第21話 気づき


 宰相は野営地の端にて、数人の兵士へ指示を送っていた所だった。俺の接近に気づくと、恭しいお辞儀を入れてくる。


 《おお、勇者様。ようやくお目覚めになりましたか》 

 

 そうして宰相は表情を一旦は明るくしたものの、すぐに少し暗いトーンで続けた。


 《……あの魔王を討伐出来たというのに、丁重にもてなすことが出来ないばかりか、こんな辺鄙なところへとお連れしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。そして、私からも重ねてお願い致します。闇のオーブから、我が王の尊厳と魂を救っていただきたいのです》


 そこで一拍区切った後、宰相は遠くの方を見やる。

 

 《ただ、今や魔帝と名乗る我が王は、城に強固な結界を張っております。よってそのまま城に向かっても出来ることはありません。……まずは、この国に点在する8つの聖洞から、それぞれ8つのバッヂをお集め下さい。全て集めますと、その結界を破り、魔帝の元へと辿り着けるようになるでしょう》

 

 と、宰相がそこまで言い終えると、会話を近くで聞いていた姫が何気なく近寄ってくる。

 

 《そうだ、勇者様。8つのバッヂを集め終えた際は、一度こちらへお戻りください。お父様……いえ、魔帝を倒しても、闇のオーブ自体を砕かなければ、また悲劇は続いていきます。ただ、かのオーブを砕き永久に葬り去るには、光のオーブなるものが必要なのだとか。なので私たちは、この後有志を募り、光のオーブを探し出しに行こうと考えているのです》

 

 そうして姫は、こちらに向き直りつつ、確固たる意思を持って告げてきた。

 

 《魔帝との戦いまでには、必ず間に合わせます。……勇者様。バッヂの方は、何卒よろしくお願い致します》

 

 姫はうやうやしく頭を下げた後、ゆっくりと元の位置へと戻ってゆく。

 ただ、そんなお願いをされた俺はというと。


「……時乃、すまん。あんま聞けてなかったから、短くまとめてくれないか?」


 と、まるで勇者らしからぬ頼りがいのなさを見せてしまっていた。

 

「あのねえ……」


 当然時乃はあきれ顔を浮かべるが、しかし俺はまた少し痛み始めた腹部をさすりながら続ける。


「痛みであんま集中できなかったんだよ。こんなに話が長いと思ってなかったしさ」

「あっ……そっか、そうだよね、ごめん。……とりあえず、ちょっと休む? そこに腰掛けられるけど……」

「いやいい。今必死に慣らしてるところだし、むしろ下手に休まない方がいいんだ」


 そうして軽く首を振れば、時乃は心配そうな顔を浮かべつつも頷いてはくれた。

 

「そう。なら今後の予定を簡単にまとめるね。……この後、聖洞というダンジョンを順不同で8つ攻略する必要があるの。で、それぞれのボスからバッヂを計8コ入手した後、お城を攻略。魔帝を倒して、ゲームクリア。……こんな感じだね」

「オーブが闇とか光とかあるらしいが、それはどうなんだ?」

「今のルートじゃ気にしなくて大丈夫」

「了解。とりあえずあれか。最初に向かった城が、ラストダンジョンになる、ってことだよな」

「うん、そういうこと。……ちょっと燃えるでしょ?」

「燃えるというか……8つもダンジョンを攻略しなきゃならないのか、って意味で、ちょっと憂鬱だな」


 長めのため息をつく。すると時乃もそれには同意を返してくれた。


「あぁ……確かにね。わたしも単に周回プレイしてた時なんかは、ちょっとげんなりもしたっけ。なんとかリーグに入るためジム回るのと同じかーって感じでさ」

 

 そうやって、またもや変なたとえを噛ました後。

 時乃は一呼吸置いてから、とんでもないことを言い放ってきた。


 

「でも実はね。――バッヂ増殖バグつかえば、1コ入手するだけですぐ8コに出来るんだよ。だからダンジョンの攻略は1つで十分なの」


 

「……え? ……いやいやいや……。それって、絶対に増殖させちゃいけない類いのアイテムなんじゃないのか?」

 

 思わず食いつくが、時乃は何てことないとばかりに肩をすくめる。

 

「特に進行に影響は出ないから、後はまっとうにプレイしたいかどうかっていう、いわば気持ちの問題になっちゃうけど……どうする? わたしとしては別に8つの聖洞、全部回っても良いんだけどさ」

「……? ……いや、まあ、その……1つで頼む」

 

 ……今の発言で個人的にちょっとが出てきたものの、ともあれ実際に全部回る事になってはめんどくさいので、俺は素直にそう申し出てしまっていた。

 時乃はそんな予測出来ていた回答を受け、軽く笑う。

 

「はいはい。……さて、それじゃ現状も把握出来たところで、早速聖洞に向かう? それとも落ち着くまで休む?」

「いや、さっき言った通り休まなくて大丈夫だが……どこに行くか、もう決まってるのか?」

 

 その問いに、時乃は一つ頷いて答えた。


「もちろん。本来タイムアタック中なら、ここから一番近くて難しい所に行くんだけど……痛みが長引くこと見越して、事前によさそうな所見繕ってあるから安心して。まあその分、ここからちょっと遠いんだけどさ」

 

 そうしてばつが悪そうに時乃は頬を掻く。


 

 ――ただ。そんな時乃を余所に、俺は今の発言でような気がしていた。


 

「……」

 

 しかし、それはまだ漠然としてもいて、俺はそれを上手く言葉にすることが出来ずにいた。……結局この場では、それに言及することは出来ず。

 時乃はそんな俺の複雑な胸中には気づかず、前を先んじて歩き始めてしまう。

 

「じゃ、大丈夫そうなら出発しようか。……あ、CcDは使わなくて大丈夫だからね。ゆっくり徒歩で行こ?」

「……ああ、分かった」

 

 そうして俺はひとまず考える事をやめ、後を着いて行ったのだった。


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