るのも無理でしょ? ならもう、上手くやり過ごすしかない、かな。……あそこらへんでじっとしててくれる? 敵は全部、こっちでなんとかするから」


 そうして木陰を指さした後、時乃はわらわらと出てきた敵と対峙しながら、一言付け足した。

   

「……本当に、無理して応戦とかしなくていいからね! 危なくなったら射撃むっちゃ入れてあげるから、とにかく叫んで! いい⁉」

「……ああ、分かった」


 ……ひとまずこの痛みを抱えた状態では、下手に援護を考えるより、足手まといになるかどうかで考えた方が良いはずだ。

 なので俺はひとまず、その指示に従うことにする。


 ――ただ、そうして時乃に任せると決めたものの。そもそも近接用の武器もなく、弓だけでこのレベルの敵をいなし続けるのは、さすがに世界記録を持つゲーマーでも不可能に近いらしく。俺を狙いそうな敵を優先して叩いているというのもあり、時乃はみるみるうちに劣勢に立たされてしまっていた。

 そして仕舞いには一発、重たそうな一撃を食らってしまう。


「……う」

「時乃‼」


 思わず駆け寄ろうとしたのだが、しかし時乃はジェスチャーで来るなと主張してくる。なのでその替わりとして、俺はとっさにラストエリクサーを足下へ投げていた。


「……ごめん、ありがと」


 そんな礼と共にエリクサーをあおる時乃。だが。


「っちょ……っとまって、先生まで湧いてるじゃん……!」


 そうして飲みかけのエリクサーを放り投げ、時乃が矢を射かけようとしたその瞬間。時乃が先生と呼んだ緑色の敵が急に膨張したかと思うと、けたたましい音を立て爆発する。


 ――ドゴォォオン!!


「……けほっ……けほこほ……」

「おいおいおい、さすがに修羅場が過ぎるだろ……⁉」


 地面に穴が開くほどの爆発に怯む俺と、それに軽く巻き込まれ咳き込んでしまう時乃。そしてそんな状態にも関わらず、間断なく攻撃を仕掛けてくるゾンビやら目玉やら。まさに阿鼻叫喚である。

 ……さすがに痛いだの何だの言ってられないか。そう思い、俺は腰に差してある太刀をすらりと引き抜いた。体をひねるため居合い切りこそ難しいが、片手で振り回すくらいなら出来るだろうと踏んだからである。

 

 そうして、何回か刀を振り、これなら何とかなるか……などと思った、その時である。突如後頭部に、ぬれタオルでも投げつけられたかのような衝撃を感じたのは。

 振り返れば、そこにはピエロのような敵が高笑いを浮かべており、その後なにやらブーメランのようなものを振りかぶっている様子まで見えた。

 

「……っ、いつの間に……⁉」

「……!」


 そんな声に時乃がすぐさま反応。精密射撃に加えて俺からも太刀筋も浴びせ、何とかそいつを撃退は出来たものの、続けざまにオプションウェアを確認してみると、やはり強化された敵だからか、ライフはほんの少ししか残っていない状態だった。

 ……どうやら今後頭部に当てられたブーメラン、やはりゲーム的には相当痛かったようだ。――ただ、それでも衝撃こそあれど、のだが。


「ご、ごめん陸也、完全に前に気を取られてた……大丈夫⁉」

「……ああ、大丈夫だ」


 こちらも即座にラストエリクサーを口に含みつつ、俺はふと考えをまとめると、その場を離れ、時乃の側に寄っていく。


「陸也、離れていてくれないと危ないってば!」

「……時乃、こいつらの攻撃で一撃死することってあるのか?」

「えっ、まさか戦ったりしないよね⁉ ……やめてよ、そんな事したら、変に長引いちゃうでしょ……⁉」

「……とてもそんな事言ってられる状況じゃなさそうなんだがな」


 時乃の顔を見ながらそう説得しに掛かるが、それでも時乃は納得出来ないとばかりに、沈黙を返してくる。

 

「……」

「本来、前衛は俺だし、弓は後ろから射るのが普通だろう? なら俺が前で粘りさえすれば、時乃は絶対に楽できるはずだ。……大丈夫だ、腰をひねったりする動作は絶対にしないさ」

「……でも」

「ある意味、これもリハビリだって。それに……魔王戦でも魔帝戦でもない、こんな良く分からないところで、時乃を失いたくはないんだよ。まだ色々と、聞きたいことがあるんだからな」


 言外に色んな意味を込めつつそう告げる。すると時乃は何故かちょっと顔を赤らめながらも、ようやく折れてくれた。

 

「……大きい目玉のレーザーだけは何が何でも避けて。……後はとりあえず、今のライフでも、1発だけは耐えるはずだから……」


 申し訳ないと考えているのか、最後の方は尻すぼみになる時乃に対し、俺は強がり半分自信半分といった笑みを浮かべ、言い放つ。

 

「……了解! 行くぞ!」

 


  +++



 それから、どれだけ襲いかかって来る敵をいなしただろうか。

 サアア……という聞き慣れない効果音とともに、これまで湧いてきた敵が消え、赤みがかった視界が元通りに戻ってゆくのを確認した途端、俺は思わず安堵のため息を漏らしてしまっていた。


「はぁぁーっ……やっと終わったね……」


 時乃も心底疲れたとばかりに、そんなことを口にする。

 ……お互いに数発ぐらいはダメージを喰らいはしたが、なんとか無事に急場をやり過ごすことが出来たようである。


「……今後こんなことが何度も続くようじゃ、身が持たないぞ……」


 そんな嘆きを漏らすと、時乃はそれに苦笑を返してくる。

 

「いや、それは大丈夫。ブラッディームーンは一度起こるとしばらくは起こらないし、そもそも今後こんなにハードな戦闘は起こらないはずだから」

「……何故なら、この状態の俺に対して、なるべく負担が掛からないルートを組んであるから……だよな?」

「うん、そう」

「なるほどな……」


 無機質に相づちを打つと、時乃は少し不服そうな表情を浮かべてきた。

 

「……あのさ。このゲームをやりこんできたわたしだから、こういう気配りだって出来るんだよ? さすがだーとか、計画的ですごいーとか、そういう声が聞こえてきてもいいんだけど」

「ああ、いや、うん……スゴイゾー」

「感情がこもってない……」


 俺の返答に、あきれ顔を見せる時乃。

 ……いや、別に感情がこもっていないわけではない。単に、、である。

  

「……そこらでちょっと休憩していかない? そっちの傷の具合も気になるしさ」

「……。ああ、そうだな」


 その提案に賛同した後。

 先んじて動く時乃の背を見つめながら、俺はふと小声で呟く。


「……後はこれを、どこでどれだけ話していくか、だな」


 ――幸か不幸か。今の一連の戦闘で、俺はこれまで抱いてきた違和感に対して、一つの確証を得られてもいた。

 後はそれを、パートナーである時乃へ分かりやすく伝えていけるかどうか……それだけである。


 ……ゲーム開始時からの出来事を順繰りに思い返していきながら、俺はゆっくりと時乃の後を追いかけていったのであった。


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