~6 カナリアはとても楽しみがいがある相手です~

 さて、アリゼは今、グレイの妾カナリアと対峙中である。

 グレイとはキス以上の仲だと明言したカナリアから、聞き出せるだけ聞き出さなくては! もちろん見かけは大人しいお嬢様で、決してカナリアと戦う気は現在はない。まぁ今後はあるけど。


「まぁ、キス以上だなんて……。本当に申し訳ないのですが、キス以上とは?」


 清純お嬢様発動だ。カナリアはアリゼが五年間眠っていた事を知っているはずだ。だからきっと頭は十五歳、知らない振りをした。まぁ頭が十五歳で止まっているのは事実なんだけど、十五でも知ってはいるけどね。多感なお年頃だったもので。

 だがカナリアはクスクスと馬鹿にしたように笑う。うん、欲しかった態度を取ってくれてありがとう。狙い通りに動きすぎて、本当カナリアは扱いやすすぎる。これ、私が妻じゃなく、本気で普通の令嬢だったら滅茶苦茶激怒案件かすすり泣き案件だからね。


「まぁまぁ、可愛らしいこと。それじゃあとてもグレイの妻とは言えないわね」

「すみません……」

「ふふ。良くてよ。では本題に入ってもよろしいわね?」


 上から目線になってきたカナリアに内心ニヤニヤしながら、コクンと頷く。


「グレイを返してちょうだい」

「返す……とは?」

「貴女、アリゼ・グランゼルと名乗ったわよね? グランゼルの名前を名乗るのをやめてほしいの」

「つまり旦那様と離婚をお望み、という事でしょうか」

「あら、分かるじゃない! 私、グレイと結婚したいの。だけど貴女がいたんじゃ出来ない。今まで寝込んでらっしゃったから良かったものの、起きたんなら去って欲しいの」


 うーん、カナリアは離婚したらグレイの方が困る事を分かってないのかな? 別にアリゼはいつ離婚しても構わない。ぶっちゃけ、今の状況だけで十分離婚出来るしね。ただただ楽しみたいから引き延ばしているだけだが、グレイはそうではない。

 何だか楽しくなって来たわ。ここはどう動いたら面白いか。高見にもう少し上らせてから落としたいので、もうちょっと上ってもらおうかな。


「旦那様に愛している方がいらっしゃるなら、引くのが道理かと思います。ですが、この結婚はどうやら私の父が推し進めたようなのです。なので私が言い出しても、父が聞いてはくれないと思いますわ……」


 カナリアに寄り添いつつ、且つ離婚が現状難しいことを伝える。

 カナリアは首を傾げる。


「じゃあどうしたら、離婚できるというの?」

「旦那様が……いえ、グレイ様が私の父に言うのが一番かと。私は駒程度にしか……思われておりませんから」


 少し悲し気に言うと、カナリアはそう、とだけ言った。ちょっとは同情誘えたようだ。ま、グレイもあんまり私と家族の様子見てないし、まぁまぁ騙されてくれるでしょう。ぶっちゃけ、私から言えばすぐ離婚ですけどね。これでグレイがカナリアに何と言うのかは見ものだ。


「ま。貴女も父親に結婚させられてたようなものだものね。じゃあ、離婚が成立するまではグレイは私のもとに通ってもらうけど、構わないわよね?」

「グレイ様のなさりたいように」

「グレイは私が良いって言うから、問題ないわ。結構話、通じるじゃない」

「どうやらグレイ様との恋路を邪魔しているみたいで申し訳ございません。私は、グレイ様の意向に沿いますから。どうぞ、幸せになって下さい」


 一度もアリゼは自分からグレイと離婚するとは言わない。あくまで、グレイの意向に沿うのだ。だから離婚するとしてもグレイにしか責はない。公爵令嬢なので失言はしない。まぁカナリアは自分の都合のよいように捉えてくれているので問題ないが、さて、グレイはどう捉えるか。

 お茶をすすると、ノックする音がする。どうぞ、とアリゼが声を発すると入ってきたのは、あの一番危険人物っぽい執事であった。


「失礼いたします。旦那様より伝言を預かってまいりました。今、お伝えしてもよろしいでしょうか?」


 誰に、という主語がない言葉。アリゼは無視をした。何せ、アリゼに尋ねているか、分からない質問だからだ。先ほど入室を許可したのは、この場で一番の権力者がアリゼだからに他ならない。ここにはカナリアもいるのだ。一人であれば主語が無くても返事をするが、舐められる訳にもいかない。

 カナリアは貴族のそういったところが分からないのか、カナリアが返事をした。


「グレイからでしょ! なんて?」


 さぁここで、一番権力があるアリゼを放ってカナリアに答えるか否か。この執事を見極めるには良いポイントだ。アリゼは使用人に舐められる訳にはいかない。ここでグレイとカナリアと遊ぶ気ではいるが、使用人に舐められて過ごす気はない。


「奥様、お伝えしてもよろしいでしょうか?」

「あら? 私宛だったの?」


 執事が聞きなおしてきたので、少し意地悪に言い放ってみた。案の定、執事は顔には出さないが、少し動きを止めた。もちろんすぐに平常心に戻ったように礼をしたので、やっぱりこの執事がこの屋敷ではキーポイントだと感じた。


「失礼いたしました。奥様、旦那様より伝言を預かっております。お伝えしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 カナリアは執事に無視されている様なのが気に食わないのか、少ししかめっ面になっていた。だがその顔すら美女は様になるのだから顔面偏差値が高いのは羨ましい限りだ。ま、この顔よりもっと酷い顔を拝むべく邁進しますけどね。


「では。カナリア嬢との約束を忘れていたようだ、カナリア嬢には申し訳ないが今日は退室いただきたい。また奥様には来客の対応を約束を忘れていたとはいえ、させて申し訳ない。とのことでした」


 ほぉ。カナリアがいきなりぶちまけたことを知らないから、来客してきた客だと、あくまでそう言い張るつもりのようだ。本当はここの離れに住んでいるカナリアなのに、アリゼは知らないから押し通そうという事か。

 執事はカナリアを多分離れに案内するつもりのようで、カナリア嬢に、申し訳ございませんが、たの機会、にと言っている。

 さぁここで一つ爆弾を投げるか。


「あら? 旦那様とカナリア様は恋仲ですよね? そんな他人行儀な伝言なのですか?」


 ピシリ、と固まる執事とカナリア。多分お互い固まった理由は違う。執事は恐らくカナリアがぶちまけたのか、どこまでアリゼに言ったのか、と考えを巡らせての事だろう。対してカナリアはアリゼに、グレイは私を良いと言うと豪語した故だろう。

 内心笑いが止まらないが、優雅にもう一度お茶をすする。

 もうずっと応接間の離れたところで待機しているメイドは、汗がダラダラと止まらないようである。

 まだアリゼはカナリアがここに住んでいる事は知らないテイだ。さて、この執事はどう出るか?


「奥様、カナリア嬢と旦那様はそのような関係ではございません」

「そうなの?」

「はい」


 カナリアが何かを言う前にか、執事はカナリアを睨んだ。そこからカナリアは言葉を発しなかった。アリゼは睨まれはしなかったものの、あの執事は中々眼力が強い上に、ランファが旦那様に不利になるようなことはしない執事だと評価していた事から、カナリアも怒っている執事にちょっと恐縮したのだろうか。玄関では執事に負けていなかったというのに、強く出られたら萎縮するタイプか、今後カナリアを見極めていく材料の一つになりそうだ。


「カナリア嬢をお送りしてきます。旦那様が夕食時にお話ししたいと仰っておりましたので、どうぞ夕食までお休みください」

「うーん、ですが、ちょっと気分が悪くなってきましたの。まだ起きて数日しか経っていないから、疲れが出たようです……。旦那様には申し訳ございませんが、夕食はまたの機会に、とお伝えお願いします」


 質問はしない。断定している出来事として執事にそう言うと、執事はかしこまりましたと告げた。そしてカナリアを見た目、案内するように応接間から連れ出したので、アリゼも他の使用人の目もある事から、お粥だけ頼み、自室へと戻った。

 いやぁ、目覚めて三日。本当に色々起きてくれて、アリゼは超元気である。ランファに自室に戻るなり、出来事を伝えると、ランファは激怒して、やる気をみなぎらせてくれる。うん、最高の相棒だ。

 さてさて、旦那様の反応が楽しみだわぁ。

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